第24話 無駄にAgainstな黄金週間④
俺の我慢は、とうに限界を超えていた。
玲の前のテーブルに立ち、樋熊を見下すように、樋熊を見上げる。
「父さん、何を言ってんの? こんなゴミに父さんと母さんが、汗水垂らして働いた金をくれてやる道理なんて、これっぽっちも見当たんないよ」
俺は振り向き、玲の涙を指で拭う。
そして桜の頭を優しく撫でながら、何者にも臆さない力強い声で語りかける。
「なんじゃぁ瑠璃! 貴様は関係ないんじゃ! 黙っとれぇ!」
俺は樋熊に振り向くと同時、阿修羅の顔になった。
「黙るのはお前だこのクソ熊がぁ! 俺の親が、俺の目の前で、詐欺られて金を渡そうとしてるのを見過ごせる訳がねぇだろ!」
思わぬ迫力に、顔を数寸ばかり離す樋熊だったがすかさず元の位置に戻し、頭に血を上らせる。
「誰が詐欺じゃぁ! 貴様、やっぱり前と何も変わっとらんようじゃのぉ! またどぎつい灸を据えて――」
「今! そこの馬鹿女が! 今夜のパーティで父さんの金を使いますって言ったばっかりじゃねぇか! 仕事の契約はどうした!? 部下に見栄張るために金をばら撒くだけだろぉがよ!」
「瑠璃、止めて! それ以上は!」
「止めるんだ瑠璃! なっ!? 止めろ兄さん!」
俺の言葉が火にガソリンを注ぐようなものでしかない。
桜と玲は俺を止めようと、腰と肩に手を伸ばしてくる。
しかし樋熊は、もう俺とは問答するつもりはないらしい。
樋熊の鉄筋のような腕が、真っ直ぐ振り下ろされたからだ。
玲は恐怖のあまり目を閉じてしまうが、腕を交差させて立ち上がり、俺を庇うように傘となる。
玲は腕が砕かれようが、そのまま頭がかち割られようが構わないと思っていたのかもしれない。
しかし、いくら待っても、腕に痛みが走ることも、ましてや何かが当たる感触すらないだろう。
玲はそっと目を開けたんだ。
樋熊は音も立てず、俺の大内刈りによって畳に転がされていた。
何が起きたのか理解できていない樋熊は、放心状態で天井を見つめるだけ。
俺はこの場にいる誰もに聞こえるよう、はっきりと言ってやった。
「あのね、父さん、母さん。どんな事情があるかは知らないけど、少なくとも、こんな無駄に
俺が指差すのは、樋熊、樋熊の妻、そして玲と樋熊の母。
そして片眉を吊り上げ、怒りを抑えきれずに続けて言った。
「まだUNKの方が、世のため人のために、役に立つんじゃないの?」
この言葉に、玲と桜の呼吸が止まった。
「誰が……ウンコじゃと?」
「え? 何の事言ってるの? 知ってる? UNKってアンノウン……未確認物体の略なんだよ? 未確認物体ってさ、価値があるかどうか分からないじゃん? だからそれなりに役に立つんじゃないかって思ったから言ったんだけど……。あれれぇ? 自分でウンコって認めちゃうの? さすがだね! ぴったり当てはまってるよ! でも残念、ウンコの方が、まだお前らより役に立つわ」
俺が嘲笑い、喋り終えると同時、図太い繊維がぶち切れる音が、三つ同時に部屋で鳴る。
「婆さん、お嬢……えぇか?」
「クマー、掃除係に連絡入れるから五分頂戴。ついでに辺り一帯を封鎖してもらうわ。暴れるならそれからにしてよね」
「あたしゃ何も見とらん、知らん。じゃが、畑の隅になら、穴を掘ってえぇけぇの」
三人の声は至って普通の声だった。
ただ、樋熊が立ち上がり、言葉を発し終えると同時、殺すだけでは決して鎮まらない怒りの眼が、幼い子供ただ一人に向けられた。
「瑠璃、違う。そうじゃないんだ! 兄さんも待って! 瑠璃は何も知らないだけなんだ!」
「ダメ……瑠璃、ま……死んじゃう! あぁ……ダメ!」
玲と桜は怯えていた。
しかし二人の怯え方がおかしい。
まるで崩れそうな何かを必死で支えようとしている声だ。
まぁもっとも、二人の声は樋熊に届くことはないのだが。
樋熊のモニターを見る。
『瑠璃』 この巨大な二文字だけが画面を占拠していた。
そして徐々にズームアウトしていき、次第に樋熊の心の文字は見えてくる。
新しい表示のされ方だな。
「もぉ我慢ならんど。五分、それだけあれば十分じゃ。まずは、貴様の秘密から教えてやらんとのぅ!」
樋熊が雄叫びを上げるように怒鳴り散らす。
「待て兄さん! せっかく平和に……幸せに過ごせるように……なった……のに……」
玲の叫びに対し、樋熊の暴力の拳が放たれる。
もちろんそんなことはさせない。
樋熊の渾身のストレートを、樋熊の妻の頭のモニターを引き戻して再展開し、筋肉の活性化によって得た力を以て止める。
玲は腰が抜けてしまったらしく、尻餅をついて動かなくなった。
「ダメぇ……そもそもあなたが……影でこそこそ瑠璃に……しなければ! ああああ!」
桜もまた、狂い咲くように頭を抱えて発狂していた。
樋熊の頭上に記された文字はまだズームアウトできていない。
『瑠璃、貴様は――』
ここまでしか表示されていない。釈然としないことが多過ぎてイライラが募る。
「ふんっ、がっはっは! こう考えれば、おもしろくはなるのぉ。瑠璃、これで貴様に言うのは二回目じゃ」
俺に一撃を受け止められて、眉一つ動かさなかった樋熊は、悪魔のような笑みを浮かべる。
「何がだ?」
問うと同時、心の言葉はズームアウトの速度を一気に早めた。
樋熊の口と頭上に表示されるモニターから真実の言葉を聞き、読み取った。
「観月瑠璃、貴様は、玲や桜の本当の息子じゃないということじゃ。この偽息子」
『瑠璃、貴様は本当の息子じゃないということじゃ』
「え?」
この場の空気は、時が止まったかのように動きを止めたのだった。
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