第6話 無駄にRealな覚醒条件⑥
一昨日の夜も、土砂降りの雨だった。
詠亜に尋問され、両親や瑠奈と打ち解け合った時には夕日が射していたものの、春先で天気が変わりやすいことを思えば不思議ではない。
俺は誰かに呼ばれた気がして、思ったよりも温かい天然のシャワーを、屋上で一人浴びていた。
「空が俺を求めてる? んなことある訳ないだろ。事故の影響で頭やられてんのかな。結果は明日出るって変態女医から読んだし。でも、何だろ? すごく、はぅ、この感覚やばい。あっ、あぁ……ホント、やばい」
体を火照らせ、自分の身を、肩を、腰を抱き、衝動を堪える。
「六歳児に……これは……うぅ。変態詠亜が……喜……ぶ……はうぁ……だけじゃん。あぅ……うそ? マジか。もう、ダメ。ねぇ、早く……早くちょーらいっ!」
身悶え、足を震わせながら膝をつき、黒天に手を伸ばし、二つの英単語を描き、輝く文字を押し込んだ。
天を裂き、夜をも裂いて落ちる雷が、小さな手に直撃する。
落雷の音は発生していない。
雷は俺の手の上で、大玉転がしで使われるような大きさの輝く球体と化していた。さらに球体は細かく分裂し、俺の中へ滝を浴びせるように侵入していく。
「うんっ! そう、これっ! これが欲しかったのっ! おっきくて、すごく濃いの! これぜんぶっ、ぼくの中にちょーらい!」
俺は黒眼を天に向かせ、興奮した犬のように舌を出し、渇望して叫びを上げていた。
「ううん、ぜんぶっ! こわれちゃうくらい! こわれるくらいちょーらい! もっと、しゅごいの! ぜんぶ! なかに! 奥までいっぱい! つめこんでぇっ!」
我を失い、欲望を吐き出すような艶めかしい声で、一心不乱に求め続ける。
体の深くまで、沈み込んでいく雷を受け入れ、それでも足りなくて――。
俺は取りこんだ雷を背中から放出して固定し、白雷の羽を広げ、空に飛び立った。
病院は街の中にある。付近に大型の国道も存在する。雨であっても目立たない訳がない。
しかし誰にも見つからなかった。
雷の如く高速で、雲の中に飛び込んだがゆえに。
気付いた時は朝で、ちゃんとベッドの上だった記憶はある。
雲の中での出来事は一生封印したい思い出の一つだ。
「何もかも夢だと思ったけどさぁ。文字通り羽を伸ばせるようになっちゃった訳で……。Thunder Lordほらよっと」
文字を描いて押し込み、六畳間で一昨日と同じく羽を出現させる。そして洗面台の物置から取って来たメジャーで測定する。
「片翼二メートルぴったり。光量も車のヘッドライトくらいあるよなぁ。飛びたくても目立ち過ぎて飛べんがな。しかも揚力で飛んでる訳じゃないみたいだし。電気だから磁場か? ってことは飛ぶっつーより浮くが正しい表現か」
羽を小さく折りたたみ、宙に浮かんでひっくり返りながら大雑把に能力を把握する。
「あの絵面的にデンジャラスな衝動は初期充電ってことだろ。ファンタジーの欠片もないじゃん。無茶したらあの変態タイムが再来するって訳か……おぞましい」
俺は凍えるように身を震わせた。
「そんな嫌な思い出よりも良いことを考えよう。初期ステータスにも関わらず、こうして浮いたり、脳の電気信号を拾い上げて心を読んだりもできるんだ」
もっとも心を読むと言う能力においては、こちらから質問を投げかけるか、相手がその事を集中して考えている時でないとあまり読み取ることができない。
「無駄に細かい制約ばっかりだけど、新しいことも、今できることも、もっとこの力を理解できれば効率よくなるかもしれない。つまり修行あるのみだな! 目指せ羽無し浮遊術! あとは電力の確保をどうするか。というか雷が燃料なんだよな? だったら電気でイケるよな? 電気代の桁がおかしいことになるから家での充電は絶対禁止。ショッピングモールから少しずつ寄付してもらうか。雷をストックできれば一番なんだけど……。さて」
俺は地に足を着けた。なぜなら自由時間はこれにて終了だからだ。
玄関前に誰かいる。親の不意の帰宅に備え、玄関の外側に不可視の弱い電気の線を張っていた。それを誰かが踏みつけた。
取り出した物を元あった場所に素早く戻し、緊張する必要もないのに身構える。
しかし、十数秒が経過するも、呼び鈴はおろかノックすらない。
玲や桜だったら鍵を開けて入ってくる。しかし桜は先程買い物に出かけたばかりなので違うだろうが、忘れ物の可能性を否定できない。
俺の退院に合わせ、仕事を早めに切り上げて帰ってくると言っていたので玲かと思ったが、大黒柱が家の鍵を持っていないということはないはずだ。
幼稚園の終了時刻は分からないが、現在午後二時前。俺と桜は午前の間に退院し、割と美味しいと評判の病院内の食堂にて昼食を済ませて帰宅した。
つまり幼稚園も似た様なものだろう。食後のお遊戯休憩のはずだ。
ならば誰だ?
来訪者が気になったので、玄関まで行き、覗き窓から覗こうと爪先立ちする。
「ん~っ、ぬ~んっ! 届かんがな!」
いくら頑張っても届く気配はない。
わざわざ椅子を持ってくるのも面倒だったので、早速魔法を描いて押し込み、翼を出し、折りたたんだまま浮かび上がって覗き見る。
見えるのは向かいの家の玄関扉と左手に階段だけ。人の姿は見えない。
何かの罠かと考えたが、無用に気を張り詰めても仕方がない。
ならばどうするか?
電気線を遠隔操作し、探せば良い。
俺は覗き窓を見ながら、指をちょいちょいと動かして電気線を回転させる。
すぐに反応はあった。
魔法を解いて床に降り立ち、サンダルを履いて鍵を開け、扉を押し、彼女を迎え入れた。
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