第15話 無駄にErosな診察遊戯⑤

 今日は待ちに待った念願の卒園式。


 退院後の二週間、毎日のように練習していた歌がある。


 いつのことだか、思い出してごらん。


 あんなこと――タンクローリーに撥ねられた。


 こんなこと――爆発に巻き込まれて死んだ。


 あったでしょう?


 あぁ、あったとも。幼稚園児に転生したと思ったら魔法使いになっていたとも。


 俺はやけくそに歌いながら、心の中で歌と会話した。


 たった二週間の幼稚園生活だったが、もうお腹いっぱいだ。


 良かったことなんぞ、遊んでいる女児のパンツがより取り見取りだったことくらいで、俺が遊んだ……いや、働いた労力に見合う対価と等しいかと問われれば、そんなことはなかったと断言できる。

 なんであんなもんに興奮するんだろうな?


 これから長い春休みに突入するのだが、一週間は疲労困憊の筋肉達と気力を休ませなければならない。


 しかし、現在最後の送迎バスの中にて、もはや指定席と化している最後尾のセンターに俺、左手に瑠奈、その隣に桜、右手に凛子、その向こうにだいぶ心を開いてくれた凛子ママがいるという現状を考えれば、この春休みもドーピング染みた回復魔法を湯水のように使っていかざるを得ないだろう。


 現に数日後、春のぽかぽか陽気が降り注ぐ近場の公園にて、午前の過酷なトレーニング子ども達と遊ぶを終了し、息も絶え絶えになりながら、回復魔法を使いたい衝動を堪える俺がいた。


「るーにー、あーんしてっ。あーんっ」

「るー君、わたしも……あーん」


 現在、弁当持参の瑠奈と凛子から、フォークによる餌付けを受けている最中である。


 公園には瑠奈と凛子、俺の三人だけ。


 とうの昔に打ち解け合った近所の子供達は、午前の遊びが終わり次第、家に帰って昼食だ。


 別に午後からも遊ぶ約束をした訳ではないのだが、観月家に帰宅したところで玲も桜も仕事でおらず、美波家も同様とのことなので、両家首脳の電話会談の結果、こうして三人で、公園ランチを取ることになったのである。


「あーん、はむっ。こら、凛子。まだ口に残ってるのに玉子焼き押し付けてくんな。んぐっ、あむっ。だーかーら瑠奈。もう、俺の口の中いっぱいだから、というかさすがにバナナ丸ごと一本は無理……んむっ!? あぉぅ、らめ……じゅぷ……くるひぃ、もぉむぃ」


 真っ昼間から涙目で喘ぐ俺。


 瑠奈も凛子も、そんな俺の顔がたいそう気に入ったようで、凛子もデザートであるバナナのスタンバイを始めた。


 そもそも自分の手で食べていればこんなことにはならなかったのだが、俺は両手を、この石造りのベンチから、一センチたりとも上げることはできなかった。


 原因は瑠奈と凛子である。


 飽きもせず、毎度お馴染みの鬼ごっこが二時間前に始まったのだが、凛子はスロースターターのまま終日を過ごすため、これはまずいと手を差し伸べた。


 凛子も、まだ他に友達はできないものの、俺と一緒という条件なら遊びに混ぜてもらえるようになったので、ここでやっぱり凛子がいたら興醒めじゃん、という展開は避けねばならず、ならばどうするか?


 と思案したものの、やることは一つしかない。


 凛子の手を引いて逃げ回ったのだ。


 それでは魔法でも使わない限りすぐに捕まる。


 もちろんこんなことに魔法を使うつもりのなかったので、凛子を背負って逃げ回り、時には鬼として追いかけ続けたのだ。


 二時間ぶっ続けで。


 しかもその光景を目にして妬いたらしい瑠奈が、凛子を背負う俺に集中攻撃を掛けてきたのだ。


 バリアと叫んでも無駄だった。


 休み休みなら何とかなるだろうと思っていた俺の計画は破綻した。


「るー君、頑張れ。るー君のおんぶ。るー君、はっやーい。るー君、るー君」


 しかし、背中で嬉しそうにエールを送り、感謝するように耳元で囁く凛子が可愛くて、鼻の下を伸ばしながら全力で、凛子の笑顔が曇らぬように駆け回り続けた。


 筋細胞が%単位でお星様になった頃、筋肉達の休暇届けを受理する。


 だが、凛子がバナナの皮を剥き終わったのを見て、今、腕に暇を与えてしまえばまず間違いなく命に危険が及ぶ。


 猛抗議する筋肉達を無視して手早く指を動かし、スイッチを押し込んだ。


 瑠奈と凛子には見えていない光の線が俺の両腕に撒き付いて、細胞修復の電流魔法を流し込む。


 その甲斐あって、二本目のバナナを押し止めることに成功した。


 回復魔法は副作用、もしくは反動があるのではないか、というか細胞の増殖サイクルを無駄に早めているのだから細胞の寿命が半端ない勢いで削られているのではないか、という不安に駆られているために極力使用を控えているのだが、それはもはや控えている、というのが正しい表現であり、毎日のように連続使用している現状から考えて、もう五十歳が寿命でいいや、と口いっぱいのバナナを咀嚼しながら諦めの思考に浸る。


「るー君、わたしのバナナ、食べてくれないの? ルナちゃんのは食べたのに……ぐすっ」


 思い悩む時間さえも与えてくれない。


 緩んだ蛇口から落ちそうになる水のように涙を貯留させていく凛子のためにさっさと飲み込む。


「はいはい! もう口の中空っぽになったから……あぅぐっ! んむっ、むぁ、いひありふっほふあよいきなり突っ込むなよ! っへゆーかってゆーかこえいんこおあおこれ凛子のだろ? いんこもはべおよ凛子も食べろよ


「うん、分かった。ありがと、るー君」


 後半の翻訳無しで分かるんかぃ、と凛子の理解力に驚いたが、口の中に突っ込まれただけで齧りもしていない唾液塗れのバナナが抜き取られる。


 右手にバナナを握る凛子は左手で自身の髪をかき上げる。


「るー君のバナナ、いただきます」


 ちょっと待ちなさい。


 あろうことかれろっと舐め上げ、あむっと――。


「凛ねぇずるーいっ! るなも、るーにーのバナナ食べるっ! あ、べたべたしてる。でも、おいしそっ。いただきまーす」


 さらにあろうことか、瑠奈も舌を出してバナナに近付き、ペロペロと真横を――。


 反射的に男のセンターを抑え込むが、さすがお子様ボディということで、今のところ反応はあらず。


 予防のために、感情もろとも抑え込んでおく。


「それじゃ、ルナちゃん」

「うん、凛ねぇ、せーのっ」


 そして瑠奈の合図と共に……。


 先端の繊維が勢い良く食い千切られ、真横からも無残にかじり切られた。


 ……危ない危ない。


 危うく男子最大の精神攻撃に、息を引き取るところだった。

 俺じゃ無ければ死人が出るぞ?


「るー君?」

「るーにー?」


 凛子と瑠奈は爽やかな笑顔で俺の顔を覗き込み、美味しくバナナを食べていた。


 すぐさま魔法を発動させ、二人の頭上にモニターを表示させる。


 普通のお子様が素でこんな真似をする訳がない。


 つまり吹き込んだ犯人がいる。


 犯人の目星は、バナナが齧られた瞬間、脳裏に浮かんだ。


 やはりか……犯人はデザートのバナナを用意した桜だった。


「幼い娘達になんつーことを……。というか自分の娘もいるだろーが。これは妹と幼馴染の健全な育成計画の妨げになりかねん。どうにかせねば……」


 幼子達に一瞬とは言えケダモノの眼を向けていた者がいう台詞ではないけどな。


 ふと顔を遠くに向ける。


 公園に大人が一人、歩いて入ってきたからだ。


 その者を見るなり、血相を変えて睨みつける。


 瑠奈と凛子も、雰囲気が変わったと何となく分かり、俺が向いている方を見た。


 瑠奈と凛子の盾となるよう前に出て、殺気を灯した眼でその者を見た。


「やっほー、瑠璃君。だいたい一週間ぶりくらいかしらん? 瑠奈ちゃんも久しぶり。それでその子は……あらあら、瑠璃君も隅に置けないわねぇ」


「どの面下げて俺の前に現れたんですか?」


 俺が辛辣な言葉を投げつけた先にいたのは、白のセーターにベージュのロングスカートを着こなしている流川詠亜だった。

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