第8話 無駄にRealな覚醒条件⑧
翌朝。
俺は目の前の怯える三十名近い人間を前に、何をどうしたらいいのか訳も分からず、立ち尽くしていた。
昨日、俺が両親や瑠奈から情報を集め続けた結果、ある謎の解決と、新たな問題が大量発生してしまった。
謎の解決とは、相変わらず掛かるノイズのせいで、完全解決という訳ではないのだが、観月瑠璃の過去だ。
常軌を逸脱したヤンチャ坊主。
というか天災児。
これが以前の観月瑠璃。
両親の弱腰っぷりと、瑠奈が俺の覚醒当初に見せていた怯えというのはそういうこと。
身内の瑠奈だけでなく、幼稚園でも相当な迷惑を掛けていたようだ。
一例を挙げるなら、スカート捲りという常識を逸脱した丸ごとズラし。
園児に対してはもちろんのこと、外出先では綺麗なお姉さんにまでやってのけるという超大物っぷり。
それだけならまだ可愛いと認識されてしまうかもしれない。
あとは、気に入らないモノ全てに暴力行為。
読み取った中で最も酷い事件は、力で黙らせて連れ出し、同じ園児の女の子の服をハサミで切り裂いて引ん剥いたという話だ。
事件扱いにならなかったのが奇跡である。
子供だからと言って許されるレベルの話ではないだろう。天災児というよりも犯罪児である。
これ程の犯罪行為に六歳から及ぶ少年。
それが、以前の観月瑠璃。
嫌われて当然である。
むしろ捨てなかった両親と、どれだけの暴力を振るわれても決してめげず、いつか必ず仲良くなると信じ続けた瑠奈の健気さに敬意が表されるものだ。
ゆえに観月瑠璃が記憶を失い、例え怪しい存在になったとしても、以前よりは遥かにマシ、という訳で受け入れられたのである。
ならば以前抱いた同情の念は撤回し、気兼ねなく観月瑠璃の体で生きてゆかせてもらおうと意気込んだまでは良かった。
しかし、現実は目の前に広がっていた。
現実というのは、山積みの新たな問題。
生きるためとは言え、全てを綺麗さっぱり掃除できる自信はなかった。
午前九時。
退院明けということもあり、仕事を休んだらしい桜の車で幼稚園に連れてこられた俺と瑠奈。
昨日、目覚まし時計を破壊したことが原因で寝坊した訳では決してない。
水色カッターシャツに黒のカーディガンを着て、紺の短パンを穿いている俺は、眼前に広がる光景に唖然としていた。
同じクラスの園児達が、揃いも揃って壁際に避難し、恐怖の眼差しを俺に向けてくるのだ。
「いきなりアウェーだな。つーか先生達もかよ。どんだけの悪魔っ子だよ、前の俺」
呟くものの、誰の耳にも届くことは無い。
女の先生二人は怯える幼児達を宥め、男の先生は怯える園児達の前に立ち、俺に睨みを効かせる。
記憶喪失である事情を知っているのかどうか確認するために、ひっそりと魔法を描いて押し、先生達の頭上にモニターを表示させる。
『本当に記憶喪失なのか? 仮にそうだとしても、暴力が体にまで染みついている可能性だって無い訳じゃない。少しでも変な真似してみろ。園長の許可は昨日の内に取った。徹底的に躾けてやる』
『記憶喪失? 冗談じゃないわ! そんなことで観月瑠璃のやってきたことが許される訳がない! あぁ、怯えないで私の子供達。絶対にこんな悪魔から守ってあげるから!』
『記憶喪失になって良い子になったと聞いています。あと半月なの。半月でいいの。半月で卒園式なのだから、せめて最後は、この子達に素敵な思い出で締め括らせてください』
散々である。
しかも相当強い思念なのだろう。普段の倍の大きさでモニターにでかでかと表示されていた。
深刻な顔で話がしたいという園長と数分ばかり会話を行い、虹が掛かるような笑顔で問題無しと判断された後、月一組と平仮名で書かれている教室の前に少し遅れて到着した。
「よっ! みんな久しぶり!」
数度深呼吸を行い、気持ちを新たに意気込んで入った結果がコレである。
事情が事情なので仕方がないと思うが、これが世間一般で言う記憶喪失だったら、この仕打ちは今まで暴力行為に及んでいた観月瑠璃を非難する資格はないということである。
同じくらい酷いことを、何も知らない無実の少年に向けているのだから。
しかし、実害を被っている者達がそこまで割り切れるものでもないか。
早速行動に出るとしよう。
在り来りでベタな展開ではあるが、沈黙を続けるよりは良いだろう。
俺は両足を適度に広げて立ち、右手を翳した。
「初めまして! 新しい観月瑠璃です! この度は、以前の観月瑠璃が、なんか色々やっちゃったみたいで、ゴメンね。謝って済む問題じゃないかもしんないけど、前のひっどーいことをたくさんやってきた俺には、ちゃんとお仕置きしたので、もう大丈夫だよ! もっとも、信じてもらえるかは分かんないけど、あと半月で卒園式みたいだし、せめて最後は、楽しく遊ぼうぜ。先生達も苦労を掛けたみたいで、ごめんなさい」
年齢詐称の疑いが掛かることは間違いないが、警戒されるリスクを負ってでも、幼稚園にやってくるだけで恐怖の大王が降臨しているような事態だけは回避されなければならない。
それは俺が小学生になっていく上で重要なことだ。
俺一人ならこのまま徐々に誤解を解いていけばいいのだが、兄がこんなせいで、瑠奈も結構なイジメを別のクラスで受けていた。
それは解決してあげなければならない。
それでもあんな可愛い瑠奈を虐め続ける奴は、兄として直々に、心身ともに成敗してやるつもりである。
さて、三十名近くいる園児達や先生達の反応はどうだろう。
誰も彼も、開いた口が塞がらないようだ。
『なに? どういうこと?』
モニターを移動させて心の中を読んでみても、これ以外の文字は画面上部に猛スピードで消えていく。
先生も園児達も似たようなものだった。
長い静寂が続いたので、小さな木の椅子に腰掛けて反応を待っていたところ、壁際で座っていた一人の女の子が立ち上がって、ゆっくりと、一歩ずつ、焦らすように歩いて来る。
先生達は慌てて手を伸ばすものの、伸ばすだけで捕まえることをしない。
少女は俺の前にやってきた。
俺は顔を上げ、腰まで伸びる真っ直ぐな黒髪の、瑠奈とは違った可愛らしさを醸し出している美少女を見た。
「るー君、ホントに……もう叩いたり、蹴ったり、しないの?」
震える声。しかし力強く放たれる声。
想定していた質問の範疇だったので、少女の目を見て言った。
「もちろん、俺から叩いたり蹴ったりしないよ。だから、今までごめんね。それと、これからもよろしく。えーっと、みなみさん?」
笑顔で答え、少女の胸に付いている満月に見立てたネームを見て名を呼ぶ。
「あ、そっか。記憶そーしつって、全部忘れちゃうんだよね? お母さんが言ってた。わたしは、
凛子はゆっくりと、小刻みに震えながら手を伸ばしてくる。
凛子の心を見ても、観月瑠璃の変化に戸惑っているだけで役に立つ情報はない。
もっとも、お子様相手に心を見る必要はそんなに無いのだ。
「うん、よろしくな! 凛子!」
もう少しで届きそうだった凛子の手を、掴み取って握手するだけで十分だから。
俺が手を掴んだ瞬間こそ僅かな恐怖を見せたものの、微笑みかけたら凛子も笑って返してくれた。
凛子のおかげもあってか、午前中だけで、ある程度の人とは和解し、先生達も現時点では問題無い、という見解を得ることができた。
しかし、俺は甘く見ていたんだ。
「お前ら、全員、若すぎる……」
午後の外遊びの時間帯。
園児総数五百名を超える幼稚園全域に以前の俺の悪評が広まっていたため、解決するにはどうすればいいか? 仲良く遊べばいいだろう。
という訳で頑張って遊んでいた。
「やーいやーい! みづきぃ! もう疲れてんのか! 悔しかったらつかまえてみろぉ!」
鬼ごっこ。すでに二時間ぶっ続けである。
なぜこいつらは疲れない?
と、砂の大地に突っ伏す俺の疑問は、園児の安い挑発に掻き消された。
「いいだろう……俺はあと二回の進化を残している! その姿を見せつけてくれるわぁ! Thunder Lord、スイッチオン!」
第二形態への進化とは電流魔法による筋肉の疲労回復である。
最終形態という名の筋肉活性化による運動能力向上も可能だが、そんな反則染みた魔法を子供如きに使うつもりは無い。
「待てぇ! 俺をバカにした奴は誰だ! 尻を撫で上げるようにタッチしてやるから覚悟しとけぇ!」
しかし、疲労回復魔法も似たようなものであるというのは、まだ少年に分類される俺が気付く訳もなかった。
そんな光景を、凛子は教室の窓から、寂しそうに眺めていた。
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