第4話 三大美少女と食堂で

 食堂についた。香月さんの案内があったおかげで迷わなかった。


 昼間とあって、闇病学園の食堂は混み合っている。


 多くの人でごった返してはいるものの、あるテーブルだけは存在感があった。


 俺たちの方に手を振っている。香月さんは振りかえすと、駆け足で向かっていった。


「おまたせ~!」


 ふたりの女子が、同時に立ち上がる。香月さんとハイタッチを交わしていた。


「遅いじゃーん、待ちくたびれちゃったよ」

「悠ちゃん、そんないわないであげてよ」

「だって、なにもしてないと視線が気になるだろう?」

「もう慣れっこじゃない。よくあることでしょう?」


 俺はポカンとやりとりを見ているだけだった。


「ごめんね、一誠くん。内輪だけで盛り上がっちゃって」

「そりゃ仕方ないよ。新参者も同等の扱いとはいかないだろうよ」


 香月以外のふたりが、俺に視線をやった。


 間違いない。


 三大美少女の残りふたりだ。


 瑠璃子がひとり目であり。


「おっ、重役出勤コンビじゃーん。ニヒヒ、きのうはお楽しみだったかな?」


 ふたり目。


それは、明け透けなものいいをしている美少女、|浅井ゆうである。


 短髪で凜とした顔つきをしている。背は高めで、いかにもなスポーツ系だ。中性的なかわいさを持ち合わせている。


「よくないよ。志水くんに意地悪してあげないで。ご褒美になっちゃうから」


 おそらくこの子が三人目、神奈かんなだろう。


 清楚でおとなしいという印象だ。ミステリアスさを感じる。


「たしかにご褒美かもな~。男子はみなエムの気質があるらしいしなぁ」

「俺をそのくくりに入れないでもらいたい」

「おっ、反論とはいい度胸だ。私たちが三大美少女であるとご存じないかな?」


 自分からいうのかよ。そんな考えがよぎる。


「さっき説明したとおり、悠と神奈。私の大事な友達」


 瑠璃子、悠、神奈。これで三大美少女が完成する。


 本物を間近で見ると、放たれるオーラが半端ではない。互いに影響し合って、高めあっている。


 そのなかに俺がいるのは場違いだ。


 実際、周りからの目線はやや冷たい。


 なぜあんな男が?


 三大美少女に男の影か?


 なんて声が聞こえそうだ。本当にいってるかはさておき、疑惑の視線を感じる。


「香月さん、俺が同席してもいいんですかね」

「だめなわけないよ。一誠くんは大事なクラスメイトなんだから。ね?」


 悠と神奈はうんうんとうなずいていた。


「ほら、ダメな理由なんてないよね。周りなんて気にせずに、楽しく食べようよ」

「そうだね。じゃ、さっそく注文しにいきますか」


 俺と香月さんだけが注文を終えていない状況だ。


 券売機の列に並び、食券を調達する。


 メニューを見る。選ぶものは決まっていた。


「俺は『闇の暗黒カレー』でいきます」

「やっぱり? 闇病学園の名物だもんね」



 本作(?)『最凶ヤンデレ学園』には食堂での食事シーンがある。


 そのなかで出てきたのが、「闇の暗黒カレー」だ。


 イカスミでも入ってるかと疑いたくなるような黒いルーが特徴だ。味の方は意外に悪くないとのこと。


 あくまで主人公のモノローグからの情報。主観でしかない。


 本当にうまいのかは、自分の舌で確認するしかないのだ。


「私も暗黒カレーでいこうかな。ちょっと辛くてヒリヒリするけど」

「あまり無理はしないでくださいよ」

「大丈夫。私、強いから」


 カレーは他のメニューよりも早く提供される。なので、さほど待たずに席に戻れた。


「へぇ、おそろいなんだ。なるほどなるほど」

「悠ちゃんはすーぐ恋愛話に繋げるんだから。お互いに食べたいのを選んだだーけ」

「真相はどうなんだろ? 気になるなー」


 悠の、ぐいぐい迫ってくるところが全面に出ている。


 恋愛面に関しても、積極性が現れていた記憶がある。


 ふだんは男っぽくもあり頼りがいのある悠は、いざ主人公を前にすると急に乙女の部分を見せる。


 とはいっても、積極性は消えていない。どんどん迫ってくるさまは、すがすがしささえある。ヤンデレであるのに変わりはないのだが。


「一誠くん、困ってる。もうやめてあげて」

「はいはい。神奈はやっぱり優秀なストッパーだよ」

「はぁ……暴走機関車は世話が焼ける……」


 神奈は原作に登場していないが、よく馴染んでいる。悠と神奈には、息の合った熟練コンビの安心感がある。


「ずっと喋ってると日が暮れるし、食べよ?」


 香月さんがひと声かけると、ふたりはすぐに食事モードになった。


 ――いただきます。


 悠はぶっかけうどん、神奈はそば。ふたりとも麺系。


 香月さんが食べ始める。さほど辛そうな反応を見せていない。


 スプーンでカレーをすくう。独特の存在感を放っている。


 では、いただこう。


 パクリとひと口で。


 溶け込んだ野菜の甘みと、スパイスの風味がいい。 


 最高のカレーではないだろうか。


「……ん?」


 飲み込んだところで、感想は一変した。


 想定以上に、暗黒カレーは辛口だった。喉のあたりで、辛み成分がタップダンスを踊り始めた。


「か、辛っ!?」


 思わず咳が出る。急いで水をあおった。


「大丈夫? 結構辛かった?」

「香月さんって辛党なんだね」

「一誠くんがお子様舌なんだよ。雑魚雑魚って感じじゃん?」


 悠はいじりたくてたまらないらしい。


「うるさい」

「生意気~」

「悠、ほんと苦しそうだから、助けてあげて」

「はーい」


 咳を止めようと、悠が背中をとんとん叩いてくれた。神奈は言葉で励ましてくれた。


 コップはすぐに空になった。香月さんが気を回してくれたのか、自身のコップを渡してくれた。


 なりふりかまっていられず、ぐいっと飲ませてもらった。


「はぁ、助かった……これって香月さんのコップだったけど、よかったのかな」

「私、飲んでなかったから大丈夫。口をつけていたとしても、気にすることじゃないでしょう?」

「気にする人もいるっぽいからな」


 他の人から見ると、三大美少女に奉仕されている構図だからな。


 主に男子から、羨望と嫉妬の感情を向けられているのがまじまじと伝わる。


 三大美少女の権威はすさまじいものなのだ。


「食べられそうにないなら、あたしが代わりに食ってやるよ」


 悠からの提案だった。


「悠ちゃんって小食なんだから、無理いわないの」

「ちぇ」

「だからここは、遅刻コンビの私が食べるね」

「悪いよ、香月さん」

「じゃあ、このまま辛いカレーという苦行に挑み続ける?」

「それは……」

「じゃあ決まりだね。私がルーだけ食べてあげる」


 男子として格好はつかないが、食べられない暗黒カレーは香月さんにお願いすることにした。


「なーんだ。辛いのが苦手なのに暗黒カレーに挑むあたり、やっぱりエム気質だねぇ」

「黙ってくれ」

「はーい」


 その様子を見て、神奈がくすくすと笑っていた。冷笑のニュアンスもあっただろうか。


 三大美少女とのファーストコンタクトは、上々とはいいがたい結果に終わった。

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