病み女子を全力回避したいのに、最凶ヤンデレ学園のモブに転生したようだ
まちかぜ レオン
第1話 病んだ女子に殺されて
呼び出されたのは、学校の屋上だった。
月明かりに照らされ、包丁がぎらりと光っている。
あの子の瞳のハイライトは、とうに色を失っている。
「ねぇ、なんでわかってくれないの?」
妖しい笑みを見せるあの子は、俺の彼女――
長い髪はいつからか艶を失っている。綺麗な顔も強迫観念に囚われてから、本来の美しさを発揮し切れていない。
「一誠くんは、私をわかってくれるって信じてたのに」
「わかっている。そのつもりだった」
俺――志水一誠にとって、皐月は初めての彼女だった。
高校生になって以来、これまでのパッとしない日々を変えようと必死に努力した。
努力の日々を経て、僕はクラスで指折り数えられる美女、皐月さんに告白。オーケーをもらい、交際に漕ぎつけた。
皐月さんはおとなしいタイプで、よくミステリアスと評される。
正直、さほど内面を知らないまま交際が始まった。
それが仇となった。
「つもりじゃだめなの。心の底から信じられなきゃ、意味がないもの」
「嘘じゃない。僕は誠心誠意、心から皐月さんを――」
嘘である。いまはもう、嘘である。
最初の一週間はよかった。皐月さんの本性がむき出しになっていないときは。安心してそばにいることができた。
いまはどうか。
病みという闇を垣間見たとき、当初と同じ気持ちで皐月と会えなくなった。
『いまどこにいるの?』
『無視しないで』
『私のこと、嫌い?』
皐月はヤンデレだった。こういったメッセージを頻繁に送る性格だった。
ヤンデレの側面は日に日に表出した。対照的に、皐月への気持ちは日に日に離れていった。
距離を取ろうとしたのは逆効果だった。執着が強まっていく一方なのだから。
ちょっとしたすれ違いが増えていくたびに、関係にヒビが入り続けたのだろう。
そしてきょう、大きな裂け目ができた。
俺は命を狙われている。彼女だったはずの、明石皐月から。
「わかるよ、わかる。嘘をつくとき、誠心誠意って強調するから」
「そんなことは」
「もう遅いよ。砕けた心は直らない。その場しのぎの言葉は、砂漠に垂らす一滴の雫と同じ」
「つまり、無意味だと」
「うん」
皐月は笑ってはいなかった。
これから起こす行動への準備態勢を整えている。
「やり直すこと、できないかな。それか、思い直すとか」
「無理。絶対無理。私がどんな気持ちでここに呼んだかわかってないみたい。説得は無駄だよ?」
「くっ……」
剣士が血振りをおこなうように、皐月はナイフで宙を切った。
ぞくり、と体中に寒いものが走るのがわかった。
夜とあって、かすかに吹く風はもちろん身に堪える。だが、悪寒の理由は決してそれだけではない。
「ようやく、私たちは幸せになれるね。一誠くんはあっちの世界にいっちゃうけど。悲しいけど、こうしないと永遠を手にできないから」
「い、意味がわからない。そんな理由で!」
「交渉決裂みたいね」
はぁ、とひとつため息をついて、皐月は。
「さよなら、私の愛しい人。そして、未来永劫、私のものになる一誠くんに、はじめまして」
構えをとると、助走をつけて飛び出してきた。
まずい。足を動かし、逃げなくては。こんなところで、死ぬわけにはいかない。
走れ。
体が動き出すのが、ワンテンポ遅かった。皐月の洗練された動きが先だった。
ナイフが、腹に深々と腹に刺さった。痛みを感じる間もなく、血が流れ出した。
呻き声が漏れる。痛みが襲ってくる。
混濁する視界のなか、最期に見えたのは皐月の恍惚とした表情だった。
「君に出会えてよかったよ、一誠くん♡」
甘くとろけた声が耳を通して体に染み渡る。
……あぁ、最悪だ。ヤンデレなんてくそくらえだ。
命あっての物種じゃないか。かわいいことなんて、二の次にするべきだったのかもしれない。
絶対に次こそは、まともな女の子を選ぼう。
固い決意をしたところで、俺の意識は――。
* * *
「……はっ!?」
目覚めると、俺はベッドの上で寝ていた。
腹のあたりを咄嗟に撫でる。俺は皐月に刺されたはずだ。
なのに、腹に傷のひとつもない。
目の前に広がるのは、男子高校生の自室だ。俺の部屋ではないが。
「この部屋、どこかで見覚えが?」
ベッドから降りて、散策を開始する。
子供部屋といったところで、ベッドと学習机と本棚と諸々がある。
プリント類をパラパラと見ていると、おかしな学校名を発見した。
――
ふざけている。そもそも学園とはなんだ。まるで成人向けゲームじゃないか。
いや、成人向けゲームだ。
おそらくここは、『最凶ヤンデレ学園』というエロゲの世界である。
中学の頃、そういうのに興味のある友人にやらせてもらったことがある。
闇病学園などふざけた名前、あのゲームで間違いないだろう。
状況を整理すると。
病んだ彼女、皐月に殺された俺。
転生した先が、『最凶ヤンデレ学園』の世界。
いま、床に置いてあった鞄に学園の名前が刻まれていたのを発見したことから推察するに。
俺は、『最凶ヤンデレ学園』の生徒に転生してしまった、ということなのか。
……おい。
死してなお、俺はヤンデレから逃げられないってわけ!?
【あとがき】
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