document:三瀬南部樹海

 三瀬南部樹海には様々な生物がいる。

 それら樹海の生物が“現実”由来か、“イ界”由来かあるいはイ界の影響をうけて変容した現実の産物かを見分けるのは困難である。

 理由は二つ。樹海は三瀬発生以前における環境と大きく異なってしまったこと。そして、樹海化に伴い、同地域の街が森に呑まれ歴史が失われたことだ。

 したがって、誤解を恐れずに説明すれば、樹海の観測とは、失われた数十年の現実と眼前に現れた数百年分の知らない歴史に向き合う作業ともいえる。


 ここに存在しない歴史を知るには三瀬の外、域外の生態系を調べるのが有益だ。蔵先市街は直接の交易路がないため、住人達は域外へ出かけていくことに消極的だ。域外と同じ現実を作り出すためにせっせと動植物や文化を集めてまわるわりに外に出ることはない。そこに彼らの情報の偏りが生まれる。


 話は逸れてしまったが、域外の森、例えばこの土地で最も高いといわれる山の麓には、三瀬同様に樹海が広がっている。

 三瀬よりも遙かに長い千数百年の年月が産んだその森は、針葉樹、広葉樹の入り交じった混合林であり、その中心はヒノキやツガ、ミズナラいった品種だという。

 他方、三瀬の樹海はほぼ単一種により生まれていると推測されている。推測に留まっているのはその樹木が既存の種と異なっていること、三瀬内において新種であるはずのそれの研究価値が乏しいと考えられているためだ。

 現在のところ三瀬固有種とされているこの樹木は、性質上は“モノリス”に近いと考えられており、樹木のように振る舞っているが樹木とは別の何かであるというのが支配的な見解だ。無論、そのように振る舞っているため動植物が共生することもあるし、住人達が伐採し、建材に利用することも日常的に行われている。

 もっとも伐る度に様相の異なる材質が見つかることから、建材としては非常に扱いにくく、イ層から出土する疑似コンクリートなど利用しやすい素材が発見されるなかで注目度が薄い。


 ところで不思議なことに、樹海における樹木以外の植物については域外でもみかける品種が多い。特に野菜の類、ネギや芋に始まり、葉物、根菜のいずれもが樹海の各地で自生していると言われている。

 “イベント”以前、農地だったと思われるエリアで多く発見される傾向があることから、樹海化にあたって呑みこまれた種が根付いた可能性が高い。

 いずれも毒性はなく、樹海に住み着いている動物たちの貴重な食糧となっており、近年、蔵先市街でも食糧としての検討が始められている。毒性が確認されずともなおイ界の影響を受けていると見るかどうかが判断の分かれ目ではないかと筆者は考えている。

 “イベント”以前の環境を樹海が取り込んだのは植物だけに限らない。樹海内の動物もかなりの数が樹海化前にこの地域に生息していた動物が野生化し繁殖したものだと考えられている。熊や狐、猿、鹿、多くの種類の鳥などは、現在の棲息範囲の縁あるいは中心部分を縄張りとした個体群が樹海の広がりと共に生息地を拡大したものと考えられる。

 その他、風変わりな個体として、ゾウ、虎、サイ、カバなどの動物も樹海内で繁殖が確認されている。これらの個体は“イベント”以前に野生種がいた記録がないことから動物園で飼育されていた個体だと言われている。有力な説ではあるが、筆者個人はこの説に小さな疑問を持っている。

 蔵先以外の市街では、“図書館”の情報ネットワークへの接続が自由だと聞く。この文書を読んで同じ疑問を持った者がいたら是非に調査してみて欲しい。

 動物園から逃げ出したとされる個体は“イベント”当時、つがいの個体だったのだろうか。

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