第1話 無駄にRealな覚醒条件①

 嵐の海に放り込まれたかのように意識が揺れ、溺れているかのように苦しい。


 そんな中で、俺は記憶を辿る。


 今日は高校の卒業式だった。


 朝、自転車に跨り、最後のチャリ通を満喫しようと出発した。


 いつも通り、道を右に曲がる。


 そこには、四車線道路に見合った煉瓦れんが調の立派な歩道があるはずだった。


「え?」


 最後に俺が発した言葉。


 眼前には、見慣れた道路の代わりに、巨大な鉄の塊があった。


 タンクローリーだ。


 どういう訳か、こいつが突っ込んできた。

 それだけが分かった。

 それだけしか分からなかった。


 一瞬の衝撃でいくつかの臓物が潰れ、後方に吹き飛ばされる。


 呼吸の方法なんて忘れてしまった。


 アスファルトを跳ねるように転がり、未回収のごみ袋達にぶつかって止まる。


 タンクローリーは、倒れる俺の三メートル先の電柱にぶつかって停まっていた。


  タンクからガソリンが漏れ、ショートしたバッテリーから火花が散った。


 次の瞬間、太陽の欠片が落ちたかのような、輝き、煌き、暑く、熱く、全てを焦がす炎を伴って、大きな噴煙を立ち上らせながら爆発した。




 ――どれだけの時間が経過しただろう。


「生きて……いるのか? この状態で……おえぇっ!」


 最後に掛けられたのは疑問、そして吐瀉物だった。


「しっかりしろ、新人! もうすぐ二年目だろうが! 脈は……チッ、僅かだがある! 手伝え! 運ぶぞ!」


 目を逸らしながら右手を取り、脈を測って舌打ちした消防士が見たモノ。


 左腕が焦げ落ちて転がり、コンクリートと左足が溶け合って接合した全身火傷の俺。


 最期に、消防士が俺を引き剥がそうとして、左足の千切れ落ちる音が、今にも消えそうな程に小さく、耳に届いた。


 助かる訳がなかった。 そのはずなのに――。




 渇いていたんだ。


 陸に上げられた魚が、水と酸素を求めるように体が渇いていたんだ。


 求めるモノが何なのか分からない。


 でも近くにあると感じ、体を動かす。


 どこからか転げ落ち、右腕に激痛が伴った。


 痛みはすぐに気にならなくなった。


 僕は這いずり、立ち上がって手を伸ばす。


 何かが視えるのに、その向こうに求める何かがあるはずなのに、透明な何かに阻まれる。


 爪先で立ち、手探りで鍵を見つけた。


 やけに高い位置にあったが、ただの窓だった。


 窓を開け、やっと求めるモノを見つけた。


 そんな気がした。


 外は夜で大雨だった。このまま降り続ければ、一刻もすれば河川が氾濫するだろう。


 でも、関係無い。


 窓から身を乗り出し、アンテナのように手を伸ばす。


 雨に濡れても、渇きは満たされない。


 揺れて蠢く空を見た。


 暗くて、黒くて、ぼやけた空。


「早く……ちょーらい」


 俺は唇の片端を吊り上げて呟き、口を大きく開け、上目遣いで舌を差し出した。


 大きな雨粒達を、丹念に舐め上げ、ひたすらに懇願する。


 そして世界は、俺に反応した。


 空から放たれる白光が、俺目掛けて降り注ぐ。


 白く、尖った、痺れるほどに、辛い味の雷。


 口を開けたまま、涎を垂らして笑みを浮かべる。


 卑しく舌を出し、窓から身を乗り出したまま、両手を広げて受け入れる。


 何度も放たれる白光は、俺の小さな口と体だけでなく、意識までも徹底的に、白の世界を注ぎ込んでいった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る