第3話 主人公の顔がわからないのは常識

 学園までは走って数十分。すこし遠い。


 校舎に入るためには、最後に坂をのぼらなくてはならない。病み上がりの体にはきつかった。


 坂をのぼる途中、始業のチャイムが聞こえた。


 足取りは重い。遅刻は確定した。


 汗も止まらぬ状態で教室に飛び込んだ。香月のサポートを受け、自分の席についた。


「すみません。志水くんを連れていくのが下手で遅刻してしまいました」


 お茶目さを表に出した発言は、クラスの雰囲気を和ませた。


 遅刻は幸運にもノーカウント。ありがたい。


 周りを見渡す。女子の比率が高い。男子は全体の三分の一程度。ゲーム通りだ。


 知らないはずの世界だが、なぜか親しみがある。本能が、ここを知っているといっているのだ。不思議だ。


 見渡すなかで、ひとつ気になるところがあった。


 顔がぼやけてよく見えない生徒がいる。モザイクがかかっている。


 主人公と考えるのが筋だろうか。この手のゲームだと、主人公の顔が明かされない場合がある。文字だけの出演を果たしている、なんてのはよくあることだろう。


 ゲーム内での顔が想定されていないため、顔に「もや」がかかっているのだろうか。ゲーム世界だと思えばギリギリ受け入れられる。


 そもそも、転生していること自体が異常だ。これ以上異変が起こっても動揺することにない。


「では、朝のHRを始める」


 担任がいって、会を始めた。眼鏡をかけた女性の先生だ。クールで美人だ。この学園は、かわいいであふれているらしい。


 ただ、香月さんには及ばないかもしれない。彼女は僕の一個前の席に座っている。香月さんとなると、後ろ姿さえ風格がある。


 気だるそうに頬杖をついている姿ですら絵になる。名画から切り出されたような美しさだ。


「……ということで、HRを終了とする」


 頭の中が香月さん一色になり、想像を膨らませていた。その間に、時間が光の速さで過ぎ去った。


 楽しい時間はあっという間に過ぎ去るのだと痛感した。


 次も同じ教室らしく、移動はない。各々好きなようにしている。


「遅刻免除になって、ラッキーだったね」

「香月さんの助けがあってのことだよ」

「そう? うれしいこといってくれるね、君は」


 香月さんは頬を緩ませた。覗かせた笑顔が心をぎゅっと掴んだ。体が熱くなる。浮かれた気分でいっぱいだ。


 ちょっと優しくされただけだ。意識するのも早計な話だ。 


 早計だろうとなんだろうと、香月さんの虜になっているのはたしかだ。


「きょうは無理せずにね。お迎えは今回限りにしないと、また遅刻の理由を一緒に考えなきゃいけないし」

「善処するよ」


 好感を抱くと、認識に歪みが生じる。客観的な視点を忘れたくないものだ。主観に溺れないための自戒だ。


 恋する乙女のように鼓動は早い。なんとも体は正直だ。


 浮かれながらも、教室の様子は目に映る。


 男子はおとなしいタイプが多い。主人公くん(仮名)がどうしても気になる。顔の「もや」が特に。彼にも立派な名前があるが、平凡で覚えにくい。ゆえに、今後は主人公くんと呼称するものとする。


 他の男子はいまのところ特筆すべきところはないかな。


 残るは女子だ。


 クラスの大半を占める女子は、誰も彼もかわいい。美しい。奇跡の世代である。


 美少女だらけなのは、ゲームの製作者による恣意的なもので、偶然ではなく必然なのだが。


 見る分には眼福だ。ありがたい。


 彼女たちの本性は考えたくはない。ゲーム通りであれば、誰も彼もが病んでいるのだから。


 そんなクラスの女子のなかには、三大美少女と呼ばれている子がいる。そのうちのひとりは、もちろん香月さんだ。


 残るふたりのうち、ひとりには覚えがある。


 浅井あさいゆう。小柄なかわいい系だ。相手の幸せを強く願うタイプだ。皐月とは正反対だ。


 皐月は、自分の願望を現実のものにしようと必死になるタイプだった。これが恐ろしい。


 残るひとりは、俺の記憶とは異なっていた。名前すらわからない。すべてがすべてゲーム通り、というわけではないらしい。


 俺というイレギュラー存在が、世界になにかしら干渉しているのかもしれない。仮説ではあるが、一概に間違いともいえなさそうだ。


 そんな話はさておいて。


 この世界の授業がどんなものか、実際に体感するとしょう。


 一限から始まり四限まで。

 

 前世の高校生活とさして変わらない。闇病やみやみ学園というふざけた名前ではあるものの、授業に限定すればふつうの高校らしい。


 授業はほどほどに聞いていた。香月のちょっとした仕草に気を取られることもあってすこし大変だった。


 どれだけ気にしているのだろう。側から見れば気持ち悪くて仕方ないはずだ。やはり、好意は人の感覚を鈍らせるのは間違いないらしい。


 あっという間に昼。ごはんの時間だ。

 

 弁当など作る時間もなかったので、食堂に足を運ぶことに。


 立ち上がり、食堂に向かって歩き出す。午前中の間に生徒手帳を確認し、校内の配置を把握したからな。


 廊下を歩いていると、後ろに気配を感じた。


「やっ、一誠くん」


 香月さんだ。


「一緒に食堂でランチでもどうかな? 弁当はないもんね」

「もちろんだよ。ぼっち飯は勘弁だし」


 あっさり答えているようだが、内心ではガッツポーズを何回もとっていた。


 一緒にご飯を食べるくらい、なんてことはないだろう。


 これは、女子に対しての過度な関わりではない。そのはずだ。


 自分にいいきかせて、香月についていった。


「ちなみに、悠ちゃんと神奈かんなちゃんもくるからね」

神奈かんなちゃん?」

「瑠璃子、悠、神奈の三大美少女って話題じゃない?」

「三代美少女に囲まれる俺って構図?」

「だめかな?」


 話が変わった。


 いきなりビッグイベント到来だ。




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