interview:“図書館”清掃員

 巨大なイ形のことを知らないか? 藪から棒に変わった質問だね。君たちは他の市街からきたのかな?

 なるほど。自警団の仕事を引き受けてこんなところまで。でも、この街でその質問は色よい回答がもらえないんじゃないか。

 その顔を見ると図星らしい。落ち着いて外を見てごらんよ。ここは高い壁に囲まれた街だ。壁の外、市外に気を払うのは自警団か商人だけ。最近じゃ壁の内側だけで経済がまわってるとも言われている。

 外の状況に興味のある人なんてほとんどいない。それこそ“図書館”の職員でさえ、外のことにほとんど気を留めないんだ。特に今月は時期が悪い。いまは祭りの時期だからね。

 レースだよ、レース。街頭で見かけなかったかい? この街の人間は遠く離れた異国の自転車レースに夢中なのさ。街の中じゃあんなレースは出来ないんだが、いつの間にやら夏の風物詩になってしまってね。今月はどこに行ってもレースの観戦で持ちきりだし、街がどこか浮かれている。市外のことを尋ねるには時期が悪いね。

 おおかた、“図書館”職員もうわの空で困り果てて清掃係の私にまで声をかけているんじゃないかね。ここの“図書館”は受付と書架が別フロアになっているから受付ではほとんど情報も手に入らないだろうしね。

 ん? 少し違う? ……なるほど。まだ街に来て日が浅いだろうに街のことをよく視ているね。

 確かにこの街には初めから壁があったわけじゃないし、昔は外との接触も多かった。というよりも、“イベント”の直後は内と外を分けるなんて発想がなかったんだ。他の街はどうなのかはわからないが、内と外に拘るようになったのはこの外壁を作り始めてからだね。

 そういう意味じゃ、私らのような高齢者に声をかけたほうが昔を知っている可能性は高いだろうね。

 それで私が何かを知っているか? 漠とした質問だが……“イベント”直後の三瀬では怪獣と呼ばれるイ形が彷徨いていたね。いまではとんと見かけなくなったし、怪獣なんて言葉も久しぶりに使ったよ。

 昔はね、巨大なやつは怪獣と呼んでいたんだ。イ形という呼び方はしなかった。

 化け物、妖怪、怪獣、各々見かけたモノの呼び名に苦慮していて、あのころは話相手がどこで何に遭遇したのかてんでわからなかったものさ。

 イ形の呼び名はどこで生まれたのか? さぁ、どこなんだろうね。でも、警察や自衛隊も彼らのことをイ形って呼ぶだろう。発祥は三瀬の外なんじゃないかね。

 彼ら自身が名乗ったわけではないと思うよ。あんな茫漠とした概念で自分たちを表すとは思えない。君たちだって、自分は何者か?と問われて、人間だ。とは答えないだろう?

 そもそも、私たちと同じ言葉を使うイ形は少数派だ。今でこそ猫花を使って交流が図れるイ形も増えたが、私たちは言語も文化も違う。お互いの呼び名を確認しあえるほど近い隣人ではないよ。まあだから、私はイ形というのはイ界発の呼び名ではないと思うんだ。

 それはそうと、怪獣のことが聴きたいんだったね。

 イベント直後はあちらこちらで怪獣の目撃例を聴いたが……怪獣が最後に大発生したのは芝、大門のあたりだ。あのあたりは三瀬の外だからイ界の影響なんて少ないはずなのに住民は戻ってこないらしい。機会があれば訪れてみるとわかることがあるかもしれないね。

 具体的にはどんなイ形だったのか? 怪獣と呼んでいただけあって、あれらはみな大きかった。小型のものでも5階建てのビルくらいはあったんじゃないかな。

 大きなものだと電波塔並の個体もいた。

 あれだけ大きいと周囲の環境への影響もその辺のイ形とは比べものにならない。天災そのものだよ。

 姿は様々だと聴いているよ。二足歩行の恐竜のようなものがいるかと思えば、沢山の糸を吐く巨大なじゃがいもみたいなのをみたという話も聴いた。私が遠くでみたことがあるのは何だかすごく長くてピンと張った雑草みたいな奴でね。身体をしならせて跳ねるように移動するせいで、突風が吹くんだ。噂では他の怪獣に食べられてしまったらしいが信じられない光景だったよ

 探せば犬みたいな奴もいたんじゃないかな。ああ、これはふわふわで可愛い見た目だな。こんな顔の怪獣がいたら話題になりそうだが、残念ながら聴いたことはないね。

 可愛ければ怪獣に対して好意的になれるのか? どうだろう。天災であることに変わりはないからね。退治できるからって安心できるほど楽観的な人間は少ない。むしろ、退治しないとならないことは被災者にとって絶望的な事実かもしれない。

 怪獣は君たちが思っているほど容易に駆除することができない。ナイフや斧なんかの攻撃じゃびくともしないし、銃弾だって弾きかえす個体もいる。攻略法を見つけ出す前に何人もの死傷者が出て、市街のひとつ、ふたつは奴らの生活環境に書き換えられてしまう。

 加えて彼らがなんのために現れて何処かへいくのか、そのままこの土地に居座るかも予想がつかない。全ては奴らの機嫌のまま、私たち一般市民は翻弄されるしかないのだからね。

 それでも、怪獣の見た目については話題に上ると思うよ。可愛い顔をした凶悪な怪獣というわけだね。

 怪獣とまではいかない大きさなら? それは蔵先なら皆怖がるだろう。

 街をみたなら気づいたと思うが、この街はイ形を許さない。三瀬内にあるのに人を最優先にする街だ。住みにくいとは言わないが潔癖が行き着いた結果、私たちはイ形を壁の外へ追いやったんだ。他の市街に比べて私たちはイ形への忌避感が強いはずだ。潔癖が行き過ぎた結果、私たちは外界との接触を断ってしまったからね。

 私たちは兎に角イ形が怖いんだ。大きさの問題ではないと思うね。


 この辺に昔現れた怪獣に詳しい人を知らないか?

 さて……やはり駆除の対応をしていた自警団は詳しいと思うが、今の主力メンバーではだめだろう。そもそも大型のイ形すら見慣れていないんじゃないかな。怪獣とよべないサイズでも彼らは大層怯えて対応するんじゃないかと思うよ。

 “図書館”はどうだろうなぁ。私たち住人はみな閲覧制限がかけられている。この街では一部の人間以外は“図書館”の記録を細かく精査できないんだよ。君たちのように外から訪問したなら多少は情報が手には入るかもしれないな。

 もし、蔵先市街で情報を集めたいなら記憶屋を頼ってみるのはどうだろうか。壁を建設中のころの自警団員の記憶が手に入れば、目撃談を視られるかもしれない。


 私も仕事で外に出ていた時期が合ってねその頃の知り合いなんだ。こんな街だからあまり利用者はいないはずだが、他方で“図書館”がこの有様だろう。樹海周辺の記憶はネットワーク上でも貴重なもので、高く売れるはずだと街にやってきた。外との出入りも多いし、何分記憶を売る技術はモノリス由来だろう。熱心に記憶を集めてはいるが、表立ってやると周囲の住民から忌避される。

 表向きは別の仕事をしているし、記憶屋なんて言葉すら知らない素振りをして暮らしているよ。

 警戒心の強い男だが、私の名前を出せば便宜を図ってくれると思う。もし、手がかりが必要なら立ち寄ってみるといい。

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