第21話 無駄にAgainstな黄金週間①

 三度目の定例会議を終え、会議の度に俺の食事会が始まり、こんな食事会で貞操を奪われてたまるかと徹底抗戦した結果、俺の縄使いレベルは著しい成長を遂げていた。


「詠亜先生、次やったら、亀さんですよ?」


 この言葉は流川詠亜にとって御褒美だったかもしれない。


 会議の帰り道で、べったり貼り付く美波凛子と観月瑠奈を相手にしながら対詠亜用の策を練り、凛子を送り届けて帰宅する。


 次回も詠亜が学習能力の無い行動を起こしてしまったら、吊るし上げての電撃プレイを執行しよう。


 そう決めた俺は、どんな罵詈雑言を浴びせてやろうかと脳内シミュレートしようとする。


 しかし、これ以上の妄想は両親である観月玲や観月桜に勘付かれかねないため、一度頭の隅に追いやって口を縛る。


「ただいまー」


 顔を引き締めて、玄関からダイニングへと踏み込んだのだが、瑠奈が体を強張らせて俺の後ろに隠れた。


「るーにー……お父さんとお母さん、どうしたのっ?」


 玲と桜は椅子に座り、普段食事を取っているテーブルの上に肘を突き、泣きそうで、悔しそうで、それでいて怒りを爆発寸前の状態で燻らせているような顔で、額を抑えて下を向いていた。


 二人は俺達が帰宅したことにすら気付いていない。


 俺は最近頼ることがなくなった読心魔法を発動するため、指を伸ばしてThunder Lordと描き、そのまま指を押し込む。


 光の線が二人の頭上でモニターとなり、心の言葉を綴らせる。


「父さん、母さん、ただいま。どうしたの? 何かあったの?」


 モニターの文章は情報を絞って尋ねているにも関わらず高速で昇っていた。


「あ、あぁ……瑠璃……と瑠奈か。おかえり。帰ってきたんだね」

『さっき……電……話……があった……ゴールデンウィークに……行か……な……けれ……ばなら……ない』


 玲の声は震えていた。


 しかし玲が語ると表示速度が一瞬だけ緩くなる。

 玲が取り繕うように笑顔を作ると同時、再び文章は走り出した。

 玲の動揺は、瑠奈にも隠し通せていない。


「ふふっ、ちょっとゴールデンウィークにお父さんの方のお婆ちゃん家に行くことになったの。もしかしたら泊まりになるかもしれないわね。瑠璃は……覚えてないわよね? 近くに山があって川もあって、自然いっぱいよ。そこまで田舎でもないけどね」


 対する桜は瑠奈に不安を感じさせない程明るい声で普段と遜色ない態度と表情だった。


『ダメ……行き……ない……また……壊……る……でも……断ったら……何……無理……』


 心は真逆で、文章は今まで見たことがない速度でスクロールしており、時折一時停止するも、それは刹那の出来事。


 しかも表示される文章もほとんどが、重ね塗りされているように表示され、読み取れない。


 ここまで心に蓋をして普段通りでいられる桜の精神力が常人を上回っていると、核心とは離れた部分で感心してしまう。


 しかし肝心な情報が全く得られないので、ダメ元で瑠奈の頭に桜のモニターを移動させてみる。


『おばあちゃんち? ちょうちょと、おさかなさんと、カエルさんは……もういるかな? でも次はるーにーといっぱい遊べるっ! 早く遊びに行きたいなっ』


 のんびり表示される文章から大した情報は得られない。


 瑠奈が怖がっているのではないなら、何とかなるだろう。


 そう思った俺はモニターを消し、数日後に迫るゴールデンウィークをゆったりと待ち構えることにした。


 ゆったりと待ち構えるつもりだった。


 ゴールデンウィーク第一日目。


 とは言ってもこの苦行は二日間である。しかも夜に到着して夕飯を頂戴し、翌日の昼までには立ち去ると言う台風一過。


 片道二時間の車旅を二十四時間以内で往復しなければならない程、玲と桜にとっては鬼門の帰省だった。


 しかし二人の体調は万全である。


 俺がゆったりと待ち構えられなかった理由がそれだ。


 玲は見かけ通りひ弱な胃腸らしく、前日も胃に穴が開いたかのような苦悶の表情を浮かべたまま食事を摂っており、強靭な精神と内臓を保持しているに違いない桜も電話があった日から毎日のように、トイレで一時間にも及ぶ籠城戦を繰り広げていた。


 そんな二人を見兼ねた俺は、旅行前夜、こっそり二人の寝室に侵入した。


 乱れ争った形跡のある皺だらけのシーツと、そこに刻まれている手汗諸々の痕は見なかったことにして魔法を展開し、魔法の治癒能力を実験……もとい二人のために善意の精神を以て治療を施したのだ。


 結果、今朝の玲の食事は普段通りの量に戻り、桜もトイレで数分ばかりの合戦を経て、花が咲いたような笑顔を見せていた。


 それでも夕方、現地に近付くにつれ、くじ引きの結果往路の運転権を獲得した桜と、最も苦しい復路の運転権を渋々受け取った助手席に座る玲の顔は不安の色に塗られていく。


 辿り着いたのも当然夜であり、周囲に山が聳え立っているのだろうが、確認することもできず、真っ暗なことから都会ではないということだけを理解する。


 到着するなり、俺は家族のお泊まりセットが丸ごと入っているボストンバッグを玲から奪い取って運び入れるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る