第26話 互いへの疑念は……

 明石皐月は消えた。


 代わりに黒川神奈の魂が本来あるべきところにかえった。等価交換というやつだ。


 皐月が消えたのは、俺にとってどういう意味を持つか、はっきりとは言葉にできない。


 消えた悲しみか、解放された安堵感か、それとも……。


 整理しきれない思いなのは、違いない。



 黒川が戻ってから、俺たちはそれぞれの家に帰った。時間も遅かったからな。


 で、次の朝に至る。あまりよく眠れず、早々に起きてしまった。


 目下、三大美少女の間でいくつか問題を抱えている。


 その一、瑠璃子さん。


 黒川の暴走に不信感。ここをどうにかする。


 毎朝のご飯があるので、すぐに弁明が必要だ。


 その二、黒川神奈。


 皐月がいたときの記憶を、部分的にでも有している。となると、思考に多大なる影響を及んでいるだろう。

 

 今後も注意しないとな。


 その三、浅井悠。


 忘れちゃいけない、現三大美少女のひとり。


 誰よりも強い嫉妬心が、いつ爆発するか。恐ろしい。


 現状、黒川が大きくリードをとっている。


 悠が「自分も追いつこう」と躍起になり、せっかちな行動に出てもおかしくない。


 と、いまは油断ならない状態なのである。


 ピンポーン。


 瑠璃子さんだろう。

 

 扉を開けると、俺の予想が正解だとわかった。


「おはようございます、志水一誠くん」

「おはよう」

「きょうも元気そうですね、とても」


 やけに丁寧口調。他人行儀な態度。


「怒ってるのか、瑠璃子さん」

「もちろん。黒川さんとのこと、説明して」

「やっぱそこか」

「当然じゃない」


 堪忍袋を数十枚、一気に破ったような怒りがこみ上げているわ、と大袈裟ともいえぬ口調で瑠璃子さんはいった。


「調理実習のときの、取り憑かれたかのような様子。でもって、次の日に一誠くんと一緒に学校を休んでさ。どう考えてもおかしいよ」

「そう思うか」

「うん。黒川さんと深い仲なんて新情報すぎる。嘘をつくのが比較的に苦手な一誠くんらしくない」


 嘘をつくのが苦手とはよくわかっていらっしゃる。


「黒川の本性を知らなかっただけだよ、瑠璃子さんは」

「大事な相手を前にすると一気に変わるのは、私も知ってる。一誠くんに対してこんなに積極的なのは、今回が初めてだから」


 まさか、明石皐月という別人物に人格を乗っ取られてました、って話をしても信じてもらえないだろう。


 見苦しいが適当に誤魔化すしかなかろう。


「で、きのうは黒川さんとふたりきりでなにをしてたの」

「ちょったしたお出かけかな」

「デートってこと? 気になる男女同士が時間をともにしたら、そう解釈してもいいんじゃない」

「瑠璃子さんにとっちゃそうかもな」

「デートね……計算外だったわ」


 うーん、と瑠璃子さんはうなる。


「楽観主義に甘んじてちゃダメみたいね」

「どういう意味だ」

「もう、私しか見れないようにしないと」

「おいおい待て、強硬手段に出るってか」


 くっ、と瑠璃子さんは苦い表情を浮かべた。強硬手段という言葉が引っかかったらしい。


「これは一誠くんのためを思っての提言。一緒に特製の密室で日々を過ごせば、誰の邪魔も入らない。やっぱりそうするしか……」

「冗談よせよ。俺のためというが、どう考えても瑠璃子さんの欲望を満たすためにこしらえた論理じゃないか」


 自分は善人という面をしているけれど、監禁しなきゃ、なんて物騒極まりない。


 忘れちゃいけないが、瑠璃子さんも『最凶ヤンデレ学園』のキャラクター。どこか歪んだ、特異な思想の持ち主なのだ。


「否定はできない。でも、一誠くんを救う手段はそれしか」

「そこまで焦る理由を教えてくれなきゃ納得できないぜ」

「だったらさ、黒川さんの件も同じじゃない?」

「それは……」


 瑠璃子さんが正しい。いいかえせない。


「いえないことだってあるでしょう、ひとつやふたつ」

「ああ」

「黒川さんの件については、こちらからは追求しない。だから、さしあたりお互いの件には不干渉を決め込みましょう」

「そういうことなら、オーケーだ」


 理由はいいたくないとのことだったが。


 ゲーム内での瑠璃子さんは、「一度惹かれた相手には絶対的な運命がある」という思想を有していた。


 ゆえに、法外な行動すら自分の中で許容してしまう。


 俺が救われなきゃいけない、という信条で動いてるとみていいだろう。


 ともかく、黒川さんの件が追求されないというならオールオッケーである。




 一時はぴりついた空気となったが、相互不干渉を決めてからは、お互いに友好的だった。


「ね、知ってる? きょうが初プールの日だって」

「マジ?」


 そういや、もうそんな時期か。


「きょうも晴れてるし、プール日和って感じ」

「だな」

「私の水着姿、期待しててね」

「いってもスクール水着じゃないか。誠心誠意、変な目じゃ見ないよ」


 誠心誠意なんて口についている時点で、俺の本心としては期待大なのだけれど。


「うっそだぁ。大嘘つきだよ、一誠くんは」

「俺はいたって健全さ」

「じゃあ、私に対して、いっさい異性としての魅力を感じないって断言するつもりなんだ」

「ゼロかいちかって理論じゃないか、それは」

「それはそれとして、実際どうなの?」

「……感じるよ、魅力」


 こんなの誘導尋問じゃないか、という思いはそっとしまい込んだうえで答えた。


「でも、他の女の子に気を取られちゃだめだからね」

「そりゃ気をつけるさ」

「一誠くんが見ていいのは、私だけなんだからね。いずれわかる日がくると信じてるから」

「きょうはやけに熱が入ってるね」

「……別に、黒川さんに嫉妬してるとかじゃないから」

「素直になればいいのにね」


 そんな瑠璃子さんの不器用さは、魅了でもあるのだけれど。


 いまもふつふつと煮えたぎっている、ヤンデレの熱さえなければ最高なんだけどね……。


 下手に扱うと同じ轍を踏むことになるわけで。


 女子を心理的に追い詰め、信じがたい行為に出るような真似はさせたくない。俺のためにも、他の女の子のためにも。


 全力回避だ。


 平和に生きよう。トラブルが起こりそうになったら未然に潰すか、その場でうまく処理する。ヤンデレたちを軌道修正する。


 驕った態度なのは重々承知だが、それが、新たに生を受けた意味かもな、とは思う。


「きょうは午前中に水泳だし、サクッとご飯を済ませて、じっくりお話ししたいな?」

「欲望に忠実でなによりだよ」

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