第5話 無駄にRealな覚醒条件⑤

 俺は詠亜から読み取った情報通り、二日で退院した。

  隙あらば詠亜がやってきて、様々な交換条件を出して情報を引き出そうとするのだが、余計なことは喋りたくなかったので無視を決め込む。

 それでもしつこかったので、カウンターをお見舞いする。


「先生、いくつ?」

「花も恥じらう十七歳よん」


 危うく、お前は医者だろうが!


 とツッコミそうになったが、六歳児なのによくそんなこと知っているわね、実は瑠璃君って……とカウンター対策を取られていたことに、手に汗を握ってしまう。


 心を読めなければ今の一撃で仕留められていただろう。

 俺は口撃距離を測りながら心を読んだ。


 流川詠亜、二十九歳。

 もうすぐ三十路。人生手遅れ予備軍。


「ふーん、先生、彼氏いるの?」

「せ、せんせーに釣り合う男がいないだけよん」


 軽いジャブのつもりで尋ねたのだが、急所を抉ってしまったらしく、詠亜は声を震わせていた。


 彼氏いない歴、まさかの二十九年。


 原因はショタコンと性格悪女。


 しかし奴隷は飼っているらしい。どういうことか尋ねて覗こうと思った。


 しかし、わざとらしく緩やかに流れるモニターには、冒頭から官能小説並にアウトな文章が表示されており、顔に出ること間違い無しだったので、これ以上の閲覧を拒否する。


「先生、お顔にヒビが入って――」


 医者だから仕方がないというのもあるのだろうが、不摂生が原因で詠亜は肌荒れしていた。


「あぁん?」


 肌だけでなく、気も荒れていた。


 調子に乗り過ぎたと反省する。


 正直、食べられたと思った。


 しかし、そんな思いをした甲斐があったというもので、機嫌を損ねた詠亜は、俺が退院するまで病室に顔を出してこなかった。


 看護師曰く単に忙しいだけらしかったのだが、それが本当かどうかは、看護師の心をモニターしてみても読み取れなかった。


 ともあれ、無事に退院できた俺が我が家に辿り着いてみれば、三年前に引っ越すまで住んでいた家。


 十五年の歳月を過ごした五階建て市営住宅の最上階の一室だった。


 観月瑠璃との繋がりを一つ見つけた俺だが、これが偶然か必然かを判断できる訳もなく、買い物に出かけた桜と、仕事に行っている玲と、幼稚園でお遊戯している瑠奈が居ない内に、一人で羽を伸ばすことにした。


「ん~! やっとくつろげる。ったく、ガキを演じるのも肩が凝ってしょうがないな。というかこの力、何? 魔法? チッ、俺の左目が……右手が勝手に……くっ、暴れるな! 言う事を聞けぇ! とかいう分かりやすいシーンあったっけなぁ?」


 思い返してみるも、記憶の奥が霧で覆われているかのように思い出せない。三日前の夢を思い出せといっているようなものだ。


「いやぁ、でも近頃の若者に生まれて良かった。深刻な厨二病を経験し、エロ&グロ耐性を無駄に身に付けている俺にとって、魔法使いに転生なんてまるで夢の出来事。それもお子様に転生というのはヤりたい放題じゃないか! 一般的なフィクションじゃ、いきなり転生したとか、魔法が使えるようになったとかで、やたらとうろたえるものだが、実際手に入れればどうなる? うろたえるか? いや、そんなことは断じてない! ちょっと驚く程度で、誰もが喜ぶに決まっているのだ! あーっはっは!」


 腰に手を当て、胸を張りつつ高笑いする俺だったが、ここに至るまでの代償を思い出して震え上がってしまう。


「まぁ原因はどう考えてもアレですよね。でもタンクローリーに撥ね飛ばされてからの爆発コンボは勘弁して下さい。魔法ゲットの試練としてはハードル高過ぎ。何だよこの無駄に現実的Realな覚醒条件は? 十八禁なんて可愛い世界じゃないですか全くもう。って独りでぶつくさ言ってる場合じゃないな。まずは身の安全確保と魔法能力の把握だよねっと。無駄にグレートな魔法のおかげでバレたら絶対殺される。でも、このスリルたまんねぇな。さーて、実験、実験」


 俺は浮かれながら薄型テレビのコンセントからプラグを引き抜き、数秒見つめて、再び差し直す。

 そして辺りを見回して、アナログの小さな目覚まし時計を左手に取り、裏から電池を引き抜いて、その部分に人差し指と中指を当てる。


 親指と薬指で時計を挟むように持ち、右手で空中に文字を記した。


「Thunder Lordポチッとな。これ他人には見えてないんだよな。どういう原理だコレ」


 二つの英単語を記し、スイッチのように押し込む。

 すると、俺にしか見えていないだろうと思われるアルファベット達が分解して光の線となり、指先にコイル状に巻き付く。


 バチッ。


 ドアノブに手を伸ばした時の静電気のような音がすると同時に時計は動き出し、セットしていないにも関わらず、けたたましい鈴の音を響かせた。


「やっぱり『Thunder Lord』『雷の導き手』って書くくらいなんだから、この魔法は電気関連全般って感じか。それっぽく言うなら雷属性の魔法っと。あぁ、何か背中がむず痒い」


 自分で言っておいて気恥しくなり、気を抜いた。というより力が入ってしまった。


 時計は小気味良い音を立てて爆発し、黒い煙を上げた。


「ゲームよろしくいきなり完璧制御とはいかないか。魔法って無駄にリアルだな。詠唱じゃなくて手書きっていうのもレトロだし。せっかくなら魔法陣でも……いやいや、そんなもん描けって言われても描ける訳ないか。でもこれってやっぱり一昨日の夜が原因……。いや、アレは何でも無かった。そう、何も無かったんだ! 話を戻そう。えぇと、いきなりテレビでやらなくて良かった」


 俺は冷や汗を浮かべながら、三十インチの薄型テレビで実験しなくて良かったと思いつつ、無残にもショートしてしまった目覚まし時計を元あった位置に戻し、換気扇を回した。

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