第2話 学校一の美少女がやってくる
ひとまず『最凶ヤンデレ学園』がどんなゲームか思い出そう。
「海に浮かぶ孤島、
矢見島は学園特区だ。孤島の割に施設は発展している。学生向けのカフェからショッピングモールまで、都会並みに充実している。
では、闇病学園はなにか。矢見島にある高等学校だ。女子の方が多い人数構成。主人公のクラスは、全員美少女という好待遇である。
なお、もれなく全員ヤンデレである。
どんなに普通そうにしている子も、ヤンデレらしい振る舞いを徐々に露呈していく。
うまいことゲームを進めないと、バッドエンドだ。
バッドエンドになると、主人公は死ぬかそれ同等の苦痛を味わうことになる。
『こんなふざけた話、ゲームだけだよなぁ』
友人にそうつぶやいた時期が懐かしい。
実際にヤンデレ彼女に刺されてしまったんだ。事実は小説より奇なり。
唯一の正解は、全員とハッピーラブラブなハーレムエンドである。例外はない。
同じ過ちを繰り返さないためにも、気をつけて生きる必要がある。
道はふたつ。
女子と一切関わらない。もしくは、関わったとしても深入りしない。
前者はノーだ。俺は、やっぱり女子と関わりを持ちたい。
後者はイエスだ。俺は信じたいのだ。
この世界が『最凶ヤンデレ学園』に類似した世界であり、正常な子もいるんじゃないかということを。
――トゥルルルル。
決意を固めたところで、スマホが爆音で鳴り出した。朝のアラームだ。
いまは六月らしい。その割に日差しは強く、部屋は蒸している。ゲームの季節設定に近い。
体がやけに重たい。頭もぼうっとする。体調不良だろうか。
――トゥルルルル。
ふたたびスマホが鳴った。今度は着信だ。
闇病学園に登場するキャラクターのひとり。クラス一の美少女と名高い。正統派のかわいさだ。
そんな香月さんが、なぜ僕に電話を?
「はいもしもし」
『おはようございます、志水一誠くん?』
「どうしてその名前を」
『風邪のせいで混乱してる? 一誠くんは一誠くんだよ』
俺は急いで鏡を探した。
映る姿は、俺そのものだった。
自分の体が他人のものとなっていたら、すぐ異変に気づけただろうに。傷が癒えたこと以外、当たり前にスルーしていた。
香月の話から察するに、俺こと志水一誠は、闇病学園の生徒であり、この世界に馴染んでいるということだ。
「あぁ、そうだよな」
『きょうから復帰できるみたいだし、クラスを代表して私が迎えにいくね』
「ありがたいけど、そこまでしなくとも大丈夫だよ」
『いや、もう一誠くんの家の前だよ?』
インターホンが鳴った。
画面越しにいるのは、間違いなく香月瑠璃子。画質が荒くとも、存在の眩しさは健在だ。
「わかった。とりあえず、準備するからちょっと待っててもらえるだろうか?」
『はーい! いつまでも気長に待ってるからね』
世話焼き気質があり、男女分け隔てなく接する香月。愛嬌と美貌もある。人望のあるのクラスメイトだ。
風邪のクラスメイトにここまでやるのは引っかかるが、違和感を放置して支度を進める。
ひとりで住むには広すぎる一軒家を迷いつつ探索。
かろうじて外に出られる格好になり、扉を開けた。
「お待た――」
目の前にいる香月さんを前に、俺は固まった。
本物の香月さんが、あまりにも綺麗だったから。
「ふふふ。どうして私に初対面の男の子みたいな顔してるの?」
「改めて見ると、香月さんって素敵だなって……」
「朝っぱらから口説くなんて、根性ありまくりだね」
「あ」
心の声がダダ漏れだった。
「お世辞でも、風邪で回らない頭から出た妄言でも、私、うれしいよ?」
「うれしい気持ちはそのままに、いまのは忘れてほしい! 頼む!」
「そんな慌てることはないよ。自分の気持ちに嘘ついても仕方ないでしょ?」
香月さんに乗せられるまま、うんとうなずいていた。美人から放たれる言葉の説得力は半端じゃない。
「じゃ、いこう? このままだと遅刻しちゃうよ」
ここから学園までは、走らないと間に合わないらしい。
「遅れる可能性をわかったうえで、僕を待ってくれたのか」
「そうなるかな。だって、クラスメイトである一誠くんが元気になったところ、早く見たかったから」
どうしてそんなことをさらりといえてしまうのか。
俺の心は、一瞬で香月さんの方に惹かれていた。
ゲーム世界ではとんでもないヤンデレムーブを発揮していた、最初にエンカウントする人物だというのに。
「さぁ、走ろう?」
ぎゅっと手を握られ、前に引かれた。
手綱を握られた牛みたいだ。おかしくなって、俺は笑い出した。つられて、香月さんも笑っていた。
ヤンデレな彼女に殺された後ヤンデレ学園ゲームの世界に転生したわけだが。
こうして美少女に手を引かれ、俺は走っている。
その現実が幸せでたまらない。
あとは、彼女がふつうの子であると祈るばかりだ。
でなければ、俺はまたしてもヤンデレ地獄に墜ちることになってしまうのだから。
こんなかわいい子が、ヤンデレであるはずがない。
俺は心にいい聞かせた。
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