interview:蔵先市街住民
“イベント”が起きたのはおおよそ40年前。
“おおよそ”という限定がつけられるのは、それが現れた直後の混乱が原因だと言われている。混乱が収まるまでには数年を要し、その数年を乗り越えた先には“イベント”以前とはまるで異なる景色がある。
これを正確に観察し綴ることができる人物も組織もいなかったんだ。
“イベント”以前は存在しなかった生態系の動植物、異形の住人、奇怪な現象。個々をとれば“イベント”前後に分類できるはずではないか? 誰しもが初めに思う疑問だろう。
なら、こちらから質問しよう。あんたに宿った異能はどうだ? “イベント”以前か“イベント”以後か識別ができるか? あんた自身の生年の話をしているわけじゃない。人が異形と対峙するために振るう異能……今はイ詞と呼ぶ者が多いな。それは“イベント”によって生まれたものなのかと聞いているんだ。
“イベント”の中心地、ここで暮らす者にはあんたのように異能を発現させた者も多い。だが、実は“イベント”前からここでは異能者の目撃談が多かった。イ詞を操り、威を示した者は古くからいたんだ。
“イベント”前後で明瞭に分けられるものはほとんどない。だから歴史を綴ることは容易ではない。それでもあえて明瞭な違いがあるとすれば……あれだよ。空に浮かぶモノリス。あんなものは“イベント”以前どこにも存在しなかった。
それが今じゃどこへ行ってもモノリスが見える。
“イベント”はモノリスの出現によって始まったのではないか?
それはどうだろうな……モノリスはああして常にこちらを見ているが、こちらがモノリスについて知っていることは少ない。
そういえば初めは空に浮いてなかったはずだ。南蔵田(ミナミクラダ)の交差点に鏡の板が現れたって話題になったんだよ。さすがにあんた達の年代じゃ知らないか。
交差点にいきなり鏡が現れて、運転を誤った自動車が何台か玉突き事故を起こした。警察と救急車が駆けつけたときには居たんだよ。異形の化物が。そう、“イ形”だよ。
交差点付近にいた通行人や運転手、駆けつけた救急隊員に警官、多数の重軽傷者と死者が出た。あの頃はまだ街にイ形は溢れていなかったから、対処法もわからなかったんだろう。
南蔵田のイ形がモノリスから現れたのか? さあ? その場にいたわけではないから知らないね。生き残りは皆気づいたらそこにいたと言っていたらしいが、どうなんだろうな。イ形を知らないのにイ形がこちらに現れる瞬間を正しく指摘できるもんなのかね。
イ形の姿? 馬鹿いえよ。俺がそんなに老人に見えるか? あ、いや見えるか。でもなぁ40年前っていえばまだ子どもよ。大人が何やら騒いでたことは知っててもモノリスやイ形のことをきちんと認識するようになったのは成人してからだ。
だから正直なところ南蔵田の話はなんだか大変なことがあったくらいしか知らないんだ。どんなイ形だったかを聞くならもっと年寄りを探したほうがいい。獣か無機物か? ああ、そういう意味なら南蔵田のイ形は動物に近かったんじゃないか。当時話題になったときは地元のハンターが巡回に出かけていたんだ。
俺は蔵先が長いから実際にイ形をみることは少ないが、無機物系の見た目の奴らに猟銃が効果的だとは考えないだろ。今はともかく、当時はイ形なんて物語や空想の世界の住人だったわけだからな。それでも猟銃を持って歩いていたならそりゃ銃が効果的だと考えた証拠だ。
だからイ形どもは動物の姿をしていたんだよ。おそらくな。話はこれくらいでいいか?
もうそろそろ次の山場なんだよ。全日程の3分の1、今日明日のレースが大局を決めるんだ。見逃したら悔しいじゃないか。
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