第18話 無駄にErosな診察遊戯⑧

「だったら瑠璃君……ハァ、ハァ、私が……いえ、せんせーが頑張ったら、ちょっとだけ、せんせーの趣味に付き合ってくれるのかしらぁん?」


 ソファーに腰を掛けたまま頬を染め、スカートをたくし上げながら足を開いていく詠亜。


 この性格だけは何とかならないかと思ったが、望んでいないとはいえ裏の世界に足を突っ込んでいく以上、これくらいのやり取りはまだ可愛いのかもしれない。


 そう考え、この世界を生き抜いていくための練習がてら、ほんの少しだけ付き合ってあげる。


「それはもちろん、詠亜先生の頑張り次第で……ぼく、詠亜せんせーに、いっぱい、じゅぷじゅぷって、れろれぉって、してあげるよぉ」


 途中からわざとらしく声色を変えて舌を出し、舐め上げるように動かした。


「あぁんっ! 瑠璃くん小悪魔なのぉ、そんな舌使いで……あぁ、らめぇっ、くぅんっ!」


 効果は無駄に抜群だった。


 たったこれだけで詠亜はソファーが後ろに倒れそうになるくらい体を仰け反らせ、白目を剥いて痙攣していた。


 詠亜が限りなくアウトに近い声を上げたせいで、瑠奈と凛子が目を覚ましてしまった。


 十数秒で意識を取り戻した詠亜は、内股で膝を震わせながら、よろよろと俺に歩み寄り、握手のために手を出した。


「交渉成立ね! 瑠璃君!」

「詠亜先生、せめて手を拭いてください」


「きっと鼻水ね。興奮し過ぎちゃったわ。舐め取ってくれない?」


 ほっこりした笑顔でナニを求めてくるのだろうか?


「殴られたいですか? それとも蹴られたいですか?」


 瑠奈と凛子が起きた以上、変態行為は禁止であると爽やかな笑顔で拒絶する。


「あれっ? るーにー、詠亜せんせーと仲直り?」


 しかし眠たい眼を擦る瑠奈が馬鹿げたやり取りを中止させる。


 詠亜はティッシュで手を拭き、瑠奈の頭を優しく撫でながら俺を見て言った。


「そうよ瑠奈ちゃん。だからこれから仲直りの印に、瑠璃君にプレゼントあげちゃうの」


「えーっ! 詠亜せんせー、るなにもっ!」


「だーめ。さっきお菓子あげたでしょ? だから凛子ちゃんも、ごめんなさいねぇ」


「あ、はい。わかりました。ルナちゃん、さっき、るー君のお菓子食べちゃったでしょ? だから我慢。わたしもいっしょだからね、ね?」


 駄々をこねて膨れる瑠奈を凛子が説得している間に、詠亜が部屋の隅に置いてあった紙袋を取りに行き、そこからプレゼントを取り出してテーブルの上に置く。


「詠亜先生、これなんですか?」


 心を読みたいところだが、変態思考に染まっていないかどうか気になってしまい、心の窓を開く勇気がでない。


 しかしこの物体は誰がどう見てもすぐに理解できる物だった。


「見て分からないかしらん? スマホよ。せんせーから瑠璃君へのプレゼント。前金だと思ってくれていいわ」


 あと数年は持たせてくれないはずのスマホだ。それも最新機種である。


 瑠奈と凛子が目を輝かせてこの部屋と同化してしまいそうな白色カバーのスマホを見つめている。


 しかし俺は眉を寄せて難しい顔を作った。


「連絡を取り合うという手段の重要性は理解できますけど、いきなりこれはまずくないですか? 瑠奈と凛子に見せた時点で家族的な問題が……」


「瑠璃君の御両親にはせんせーが言いくるめておくわ。玲さんになら話、きっと通じるわよん。もっとも通話料金の月上限は一万円だから問題ないと思うわ。もちろんせんせーとは、いつでもどこでもいつまでも、無料で電話できるわよん。当然ギガは無制限」


 腰を振りながら前かがみでウィンクしてくる詠亜を視界の片隅に置いて、淡泊に頷く。


 早速操作し、スタートアップの作業を終えると電話のコールがちょっと鳴ってすぐ消える。履歴を開いてみる。そして詠亜を見る。

 そのニコニコ笑顔からして、詠亜の番号だろう。黙って登録する。


 瑠奈と凛子が物欲しそうに俺はを見ている。


 この先何も無ければ貸してやっているのだが、忘れてはいけない。


 用事はもう一つある。


 だから今、瑠奈と凛子にスマホを渡してしまえば、あれどうやるの? これどうやるの? といった質問攻めに合う事は間違い無い。


「で、詠亜先生。もう一つの用事って何ですか?」


 そして何の警戒もせずに詠亜に問う。


 詠亜は俺の言葉を耳にすると同時、それなりの微笑みを浮かべていた表情を見事なまでに消失させ、真剣な面持ちでソファーに腰を据えた。


「瑠璃君、瑠奈ちゃんや凛子ちゃんも聞いてくれるかしら? 二人にはちょっと難しいかもしれないけれど、とっても大事なお話があるの。瑠璃君のことよ。聞いてくれる?」


 肌に針が刺すような雰囲気になったと、瑠奈や凛子でさえも気付き、不安そうに俺の袖を摘む。そして二人は俺を間に挟み、ソファーに座り直した。


「詠亜せんせー? るーにー、どこか悪いの?」


 詠亜が医者ということを考えれば簡単に行き着く推測だったが、俺も混乱気味で、瑠奈が発言するまで考え付かなかった。


 もっとも、瑠奈が正解を言っているかどうかはまだ分からないと、新たな推測を頭に思い浮かべようとする。


「あら、さすが瑠奈ちゃんね。正解よ。瑠璃君の入院中や、この前の検査の時に怪しいと思っていたんだけど、今日の瑠璃君を見て確信したわ。確定診断が下せる程にね」


 瑠奈の疑問が的を射ていたようだ。


 確かに入院中に精密検査を受け、結果が出るまで時間の掛かる項目もあった覚えもある。


 ある程度の病は魔法で治せると思っているものの、まだそれは確証ではないので不安の渦に飲み込まれそうになる。


「せんせー、るー君、病気なんですか? 治るんですか? わたし、手伝えること、ありますか?」


 凛子も涙目になりながら縋るような声を出す。


「大丈夫、多分、瑠奈ちゃんと凛子ちゃんが手伝ってくれれば、瑠璃君の病気は治るわ。というか、絶対治させるの。治してみせるのよ!」


 そして凛子の手を握り、力強く瑠奈にも訴える詠亜。

 凛子と瑠奈は訳も分からないまま、詠亜に合わせて熱心に頷いていた。


 未だ何の事だか分からなかった。

 だから雲行きが怪しくなってきたと、まだ気付くことができなかった。

 ゆえに俺は、詠亜の心を読むことを忘れ、単刀直入に聞いたのだ。


「詠亜先生、俺の病気って何ですか?」


「凛子ちゃん。ちょっと良いかしら?」

「あ、はい。せんせー、何ですか?」


 無視かい。


 詠亜は凛子に質問を投げかける。


「凛子ちゃん。将来、瑠璃君のお嫁さんになりたい?」


 凛子の顔が瞬間湯沸かし機のように沸騰する。


 そして俺の頭上にはハテナが踊った。


「るなもっ! るなもーっ! るなも、るーにーのお嫁さんになりたいーっ!」


「瑠奈ちゃんはお嫁さんになれるかなぁ? あ、でも子供は産めるかもしれないわね。推奨する訳じゃないわよ? あくまで可能性の話をしているだけだからね? でも、どうやったら子供を産めるか、知っているのかなぁ?」


 全力で手を挙げ、詠亜に身を乗り出していく瑠奈には、棒読み口調で適当に言葉を返していた。

 そして詠亜の言葉に、瑠奈は腕を組んで悩み始めた。


「はい、せんせー、わたしは知っています!」


 しかし凛子は真っ赤な顔で俯いて手を挙げ、声を上擦らせながら詠亜に暴露していく。


「あら!? その歳で御存知ですって!? あ、そっか。もしかしてコウノトリさんかな?」


「ううん、この前の夜にね、お父さんとお母さんがね、ちゅーとか、その……いっぱいしていました。それで朝、テレビで子供のお話しててね、わたし、るー君みたいな弟がほしいって言ったら……今、りんこのために頑張ってくれてるって言ったんです。どうやったら弟できるの? って聞いたら、教えてくれませんでした。でも、昨日も頑張ったって言ってたから、きっと、アレが全部そうなんだとおもいまふ! んっ!?」


 最後の最後で舌を噛んだ凛子は口元を両手で抑えて涙を堪えている。


 俺も何が何だか分からないまま話を聞いていたが、今の想いはきっと詠亜と同じであるに違いない。


「ふっ、ふふっ、せんせーがイチからじっくり説明してあげる予定だったのに、何もかもパーね。瑠奈ちゃん。あとで凛子ちゃんから詳しく聞きなさい」


「うん! 凛ねぇ、あとで教えてねっ!」


 俺に負けず劣らずのハテナを溢れ返らせていた瑠奈だが、凛子に向けて、まだ何も解決していないはずなのに、疑問が全て解決したかのような満足げな顔を向けている。


 そして凛子も涙目で、あとでねーと答えていた。


「さて、ここまで無駄に引っ張ればさすがの瑠璃君でも分かると思ったけど、その顔だとまだ分かっていないようねん。読んでないのかしら? 言っておくけれど、これはせんせーが医者じゃなくても分かることよ。入院中はあまり押し掛けられなかったから別として、瑠璃君にビリビリされた診察の日。せんせーとあーんなに楽しいことをしたにも関わらず……さっきもこーんな姿見せてあげたにも関わらず……ね?」


 詠亜はスカートを少しだけ抓み上げ、怪しげな眼で俺を見つめている。


 ちょっと考えてみた。


 キーワードは病気。

 凛子が俺の嫁になった時に関係有り。

 子供の産み方を知っているかどうかも重要。

 詠亜に襲われた日に何かがあった。

 そしてさっき詠亜が変態行動を起こしていたこととも関係してい――。


「んあぁ!? え!?」


 気付いた。そして慌てふためく俺の姿を見て、満足そうに詠亜が口を開く。


「そうよん。こう見えてせんせー、体には自信あるの。でも、あれだけのことがあったにも関わらず、瑠璃君反応無しなのよねー」


 それはつまり――俺は思考回路を投げ捨てた。


「いや、待て! 俺はまだ子供だぞ!」


「六歳でも問題ないはずよん。つまり病名は、子作りミッション・インポッシボゥ」


 俺はこのタイミングでようやく魔法を発動させて詠亜の心を覗き、男としては致命的な不可能の英語略がカタカナ三つで延々と羅列されているのを見て、見なければ良かったと思わず両目を塞ぐ。


「目が! 目がぁ! つーか違うだろ!? この歳から任務不能な訳あるか! まだ準備期間なんだよ! 個人差! これが個人差!」


「でも、あれだけナデナデしてあげたのに、反応が無いなんておかしいわ。赤ちゃんですら気温差変化くらいするのに。つまりただの屍という――」


「勝手に殺すな! 俺はまだ生きている! というかいつそんなことやったんだ!?」


「触診ついでにたーっぷりと堪能させてもらったわ。職権乱用ってヤツね! でもそんなことより、そこまで言うなら証拠、見せてくれるのかしらぁ?」


 必死に弁明したが、あっさり返される。


 証拠などと言われても一体何があるというのだろうか。


 考えたが、相手は医者であるため生理学にも精通しており、適当な発言は何も通用しない。


「くっ、上手く乗せられた気がするが、俺としても一大事だ! 今回はノッてやる!」


 ゆえに、表面上は強がるものの、心の中では泣きそうになりながら、立ち上がって足を開き、腰の辺りで両拳を握って構えた。


 詠亜の目が妖艶なものに変化していき、鼻の穴も絶賛拡張中である。


「おかずは?」


 しかも人差し指を胸元に掛けて引っ張り、前屈みになりながらロクでもない事を聞いてくる。


「いらぬ! んなもん無くても俺は為す!」


 詠亜の言葉を払い退けた瑠璃は、心の中で叫んだ。


 昇れ、俺の太陽よ。ライジング、サン!


  拳と共に、色んなモノを天に突き上げた。


「おーっ!」


 俺の腰周りから歓声が沸き起こる。


「るー君、すごくなったー」

「るーにー、どーやったの?」

「ふぅ、秘密」


 凛子と瑠奈に教えるにはまだ早いので、男の神秘として秘密を順守する。


 そしてソファーに腰を下ろし、鎮火のために目を閉じて瞑想する。


「せんせー、今まで生きてて良かったわ。もはや一片の悔い無しよん」


 涙を腕で拭いながら喜んでいる詠亜は是非とも放置しておきたかった。


「でも瑠璃君、今、ずっと瑠奈ちゃんと凛子ちゃんを見てたでしょ? 気になってたんだけど、やっぱり瑠璃君って、ロリコン?」

「ショタコンには言われたくないですなぁ!」


 しかし反論せずにはいられない。もっともこの言葉は墓穴だった。


「否定はしないのね。るーりくぅんも、せんせーのなかまぁ」


 全力で否定しようと思ったが、今後の人生を考えると同年代は全てそうなる訳で、落ち着いて思考を巡らせるが、そっぽ向くことしかできることはない。


「ぷんっ!」

「へぅあっ! 怒った瑠璃君もたまんなぁい! ハァアッ、ハァアッ!」


 無駄に呼吸音を轟かせて身悶える詠亜を、今度こそ無視し続ける。


 そんな俺の膨れた頬を、瑠奈と凛子はつつき回すだけ。


 詠亜が正常に戻った頃合いを見計らって、詠亜の送迎により、それぞれの家に帰り着いたのだった。

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