第17話 無駄にErosな診察遊戯⑦

 公園の外に路上駐車してあった白塗りの高級セダンに乗った三人は、車で五分も掛からない場所にある二十階建て高級マンション。その十九階にある吹き抜けの玄関前にいた。


「高級マンションって言っても、家賃は病院持ちだし、ワンルームよん。独り身なのに部屋がいくつあっても掃除が面倒なだけだもの。はい、鍵が開いたわ。汚くしていないつもりだけど、あちこち探し回っちゃダメよん。使い方のよく分からないおもちゃがたくさんあるかもしれないからね、ハァハァ」


 無駄に鼻息の荒い詠亜を無視し、高級感の溢れる真っ白な壁の部屋に入る。


 艶のあるフローリングや家具に、瑠奈と凛子が星のように目を輝かせる。


 俺はそんな二人の後を追うように、足を踏み入れた。


「いや、ワンルームって……これ仕切りがないだけで4LDKあるだろ? 何坪だよ」


 セミダブルベッド、タンス、本棚、勉強用とパソコン用と思われるデスクが二つ、四人くらいが囲んでも余裕がありそうな膝丈程の円卓、その周囲に置かれているソファー、それと太い柱が四柱。


 それら全て、フローリング以外天井までもが白一色で、一人で暮らすには持て余す広さの部屋が目の前に広がっていた。


「坪? 数えたことないわねぇ……ん~、三十から四十坪くらいじゃないかしら?」


「さすが医者。スケールが違うな」

「お褒めに預かり光栄よん」


 呆れつつも純粋に褒め、それを理解した詠亜は大そうな物言いで返事する。


「さて、瑠奈、凛子。こっちおいで」


 ベッドの上で跳ね回る瑠奈と、それを制しようとしたものの、衝撃的な心地良さに目的を忘れ、ベッドで寝そべっていた凛子を呼ぶ。


 二人はまるで躾のされた犬のように手元へやってきた。

 俺はソファーに腰掛けて背中を預け、足を組んで切り出す。


「で、用件は?」

「あらあら、瑠璃君、まるで悪の大王様よん? 幼女二人を侍らせて……ねぇ?」


 俺は両サイドにいる瑠奈と凛子の肩を抱き寄せている。

 瑠奈も凛子も嫌がる素振りは一切見せていない。むしろ機嫌の良い猫のように擦り寄ってきた。


「これは男のユートピア。あとは二人の安全確保兼メンタルケアだな」

「なるほど、前者はよく分からないけれど、後者は理に適っているわね」


 詠亜は俺と同じく足を組んでソファーに背を預けていたが、俺の言葉を聞いて足を解いて揃え、背筋を伸ばして咳払いを一つした。


「それじゃ本題に入るわ。まず、信じてもらえるとは思っていないけれど、私はもう瑠璃君の敵ではないわ。あとは読んでちょうだい。二人にもあまり聞かせられる話じゃないと思うから」


 冗談で言っているのではないとは思ったが、気の進まない顔で魔法を発動させ、詠亜の頭上にモニターを出現させた。


『瑠璃君を襲った理由は一つ。それは私がショタコンだから。あら? それはもういいって顔ね。まぁもうちょっと聞いてちょうだい。あの時は瑠璃君があまりにも私好みの子だったから欲望に負けちゃったの。だから瑠璃君を誰にも渡さないって言う気持ちで、瑠璃君が入院した直後の落雷現象を必死で隠した。マスコミ関係者に私の魔法Anandamide Lordを嗅がせるのは苦労したわん。なぜ隠す必要があるのだと思う?』


 俺と詠亜は、傍から見れば互いを見つめ合うだけにしか見えないが、それを気にする者は誰もいない。


 瑠奈も凛子も、遊び疲れ、満腹になり、瑠璃の腕の中で安心している。


 そうなれば夢の中に遊びに出かけるに決まっている。


 俺は寝息を立て始めた二人の頬を撫でながら、会話が可能だという意を込めて口を開いた。


「そりゃ隠さないと魔法が世間にバレるからだろ?」


「その通り。それくらいは考えられるようね。魔法という無駄に素敵な力に浮かれることなく、現実が見えているようで良かったわ。私が調べた情報によると、世間に魔法をある程度、露見させることを良しとする組織もあるわね」


 詠亜はソファーから立った。


「それって、俺を襲った時に言っていたマジシャン達か」


 ベッドの下の引き出しから大きな薄手のブランケットを一枚取り出す詠亜に向けて言う。


「そう。露見とは言っても魔法のマジックではなく、手品のマジックとしてね。そして大抵の魔法使いはその組織に属しているらしいわ。そうでないものは、自身の魔法が弱過ぎて、魔法使いであると気付いていない者、魔法を犯罪に利用しようとする者。そして私達のように普通の生活を営みたくて、魔法を隠しながら生きる者に分別されるの」


 詠亜はブランケットの端を渡してきて、俺と二人で瑠奈、凛子、ついでに俺の肩に掛けて、再び腰掛ける。


「えらく物騒だな。まるでその組織に入ってなかったら普通の生活がままならないみたいじゃないか?」


「そりゃそうよ。その組織にはそれなりの規律があってね。力ある者は力無き者のために、皆ができるだけ平等になるように均される。それでも力が強ければ制限され、四六時中監視が付くわ。その代わり、結束により安全が確保されるって言う訳。ちなみに組織の名前までは調べきれなかったから勘弁してね。関わっている奴隷が一人しかいない上に情報操作でも受けているのか曖昧な情報ばかり持ってくるから。って、瑠璃君にはちょっと難しいかしらん?」


「出る杭は打たれる。それでも出る杭は削られる。しかし杭はどうやっても出てくる。だからみんなで協力して杭を出ていないように見せる。従わなければ根本から取り除かれるってことだろ?」


「あらぁ、正解。もしかして、読んだ?」


「言っとくが、読むより会話する方が早い。だから普段から読み続けている訳じゃない」


「なるほど、本当にいる訳ね。それじゃ普通の生活ができなくなるかもっていうのは分かるかしらん?」


「魔法を隠しながら生きる者達は、魔法を犯罪に利用する者の予備軍ってことか?」


「違うわ。でも六十点あげちゃう。それもあるけれど、やっぱり超能力という形の魔法が世間に露出することを恐れているのよ。何かの拍子に魔法が世界にバレました。真っ先に被害を受けるのは、マジックやイリュージョンを生業とする人達。そこからその組織に属する人達に連鎖するもの」


「被害ねぇ……。まぁ、人体実験か」


「そこまでひどいものじゃないかもしれないけれど、それに近い事態には陥るでしょうね。魔法の威力によっては、核社会が終わるかもしれないし、下手をすれば魔法使いの取り合いで第三次世界大戦よ。そうなれば戦争の引き金になった者、つまり魔法使い達は戦争を起こした張本人達と扱われて……ね?」


「さすがにそれは被害妄想だろ?」


「それじゃ誰が責任を取るの? 敗戦国? 敗戦国にも、きっと魔法使いはたくさんいるわ。そうなれば、敗戦国の魔法使いが、A級戦犯よ」


「そう考えている者達が多い。それがこの世界に生きる魔法使いの実態って訳か」


「そうよ。だから平和でいたい。平和でいるためには、隠し続けなければならない。管理できない私達は平和を脅かす不安因子。だから邪魔。自分達が平和でいるために、私達を力尽くで排除する。私達の言い分がどうであれね。私としては知ったことじゃないし、言い分も何も聞かずに実力排除してくるような奴らの仲間になるなんて真っ平よ。だいたい管理されるって言っても中身は不明。ナニされるか分かったもんじゃないわ。まだ辛うじてバレていないけれど、探られているの。色々調べさせている奴隷がつけられたり、色々ね。最近その動きが活発なの。だから私も気付けたのだけどね」


「なるほど、それで用件その1って訳か」


「そゆことよん。これは取引。お互いに手の内はだいたい知っている。そしてお互い自分自身について、特に肝心な魔法についてあまり知らない。瑠璃君のことなら検査という名目で病院の機器を使って調べられるわ。私自身を病院で調べたら怪しまれるからあまりできなかったし。それに瑠璃君の読心能力と、私を倒した時の身体能力、それと私の行動範囲と情報収集能力を合わせれば、魔法についても、敵として私達の命を狙ってくるかもしれない魔法使い達の動きについても、今よりずっと効率的に対応できる」


「お互いの安全のために、そしてお互いの今、平和であるこの時を守るために手を組もう。そういうことですね、詠亜先生」


「えぇ、無駄に平和な世界を満喫している人達は永遠に気付かないでしょうけれど、平和は歩いて来ないわ。自分達で動き、手に入れるものよ。それに、瑠璃君もお金とか必要でしょ? だから私が瑠璃君を雇う形で協力してもらおうって考えているわ。ふふっ、敬語で話してくれているということは、前向きに検討してくれているのかしらん?」


 俺はモニターを見て詠亜の心内を確認する。


 文字の流れが少々早く、全てを目で追える訳ではないが、怪しい点は見受けられない。


 ゆえに瞼を下ろして数秒沈黙し、危険と利益を天秤に掛けて目を開ける。


「性格には難ありですが、俺としてもスポンサーができるのは願ってもない話です。この体になって日も浅いですし、観月瑠璃の周辺も分かっていないことが多い。前の俺、建御来葉のことも気になりますが、自分の名前や家族、友達の記憶も吹き飛んでいるので優先順位は低いでしょう。もし、それらを調べることになった時も、詠亜先生の力が有るのと無いでは時間も労力もだいぶ変わってくると思います」


 少なくとも詠亜の情報収集能力と行動範囲の広さは役に立つと思い、それだけでも十分手を組むメリットはある。


 そして何か変な真似をすれば自身の力で確実に抑えられる。

 ゆえにリスクも少ないと結論をまとめた。


 しかし、今まで真面目な顔で話を続けてきた詠亜だが、そろそろ限界が来たらしい。


 俺はデコピンするように詠亜のモニターを消し飛ばすのだった。

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