第20話 無駄にErosな診察遊戯⑩

 真っ白な部屋に、無駄にうるさい大人の笑い声が響く。


「あはははっ! いやぁ瑠璃君、それなんてエロゲ? って状態じゃない。あははっ、うらやましい限りだわぁん。夢の小学校一年生活ねぇ、ふふふっ」


「詠亜先生に聞いた俺が馬鹿でした。あと瑠奈や凛子の前で変な単語を使わないで下さい」


 目の前にはソファーに座り、足をバタバタさせながら大笑いする詠亜がいた。


 週一回、土曜日午後の定例会議、その記念すべき第一回目である。


「笑いごとじゃないの詠亜せんせー! 凛ねぇばっかりるーにーといっしょ、ずるーいっ!」


「ごめんね、ルナちゃん。でも、ルナちゃん、お家ではずっとるー君と一緒でしょ?」


「るーにー家に帰ってもすぐにどっか行っちゃうもん! るーにーのバカーッ! さみしーよ凛ねぇ! うぇーんっ!」


 ソファーの端で、薄桃色のワンピースをヒラヒラさせながら癇癪を起こす瑠奈。


 そして白地に水玉のスカートをギュッと掴んで申し訳なさそうな声色をしつつも、花が咲いたような嬉しそうな目で俺を見る凛子。


 瑠奈はそのまま凛子の胸元に縋り、凛子も瑠奈の頭をよしよしと撫でている。


 凛子の白いブラウスが瑠奈の涎で染みになりつつあることは、もはや諦めるべき事項である。


 二人はしばらく放っておこう。


「まぁこんな有様ならナニを言っても大丈夫よん。というか、新しい環境に変わって自分達が絶対変化するなんて有り得ないわ。新しい環境っていうのはね、自分達が変われるチャンスが訪れるだけなの。それを活かすも殺すも自分の力と運次第よん。それにしてもよく遊んでいるみたいね。別にダメって言っている訳じゃないのよ? 子供なんだもの。遊ぶのはとってもいいことなんだから。せんせーも子供の頃に戻りたいわぁ」


 詠亜は真正面に座り、足を組んで、懐かしそうに息を吐く。


「入学は変化への挑戦って訳ですか。肝に銘じておきます。それと俺は遊んでいる訳じゃありませんよ。基礎体力を付けるために帰ったら三時間くらい近くの山で走り込みです。あと格闘技の型を少々……以前の記憶を頼りにした独学ですけど」


「あら、殊勝なことね」


「詠亜先生はこの力の事があまり分かっていない。俺も分かっていない。だったらいつも使えるとは限らない。だからこの力がなくても最低限のことはできるようになりたいんですよ。学校では凛子の世話もありますからね。少なくとも今の体力ではバテます」


「なるほど、瑠璃君はナイトの役目を果たすために頑張ることにした訳ね。子供には無理をさせたくないけど、瑠璃君は頭の良い子だからその辺の加減ができる子だと信じているわ。でも、あんまり女の子を心配させちゃダメよ」


「瑠奈もこの一週間は、昨日以外、学校の友達と遊んでいたはずなんですけどね」


「うふふっ、子供なんてそんなものよん。それにしても凛子ちゃんねぇ……」


「何か凛子に問題でもあるんですか?」


「いえ、何も無いわ。だいぶ前に精神科を受診したことがあって、その時の電子カルテをこっそり確認したんだけど、脳に器質的な異常も見られないし、放っておけば治るわよ?」


「そうでなければ困ります。瑠奈の相手もありますからね」


「意図が伝わっていないようね。言い換えるわ。放っておかないと治らないわよ」


 詠亜は真面目な顔で、医者として治療の有り方を伝える。


 しかし俺は動じない。


「詠亜先生、それは違います。放っておかないと治りが遅くなる……ですよね?」


「あら? あらあら瑠璃君、何もかも優しくしてあげちゃって。やっぱりその向こうまで考えているのね」


 詠亜の顔が綻んだ。心を読むか迷ったが、ムスッとした顔だけを作り、問い返す。


「何が言いたいんですか?」

「よく言われない? 瑠璃君、鬼畜って」


「ふっ、何のことだか。少なくとも面と向かって言われたのは初めてです」


 同類を羨むような目で見つめられたので、はぐらかすように返すだけだ。

 そして詠亜は俺の耳元で囁いた。


「ふふっ、まぁいいわ。とりあえず仕入れた情報だけど、魔法が使える人達、意外と近くにいるかもしれない。いわゆる組織以外の分類で、私達と同類の人達。判別が難しくて捜査は難航。しかも、味方であるとは限らないわ。気を付けてね、瑠璃君は――」


 詠亜の言葉が俺の記憶に刻まれる。


「せんせーの瑠璃君なんだからね。れろっ、あぁん美味し。はむっ」

「ひぅんっ! あっ、っ! 何やってんだ……んにゃぅっ!?」


 不意を突いた詠亜の耳舐めにより何を記憶に刻んだか忘れてしまった俺は、本能に基づいて抵抗の拳を振り上げるも、そのまま甘噛みされて力を奪われ、詠亜に抱き付く形となってしまう。


 そうなれば俺に酔狂している小娘二人が気付かぬ訳がない。


「あーっ! 凛ねぇ! るーにー食べられてるっ! 詠亜せんせーダメぇ! それ以上は、るな、怒るよーっ!」


「るー君!? せんせーに食べられちゃうの!? せんせー、るー君おいしいですか?」


「とっても美味しいわよ。凛子ちゃんも一口どう? はむっ」


「おい待て凛子! はぅあっ……詠亜も誘惑すんじゃねぇ……んうっ! うなじは舐めるな! ひぁうっ!? 凛子、助けてぇ」


 瑠奈が小さな手を伸ばして一生懸命詠亜から引き剥がそうとしてくれるが、凛子は手を伸ばそうとしない。


「せんせー、ちょっとだけ、味見、いいですか? はーむっ」


 それどころか、凛子が裏切った。


「あぐっ! 痛い! 凛子! 本気で耳を齧るな! んっ! 詠亜、そ……そこはらめぇ!」


 それだけで済めばまだ良かった。


「あーっ! 凛ねぇっ! 詠亜せんせー! るなもっ! るなも、るーにー、食べるっ! はむっ」


「待て瑠奈! お前まで裏切ったら俺はもう……ふあっ! ぅんっ! 瑠奈! 服を脱がすな! ひぅっ! へそも舐めるな! ひゃんっ!」


「あらー、瑠奈ちゃんも? それじゃみんなで瑠璃君食べちゃいましょうか。せんせーが、瑠璃君の美味しい食べ方を教えてあ、げ、る。さぁみんな、手を合わせましょう」


 上半身を引ん剥かれた俺は両肩を抱いて天井を見上げる。

 目に光は宿っていなかった。


「いただきます」


 瑠奈と凛子、詠亜の三人が両手を合わせた後、俺は止む無く魔法を発動し、三人の脳に電撃を流し込んで痙攣を誘発させた。


 瑠奈と凛子には欠神発作を、詠亜には強直間大発作を発生させた。


 瑠奈と凛子は三分程、空間のある一点を見つめていた。


「あれ? るーにー? あれ? あれれ?」


「るー君? ん? ん~……えへへ、るー君美味しかったね、ルナちゃん」

「え? あー、うん! 今度は詠亜せんせーいないときに食べよっ、凛ねぇ!」


 何が起きたのか不思議そうに考えるも、俺の味を思い出して涎を垂らしながら約束を交わす二人。


 二人に美味しくいただかれてしまうのは時間の問題だったが、それはそれで楽しみなので良しとする。


 とりあえず今回の元凶である不気味な挙動を取りながら痙攣している詠亜を、本を括る時に使う紐で縛り上げて放置し、二人を引き連れて帰宅したのだった。

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