第2話 無駄にRealな覚醒条件②
世界が大きく揺さぶられた。
「うぅ……うん?」
「
どうやら声の主は瑠璃と呼ばれるヤツの女医らしい。
看護師らしき姿も見えた。ここは病院か?
嬉しいことがあった子供のように歓喜の声を上げる女医。
朝っぱらからこんなハイテンションでは周囲の患者に迷惑が掛かるだろう。
でも、このままでは眠りを妨害されてしまう。
いっそのこと瑠璃と呼ばれる者を叩き起こしてやろうか。
「るーりー君。あなたに言ってるのよん。ちゅっ」
俺の左頬に瑞々しい唇が重ねられた。
「へ?」
パチッと目を開け、慌てて左頬に手を当てる。
セミロングのウェーブ掛かった黒髪の美人な女医の笑顔は、どう見ても俺に向いていた。
「お目覚めのチューはどうだった? ほっぺが不満だったら唇でもいいのよん。でもファーストキスが先生っていうのはどうなのかしらん? う~ん、アリね! ん~~~!」
「ダメです先生! 職権乱用です! 気持ちは分かりますが自重してください! 瑠璃君、逃げてぇ!」
唇を突き出して迫る女医を抑え込むのは二十代前半のこれまた美人な看護師。
あまりにも突拍子な事態に、俺の頭は全く働こうとしなかった。
頬から離した左手に、女医のねっとりとした唾液がついている。
見たくもない無駄にリアルな感触。
頬を抓る必要は無い。
これは夢じゃない。
俺は言い争っている女医と看護師を無視し、部屋を見渡す。
ここは個室で、右手方向に窓と点滴。
左手側には、女医と看護師、さらにテレビと棚、台とトイレ、スライド式のドア。
ドアを見ていたら、ゆっくりと力強く開いた。
そこから薄ピンクのワンピースに白のダウンジャケットを羽織った幼女が、耳の上の髪を括っている赤のリボンを揺らし、恐る恐る部屋に入ってきた。
「あーっ! るーにーを取っちゃだめええぇっ!」
少女はどこぞの外国人の名前を叫びながら女医に突っかかる。
「ちぇっ、瑠奈ちゃんが来ちゃったか。だったら先生、諦めてあげるわ。今はね!」
「先生、大人気ないです……」
瑠奈と呼ばれる少女をビシッと指差して悪役っぽく笑う女医に、看護師は溜息を吐く。
「今でも後でもずっとダメなのっ! るーにーは、るなのるーにーだもん! ねーっ!」
瑠奈は女医と距離を置き、俺に寄りながら、にこやかな笑顔で――しかし僅かに声を震わせながら、相槌を求める。
俺にできることは首を傾げることだけだ。
「甘いわね、瑠奈ちゃん! 世の中所詮実力あるのみ! 一番綺麗で大人の女が瑠璃君と結婚できるのよ! ねーっ、るーり君」
更なる女医の相槌にどう対応すべきか困っているところに、女医より僅かに年上に見えるの男女が入室してきた。
腰の引けている二人はどこにでもいそうな成人で、社会に翻弄されて疲れたような不健康な顔色をしている。
俺は自分を指差しながら、疑問に思った事を口にしてしまった。
「俺が、瑠璃?」
こう言った瞬間、まるで世界の時間が止まってしまったかのように、女医と、看護師と、瑠奈と、入室してきた男女の表情が固まる。
でも、俺はそれどころではなかったんだ。
起きて、初めて発した言葉。
声がおかしい。
「あ、え? あれ? どうして?」
1オクターブ高い。これは高校生の声域ではない。まるで幼稚園児の声だ。
慌てて自分の体を見直す。
青色のパジャマの先から出ているのは小さな掌。
以前の半分くらい。腕も短い。
頬や額を触っても青春のシンボルであるニキビはない。
そんなことはない。あるはずがない。
鏡を探したが見当たらない。中型のテレビがあったが、角度が悪く、顔が映らない。
ベッドから飛び降りた。激痛が走る。点滴の針が右腕に刺さったままだった。
長袖パジャマの腕を捲り、テープを外して強引に針を引き抜く。
何も映らないテレビを掴んで角度を変えると、黒い画面に、背後の光景と俺の顔が映し出された。
見覚えの無い男の子の顔があった。
頭はやや長めで、可愛らしい顔立ちをしている。
傍目に見ても、健やかに成長すれば将来恋愛に困ることはないだろう。
ただ、今の表情は、ひどく疲れ、この世の全てが終わったような、絶望に塗り固められていた。
テレビに映る姿が俺だと理解するのに、十数秒を要した。 この状況を頭で理解することはできなかった。
しかし、体は震えていた。俺の身に宿る魂だけは、黒い鏡に映る姿が俺であると理解させる。
「あれ? 違う。俺じゃない。待てよ、嘘だろ、勘弁しろよ。いや、ダメだ、分かんない。とにかく違う、俺じゃない。でも、俺って……誰だっけ?」
上体を捻り、この部屋にいる全ての者を視界に捉え、涙を流す。
誰も答えることなく、言葉を失ったまま、瑠奈以外が一歩退いていた。
俺は急いで記憶を辿り直す。
辿り着いた記憶は、タンクローリーの爆風に飲み込まれ、人の肉が焦げ、血が蒸発する臭いに埋もれた景色。
鼻に付く最悪の一生嗅ぎたくない臭い。
よりにもよってこんな場面を思い出した俺は、蹲って吐いた。
食べ物は何も出てこない。しばらく点滴で栄養を補給していたということだろう。
だからえずくだけ。時折吐き出すのは胃酸の混じった唾液だけだった。
吐く物が無くても何度も吐いた。
俺は看護師と、その場に居合わせた女性……恐らく瑠璃と呼ばれる者の母親に介抱された。落ち着いた頃には
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