interview:記憶屋

 いらっしゃい。と言いたいところだけどお客さん、入口の表示見ました? 今日はもう店じまい。髪を切りたかったらまた明日。


 だいたい、お兄さんは全然まだまだ。お姉さんも切るほど伸びてないんじゃないかい?

 え? “図書館”清掃員のタケからここの話を聞いた。僕が記憶屋だって?

 まったく。タケさんは馴染み客なんだけどね、人を担ぎ上げるのが好きなんだ。記憶屋なんて都市伝説だよ都市伝説。そんなものあるわけないじゃないか。いくら三瀬が現実離れしているからって他人の記憶を切り売りできる技術はない。口伝を聴いて書き留めるのは床屋の仕事ではないよ。


 ……って、なんだ外から来たイ詞遣いか。なら別に隠すほどのことじゃないか。え? そりゃ見ればわかるよ。

 君たちこそどうしてウチが。ってそうか。タケさんから聴いたんだったか。あのじいさんはすぐに適当を吹かすから困るんだよ。

 この仕事は誰にでも知られちゃ困るんだ。俺たちはモノリスの力を利用して文字通り記憶を切り売りしている。蔵先じゃこれを知れば余計な波紋が広がって生活しにくくなる。

 ま、蔵先の外だって、記憶屋の仕事は知られない方がいいんだけれどね。管理委員会や“図書館”に記憶屋のネットワークを掴まれればこっちは商売が干上がりかねない。あいつらは俺たちのような野良と違って正規にモノリスを使えるからな。真似しようと思えば簡単に同じことができるはずなんだ。

 だから記憶屋は客は選ぶ。

 自分たちを管理委員会や“図書館”の人間だと疑わないのかって? ないない。残念ながら蔵先に限っていえばここを利用しても技術も情報も持ち出せないよ。この街の“図書館”職員はみんな腑抜けだから過去の記録もモノリスの力もろくに扱えないんだ。


 それで、二人はどんな記憶を捜しているんだ?

 怪獣の記憶? 大型のイ形との交戦の記憶ねぇ。探せば出てくると思うが、その仕分けだと出てくる量が多いぞ。外壁が出来る前にはこの辺りにも怪獣の出現記録があるはずだからな。

 まあでも一番出たのはやっぱり芝、大門だろ。怪獣といえばあそこだよ。イ界浸食がもっと進んでいたらあの町は完全に廃墟になっていたに違いない。モノリスの影響があそこまで及ばなかったことに俺たちは感謝をするべきだね。

 ん。探しているのはこの見た目の怪獣? なんだ、やけに可愛いイ形だな。もふもふ……おぉ、足元は全然違うじゃん。すごいな。

 これと同じか類似のイ形の記憶を探せばいいのか。それならなんとかなるかもしれない。


 もう1つ? 樹海化直後の南部樹海の記憶か。それは見つかるか怪しいな。さっきも話したとおり記憶屋はモノリスの力を利用している。

 つまり、この仕事が生まれたのは“イベント”の後。しかも、モノリスと出現して、管理委員会がモノリスとの通信を確立して以降のことだ。もちろん、俺はその頃を体験したわけじゃないが、記憶屋をやっていれば古い記憶を扱うこともある。自分たちの仕事がどうやって出来たのか当時の記憶を視ることもあるんだよ。

 話はずれたが、要するにこの仕事はモノリスの力なしでは出来ないし、記憶が吸い出せるのはモノリスが出現した以降の時間軸に限られる。

 そのうえで初めの話に戻るが、俺が記憶屋として視てきた限り、南部樹海について樹海化前の記憶を売ったやつはいない。おそらくこの樹海は“イベント”初期段階で発生したんだ。モノリスが三瀬上空に浮かんだときには樹海は完成していた。だから樹海化前の記憶が出回らない。その状況を踏まえたうえで、ネットワーク上で流通している古い記憶を探すことならできる。

 理解が早くて助かる。思ったほど遡れなくても文句がないなら気が楽だよ。

 ところでなんだってそんな記憶を探しているんだ。ほぅ。この写真の奴が壁の外に出たのか。知らなかったのかって? 恥ずかしながらこの街にいると外のことがわからなくてね。

 勿論、記憶を売買したり、過去にカートリッジ化された記憶を捜すために市外に出ることはあるよ。住人のなかでは出入りが多いほうだ。

 たださ、今月はね。そう。俺もすっかり嵌まっちゃってさ。いや懐かしいよな。ロードレースなんて。三瀬でやるにはちょっと危ないからなぁ。学生のころは国内の大会に出たことがあるんだ。

 まあ、そんなわけで外出の予定を減らしていてさ。樹海の情報が乏しいんだ。それで、怪獣の記憶を捜しているって言うならこいつはものすごい大きいんだろう。

 おどろかせるなよ。6メートルか。

 怖がらないのか? 怖いわけがあるかよ。蔵先の壁を越えられる大きさではないから、街への被害はないだろ。

 それにその程度の大きさなら少ないが普通にいる。怪獣と違ってそこまで脅威じゃない。蔵先の自警団はイ詞遣いがいないがその代わり装備は潤沢だからな。数で押せばよほどのことがない限り負けないだろ。

 というか、根本的にはそのサイズのイ形を必死になって駆除する理由がない。今の南部樹海じゃその程度の大きさのイ形が数匹現れたって環境破壊は起こらない。その辺に縄張りを作ってそれでおわり。市街までやってくることはまずないと思うね。

 イ形の菜園? そんなものこの辺にあったかな……。ああ、あれか。あんな気味の悪い場所がどうしたんだよ。

 へぇ。そういう話か。自警団の奴らあんなところどうするつもりなんだ。訓練場として使う気なのか? あの辺のイ形は半端に言葉がうまいからどうにも信用ならなくてな。それに、変なオブジェとかもあってさ、そう! 徒党を組んでるタイプなんだよ。目的も読めないから近寄りがたいんだ。

 しかし、自警団はそんなことも気にかけないのか……あいつらならそもそも注意すべきイ形の特性なんて知らないかもな。この街の自警団は常識が欠落してる…いや、普通に生活はできているから常識はあるのか。なんていうか、三瀬のことに極端に疎いような気がするんだ。根拠を尋ねられると難しいんだが……

 南蔵田交差点の話とかはよく知ってるんだがな。むしろそれを知らない? そうか、君たちは蔵先の人間じゃないから。

 この辺じゃ、“イベント”は南部樹海の南端に位置する南蔵田が発生したといわれているんだ。当時の噂に寄れば、南蔵田地区の中心部、南蔵田交差点にモノリスが出現したらしい。無論、当時はモノリスなんて呼び名はなかったから隆起とかなんか適当に呼ばれていたんじゃないか?

 蔵先には南蔵田から流れてきた住人たちもいるはずなんだが、観たことがないんだよ。南蔵田の当時の記憶。

 樹海化後の記憶もほとんど見つからない。そもそも、南蔵田は樹海化していないんだ。あの地区だけぽっかりと樹海が存在しない空白地帯になっているって話だ。近くを通った奴らは揃って別のイ界が南蔵田を占拠していると話していたよ。

 残念ながら彼らは旅の記憶をカートリッジにはしてくれなかったから、君たちに見せられる記憶はないんだけれどね。

 いずれにせよ、南蔵田は“イベント”直後にモノリスが出現し、混乱した土地だと言う説がここでは根強い。当時、南蔵田から蔵先に流れてきた住民達が語った話が伝わってるんだ。なかでも、モノリスと供に獣が現れたという目撃談は長く残っている。

 モノリスを守るように現れた獣たちが住民を襲ったのだそうだ。ちょっと嘘くさいよな。

 獣の姿? 聴いたことがないな。モノはついでだから記憶がないか探してみよう。ただ、記憶を漁るよりはまず当時のニュースやネット掲示板の情報ログを漁ることを勧めるよ。流石にそれくらいなら蔵先の“図書館”にも残っているはずだ。

 当時の住民達の話じゃ獣と直接相まみえた人間は軒並み助からなかったらしいし、彼ら自身の記憶は手に入らないだろう。ニュースでイ形の話が流れていたとも到底思えないが、樹海化が始まる直前なら事件そのものを報道したものくらいはみつかるかもしれない。


 南蔵田へのルート? 君たちは足を運んでみるつもりなのか。それならお勧めのルートは見繕ってやろう。いいよ、これはサービスだ。その代わり、南蔵田を観てきたら記憶か記録を売ってくれると嬉しい。興味あるじゃないか、樹海の空白地帯なんて。でも樹海すら浸食しないイ界に踏み入れるほど危険は侵したくなくてね。

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