第5話 香月瑠璃子はふたりきりで話したい

 食事を終えると、悠と神奈とは別れることになった。


「ちょっと話したいことがあるんだ」


 香月さんのひと声で、俺は連行される羽目になった。


 昼休みはもうちょっと時間がある。クラスの教室から離れ、空き教室へと連れて行かれた。


 みっともない姿を晒したのががいけなかったのだろうか。怒られたり、詰められたりする覚悟はできている。


 香月さんは扉を閉め切ると、ゆっくりと口を開けた。


「一誠くんって、一誠くんだよね?」

「俺は俺だよ。志水一誠だ」

「そういうことじゃないんだよね」


 声のトーンがやや下がる。


「君が風邪にかかってしばらく休んで、きょう来てさ。観察してたけど、やっぱり変だなぁって」

「おかしくなってたかな」

「部分的にそうかな。いままでの一誠くんと、どこか違うような」


【俺】とこの世界の【志水一誠】は限りなく似ている。が、残念ながら別物だ。


 ふつうの高校生活を送ってきた【俺】。


 闇病学園のモブ(?)である【志水一誠】。


 中身が入れ替われば、違和感を抱かれても仕方ない。


「本当に、一誠くん?」


 向かい合うかたちだったところから、一歩と二歩と詰め寄られる。至近距離でじっと顔を見つめられる。


 直視すると心臓がおかしくなってしまいそうで、目を逸らしてしまった。


「お、俺は――」


 しばらくして、香月さんは凝視をやめた。


「……なーんて、私の考えすぎだよね。ちょっとふだんといろいろ違っていても、一誠くんは一誠くんだもんね」

「突然変なことをいいだすから、驚いたよ」

「そうだよね。ごめんね」


 ふぅ、とひとつ大きく呼吸した香月さん。そのんまま続けた。


「私と一誠くんは、クラスメイトだもんね。接点といえば、今回の風邪に際して動いたことくらいだし」


 やはり、香月さんとの交流はあまりないらしい。ブラフということでなければ。


「あれだ。一誠くんのこと、知らなかったからいけないんだ」

「いや、そこまで考えることもないよ。誰にだって疑いの念を抱くこともあるよ」


 うーんとすこし悩むような素振りを見せると。


「だけど、ね。いちクラスメイトとして、一誠くんのことを知りたい、仲良くしたいって思う気持ちは、偽りなのかな?」


 風邪で弱った俺のために遅刻したり、辛くて食べられなかったカレーを食べてもらったりした。


 きょう一日、俺に対して好感度が上がるイベントがあったようには思えない。


 仲良くなりたい、とくるのは少々驚きだった。


「思いは本物だよ、きっと」

「だよね。これからもよろしくね、一誠くん?」

「改めてよろしく、香月さん」

「香月さんじゃ、堅くない? 瑠璃子って呼んでくれてもいいのに」


 愛称で呼ぶのも気が引けるが、自分のなかで三大美少女ほかふたりを名前で認識しているのを思い出した。


「瑠璃子さん、か。なんだか別人みたいだな」

「でしょう? ぐっと仲良くなれそうな気がするよ」


 楽しそうに語りかける瑠璃子さんを見て、こっちまで気持ちが高揚してきた。


 俺はヤンデレなんて懲り懲りのはずだ。


 皐月と付き合う代償に、命を捧げるかたちになったのだから。


 ゲームのシナリオ通りなら、瑠璃子さんはまごうことなきヤンデレだ。悠も、神奈も――いってしまえば、クラスの女子全員が。


 それでも。


 ヤンデレとしての片鱗を見せていない瑠璃子さんとは、距離を詰めたいと考えてしまう。


 いまの瑠璃子さんは「シュレーディンガーの猫」だ。


 本当にヤンデレかどうかは、答えが出るまでわからない。俺という異分子が、キャラクターの性格までも別物にしているかもしれない。


 であれば、ノー・ヤンデレに賭けてもいい。そんな都合の捉え方をしようとしている。


「これからは友達だな」

「いまのところはね」


 ニヤニヤとこちらの方を見てくる。


 隠されたメッセージに気づくと、俺は顔がかあっと熱くなった。


「からかうのはやめてくれ」

「友達より上になるって、別にありえない話でもないでしょ?」

「そうかもしれない」

「君がエム気質だっていうからさ、ついいじりたくなっちゃったんだ」

「昼の発言せいか」


 三大美少女のひとり、悠がちょっかいをかけてきたときに、なぜかエム判定をされたのだった。


「意外な一面だったなぁ」

「俺はそんなんじゃないよ」

「本当かどうかは、これから要検証かな?」


 そんなところで話は落ち着いた。


「きょうから友達ってわけだしさ」

「友達」

「私の家でもきなよ」

「警戒心とかないタイプ?」

「変なことしたら、すぐにボディーガードが駆けつけてくるから大丈夫だよ」


 瑠璃子さんのいうとおりだ。


 彼女の家は裕福で、家の広さが半端じゃない。セキュリティ対策も万全であり、ボタンひとつでボディーガード的な存在が駆けつけてくる。


 原作では、ガチガチのセキュリティをかいくぐった危ないヤカラを、主人公が撃退してたっけな。


「だからといってハイハイって頷いてもいいやつなのか……?」

「私だって一誠くんの家に上がり込んでるし、いまさらだよ」

「それもそうか」


 説得に押されて、俺の放課後の予定は確定した。


 原作であれば、まずは外出していたはずだ。いろいろ段階をすっ飛ばしている気がする。


 脳内に黄色信号が点っているような気がした。


 が。


「いいよね、一誠くん?」


 甘えるような声で頼まれ、見つめられては、ノートいう選択肢は遥か彼方に吹っ飛ばされるわけで


「瑠璃子さんがいいなら、いこうかな」

「やった~!」


 小さくガッツポーズを決めている。


 そんな風に、人を喜ばせる方法を知っている瑠璃子さんはやはりすごいな、と感心する。


「私の家にはね、いろいろ見せたいものがあるんだ」

「へぇ」

「絶対に見せたいものがあるから、覚えておいてね?」

「楽しみにしてる」


 絶対に見せたいもの、という言葉に、俺は嫌な予感を覚えた。


 黄色信号が赤信号に変わるかどうか、といったところだ。


 まずいかもしれない。


 本能が告げている。


 だが、甘い餌を前にして、弱く流されやすい俺は、本能の叫びを無視するのだった。






【あとがき】


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