第29話 無駄にAgainstな黄金週間⑨

「瑠璃。兄さんはどうなった? というか今のは……」


 玲の表情は戦々恐々としていたが、声は震えていなかった。


 何よりこの状況を前にして、樋熊を先に心配している時点で、玲は非現実的ながらも、この光景が誰によって、何のために引き起こされ、結果がどうなったのかを理解したのだろう。


 その証拠に、玲の頭にモニターを表示させてみる。


『兄さんは、死んだのか?』


 記される疑問形はたったのこれだけだ。


 すぐに解読不能な速度で上昇する文章に変わる。


 だから必要なことだけを答えることにした。


「一応だけど、生きてるよ。ホントに一応だけどね。他のことは、見なかったことにしてくれると嬉しいな。できればそれで貸し借りなしってことで……。ね?」


 無邪気な顔と、俺背後に広がる凄惨な光景に目を瞑り、玲は考える。


「分かった。約束しよう。しかし瑠璃、それは違う。瑠璃が助けてくれたんだ。借りばかりしているのは父さんの方だろう? それに家族なんだから、気にしちゃダメだ。だから瑠璃、ありがとう」


『僕は瑠璃を、信じているよ。だから瑠璃、ありがとう。桜の分まで、ありがとう。事故する前の瑠璃の分まで、本当に、ありがとう。瑠璃はいつも、いつまでも、僕の大事な息子だよ』


 すでに魔法の奇跡を見ている玲だからこそ、驚きこそすれ、受け入れてくれた。


 頭ではこのように冷静なのだが、体の方は違う反応をしてしまう。

 胸が苦しくなるくらい、玲の言葉と心の声が嬉しかった。


「ど、どういたしまして! でもまだ終わってないんだよ! ぐすっ、この一部始終を見てたヤツが一人いるんだから!」


 俺は母屋へと駆け出す。


 照れ隠しがバレバレだったらしく、優しく笑う玲だったが、言葉の意味を考え、口を横一文字にして追いかけてくる。


 竜巻が通過した後のような爪痕を残す居間に戻り、その部屋の隅。


 襖を破らんばかりに後ずさり、尻餅をついているのは観月本家の主、玲の母だった。


 俺は意地の悪い笑みを浮かべながら口を開こうとする。

 だが、玲に制されてしまう。


 ここは譲るとしよう。


 玲は母に決意を秘めた顔で向き直った。


「母さん、今日、今限りで、僕はこの家の息子を止める。兄さん、いや、樋熊も、全部母さんがどうにかすればいい」


 玲の言葉にようやく意識が現実と繋がったのか、玲の母は首を大きく振って状況を目に納め、玲を見上げて叫ぶ。


「なっ!? なんじゃと玲!? こ、この家の有様を……どうするつもりじゃ!」


 ふーっと息を吐き出す玲は、鼻で思い切り吸って叫んだ。


「僕の息子を見殺しにしようとした家の有様なんて、知ったことかぁ!」


 玲の顔には怒りが満ちていた。

 そんな玲を見て、玲の母は縮こまり、首を絞められたような微かな悲鳴を上げるだけ。


 そんな玲の母に、玲は別れを告げた。


「それじゃ、もう僕達に迷惑は掛けないように、あとは勝手にしてくれ」


 玲は振り向いて歩く。そして未だに気絶している桜の傍に寄った。


「ごめんね、桜、今まで辛い思いをさせた。でも、もう終わったよ。何もかも、終わったよ。瑠璃、すまないが、瑠奈を連れて来てくれないか? 寝ているようなら、おんぶか抱っこして車まで連れて来てくれ。起きているようなら、分かっているとは思うが……目隠しか何かで……頼むぞ」


 桜を抱きかかえた玲が言った。


「いえっさー」


 俺は敬礼し、離れで爆睡中の瑠奈を迎えに行く。


 あれだけ騒いでいたのに瑠奈はまだ寝ていたようだ。


 賑やかだったせいか不快そうな顔で目を閉じている瑠奈を背負い、荷物をまとめ終えた玲と桜の待つ車へと移動する。


「瑠璃……せっかくだ。アリバイ作りに協力してくれ。なーに、お互いのためだ。悪い話じゃない。ゴニョゴニョ……もしかして、できないか?」


 玲の耳打ちに、頷きながら聞き入った。


「う~む、なるほど。もちろんできるよ。ふふっ……父君や、お主も悪よのぉ」


「いやいや、御代官様ほどでは……。というか瑠璃、本当に歳、いくつだい?」


「ひ・み・ちゅ」


「まぁいいか。それじゃ、頼んだよ。僕は目を閉じているから」


「りょーかい! 瑠奈と母さんを、放さないでね!」


 車に乗った俺は、Thunder Lordを描き、魔法を起動させたのだった。

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