第12話 無駄にErosな診察遊戯②
病院に入ったものの、診察券は持っていない。
お金に関しては医療費無料なので、後から玲が保険証や児童福祉の証明書を見せてくれるはずなので気にしていない。
かと言ってどうしたものかと、瑠奈の手を取ったまま、ロビーで棒立ちしていた。
まぁ受付に行けば何とかなるだろう、と歩を進めようとした時、声を掛けられる。
「瑠璃君お久しぶり、元気そうね。あら? 瑠奈ちゃんも、こんにちは」
そこには入院中様々なお世話をしてくれた看護師のお姉さんがいた。迎えにきてくれたらしい。
こんにちは、と頭を下げ、瑠奈も俺に倣って頭を下げる。
「ふふっ、二人とも良い子ね。瑠璃君、先生が待っているから案内するわ。瑠奈ちゃんは、ナースステーションでお話でもしましょうか。詠亜先生の弱点、いっぱい教えてあげる」
そして看護師の魅惑のウィンクに乗せられて、俺と瑠奈は案内されていった。
薄暗い診察室。
「さぁ瑠璃君、脱いで! 診察のお時間よん!」
椅子に腰掛ける詠亜が、先程バスで瑠奈が見せたジェスチャーと同じ動きで白衣の前面をフルオープンさせてきた。
もちろん全力で椅子から飛び退き、部屋の電気を点灯させる。
「なんで詠亜せんせーも脱ぐの? 僕の診察だったらせんせーが脱ぐ必要ないよね?」
明るみに晒された詠亜の姿は、白衣は言うまでもない状態であり、その下に着ている白のブラウスも第三ボタンまで外され、大人の男の大部分を魅了するに違いないはち切れんばかりの胸囲を支える黒の下着を強調してくる。
俺は詠亜に拒絶反応を示すが、所詮は男の子。
黒のタイトスカートと黒ストッキング、さらに足を組む詠亜のデルタゾーンにどうしても目が泳いでしまう。
「そっかー。瑠璃君はお胸よりもお尻派なのねぇ。今日はバッチリ勝負下着よん。瑠璃君が望むなら、せんせーのあられもない姿、見せてあげるわ。ハァハァ」
ある程度は予測していたが、まさかここまでどストレートに擲ってくるとは思っていなかったよ。
俺は退路を確保しつつ、さっさと用件だけを尋ねる。
そうしなければ涎塗れの詠亜に間違いなく、この場で満漢全席にされてしまう。
「詠亜せんせー。僕も幼稚園児とは言えそこまで暇ではないんです。遊ぶ予定が山のようにあるんで、さっさと診察してくれません? どうせどこも悪くないと思いますけど」
心を読めば用件を知るくらい容易いことだが、様々な意味で出禁に陥る気がしたので我慢する。
それに淡々と語ることで、詠亜の熱も冷めたらしい。椅子にゆったりと座り直す詠亜を見て、俺も椅子に腰掛け、やれやれと息を吐く。
「えぇ、それじゃ診察を始めましょうか。確かに遊んでいる時間はないものね。私も」
ここで診察室の空気が変わった。
詠亜は机の正面壁に掛かっているホワイトボードに何かを書き、最後にピリオドを打っただけなのに。
「あと一人称を誤魔化す必要はないわ」
雰囲気が変わったという話ではない。
本当に空気が変わったのだ。
具体的に言うと甘く香る臭いが立ち込めている。
詠亜がリモコンを手に取り、スイッチを押すと電気が消え、薄暗い世界が再来する。
「いつも通り『俺』で構わないわよ。た・け・み・ら・い・は、君」
直後、背中に刃を当てられたかのような戦慄が走った。
俺の狼狽している姿を見た詠亜の目が不気味に開き、口の端が妖しく吊り上がる。
なぜ知っている?
真相を知るため背後に手を回して魔法を描く。
そして詠亜の頭上を見上げた。
『あーら? 気付かないとでも思ったのかしらん? あれだけ派手な前兆を見せびらかしておいて、気付くなという方が無理な話ね。しかも目の前で描いてくれたし、あの仕草だけで魔法使いなら分かるわよん。でも感謝して欲しいわ。他の連中には、誰にもバレていないもの。結構大変だったのよん。隠蔽工作ってのはね。それにしてもその力――』
高速スクロールすることなく、打ち付けられた紙に記されていくように綴られる詠亜の心。
読み終えた俺は、顔を寄せてくる詠亜に目を向けた。
「やっぱり心が読めちゃうみたいね」
詠亜は俺の目を覗き込んだ。
詠亜の睫毛が俺の睫毛に当たる。
「だったらせんせーが喋る必要はないわね。勝手に質問してちょーだい」
詠亜は俺から離れ、椅子にどっぷり腰掛けて、机に置いてあるコーヒーを飲み始めた。
俺は詠亜が離れると同時、距離を取って構える。
そしていつでも魔法を発動できる体勢を取り、何も考えずに尋ねた。
「俺が建御来葉だと、どこで知った?」
『あら? やっぱり読心は本物なのね、ふふっ。答えは簡単。履歴を消しても無駄。建御……じゃなくて瑠璃くんのお父さん、玲さんに頼んでパソコンのある部屋だけに監視カメラをセットしたの。玲さんに、しっかりお・ね・が・い、したら快く仕掛けてくれちゃったわん。今朝回収してもらって確認。それで分かった。それだけよん。解像度の高い良いカメラなの。瑠璃君がナニを調べたのか……全部お見通し。魔法使いならそれくらいの警戒しなくっちゃ』
読心魔法がバレたことに舌打ちしたが、等価の情報は得られるだろうという答えに至り、余計な思考時間を与えないために間髪入れず質問する。
「魔法使い? どういうことだ? 俺の他にも、いや、詠亜も同じか?」
『詠亜……いいわ、瑠璃君に呼び捨てされるの。うふふ。私も全てを知っている訳じゃないわ。ただ分かっていることだけを述べるなら、瑠璃君程ではないにしろ、この世界で生きる七十億人の内、それなりの数の人間が魔法と呼ぶに相応しい力を持っているわ。特に手品やイリュージョンでお金を稼ぐ人達に多いみたいね。覚醒条件は死。もちろんみんながみんな、死んだら魔法使いになる訳じゃないわ。普通じゃない死に方で、より派手に、より醜く、より想像を絶する死を遂げた者に、魔法が覚醒するみたい。大抵は臨死体験という扱いで自分の体に生き返るのだけれど、瑠璃君の場合は別人の体に転生したのよね。少なくともそんな情報、初めてだわ。死人が生き返って超能力まで付いてくる以上に驚くことじゃないけど。もちろん私も魔法使い。私の死因はヘロイン、コカイン、LSD、MDMA、MMR、マリファナ、メタンフェタミンの七種類同時投与による急性中毒死。前の病院での夜勤中に麻薬を盗もうとした変な連中を見つけちゃってね。通報する前に連れ出されて、ヤられちゃったのよん。私の魔法は――』
これ以上は覆い被さるように文字が表示され、一気にスクロールして消えてしまった。中々の収穫だったが、現状で一番知りたいところが分からないというのはどういうことなのか?
俺は警戒して重心を後ろに掛ける。
「それじゃ本題だ。目的はなんだ? 俺の魔法か?」
俺は低い声を出して睨む。
詠亜のモニターは質問すると、流速を止めた。
『別に瑠璃君が魔法使いであろうと、そうでなかろうと関係ない。瑠璃君が入院してきた時、一目見た時から決めたこと。まさか魔法使いだとは思わなかったけど、それはそれで、私の騎士様になってもらうのも……あぁ、良い。たまんない。ねぇ、瑠璃君』
「せんせーの初めてあげるから……瑠璃君の人生、全部頂戴!」
詠亜は欲望のままに笑い、叫ぶと同時に右手を伸ばすのだった。
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