第6話 瑠璃子さんのお家にお邪魔する

 瑠璃子さんの家を訪問する。


 それは、俺の心をかき乱すには十分な予定だった。


 午後の授業は、昼のことで頭がいっぱいになったせいで、集中できるはずもなかった。怠惰の極みである。


 必死になって瑠璃子さんの家がどんな風だったか思い出す。


 豪奢な作りだった。堅牢な門扉、光沢感のある高級車、家の中にある噴水。外国の城を想起させる家宅。


 詳しい構造まではわからない。立体感のある描写がすくなかったためだ。本物を実際に見たらたまげてしまうだろう。


 退屈で長い授業は、こういったとりとめのない思考を紡ぐだけで終わった。


 あまり目立たぬよう、ひとけのすくない場所で合流することに。


「おーい、志水一誠くん?」

「っ!?」


 ホームルーム後、気配を消してそそくさと帰ろうとしていたところ。


 廊下に出て階段を下ろうとしたところで、ねえねえと引き留めたのは。


「浅井悠か」

「フルネーム呼びって他人行儀じゃん。男友達みたいに、悠って呼んでよ。な?」

「じゃあ、悠。俺になんの用かな」

「冷たいよ。お昼のこと、根に持ってる?」


 半分正解だ。


 いい意味でずけずけと踏み込んでくる悠に、心のどこかでイラッとしてしまった。本気で怒っちゃいないけどね。


「ちょっとだけ。あまり失礼ばかりされると、俺も怒っちゃうかもな」

「ごめんごめん。気をつけるからさ。急いでる理由、教えてほしいんだよね。ちょっと上で話そう?」


 屋上につながる階段まで上がる。ここには人があまり来ないので、周りを気にせずに話せる。


「じゃ、理由、教えてよ」


 俺はおそらく、嫌そうな表情をしている。


 聞かれると厄介な種になりそうだからだ。ネタを与えてしまうと、悠には格好のエサになるだろう。


「ふむふむ、秘密って感じだね」

「誰だって用事ってものがあるんだ」

「やっぱり、遅刻コンビでデートかな?」

「ち、違う。デートなんかじゃない」

「でも、瑠璃子との用事なんでしょ」

「それはだな……」

「図星みたいだね」


 つい口にしてしまった。家にお邪魔することさえいわなければいいという、甘い考えだった。


「やっぱり、瑠璃子はすごいなぁ……じゃ、おふたりで楽しんでね。なんだか癪に障るけど」

「弱みを握ったぜ、とか思わないでくれよ」

「大丈夫。脅しの材料にはしない。有益な情報を掴んだのは間違いないけどな!」


 やっぱりいわないほうがよかったかもな、などと考えつつ。


「じゃ、俺はいってくる。悠も、バスケ頑張れよ」

「……あぁ、うん。バスケね、頑張る頑張る」


 生返事といったところだ。


 浅井悠はバスケ部のレギュラーメンバーという設定だったはずだが、勘違いだったろうか。


「じゃ、先にいってて。あたしは時間差で出てくるから」

「配慮をどうも」


 他の生徒が通らないタイミングを見計らい、出ていった。


 下駄箱で靴を履き替え、指定の場所に向かう。


「待たせたな」

「全然待ってないよ」


 瑠璃子さんは、ちゃんと待っていた。


「ねぇ、さっき誰かと会ってなかった?」

「あー、会ってないといったら嘘になるか」

「悠ちゃんだと思うんだけど、なに話してたの」

「え」


 どうしてわかるんだ、と尋ねる前に。


「微かに香る、透き通る甘さと汗っぽさが混ざった匂いがしたから。いつもバスケの朝練をしている悠ちゃんだから、そうかなって」


 瑠璃子さんの方から種明かしがされた。


「すごい観察力だね。現代のシャーロック・ホームズみたいだ」

「このくらいふつうだよ。それでさ、悠ちゃんとなに話してたの?」

「予定を聞かれただけだよ。適当にはぐらかした」

「ふーん」


 話していたことについて聞かれた時、彼女はいささか怒っているような口ぶりだった。


「悠と話したこと、気に障っただろうか」

「うんうん、そういうわけじゃないんだ。ただ」

「ただ?」

「悠は悠だな、って」

「そ、そうか」


 ヤンデレの片鱗に触れたような気がした。


 匂いの判断、悠とのやりとりの追及。


 もはやヤンデレは確定したようなものかもしれない。


 それでも!


 俺は、可能性がある限り信じたいのだ。


「それじゃあ、いこっか」


 裏道を駆使して歩く。人がいないタイミングだと、瑠璃子さんは体を寄せていた。


「距離感が近い……? 気のせいか?」

「そんなことないよ。朝だって、手を繋いで走った仲だもん」

「それを考えると、別に変ではない、か……?」


 疑問符が浮かんでしまう状況だった。


 瑠璃子さんの言葉に流されるまま、受け入れてしまったが。


「周りがどう思おうと、私の人生、一誠くんの人生。他人の物差しで生きるのってもったいないでしょ?」


 そういって、後半は手を繋いでいた。


 瑠璃子さんの住んでいるあたりは、矢見島でも高級住宅街が立ち並ぶエリアとして有名だ。


「なんだか肩身が狭いな」

「緊張することないよ。家だろうとなんだろうと、外見からおびえる必要はないんだから」


 瑠璃子さんは、門に埋め込まれている液晶画面に、専用のカードを押し当てた。


 ピッという解錠音が鳴る。門扉が自動で開いていく。ゴゴゴと音を立ている。


「おお」

「やっぱり驚くんだ、一誠くんも」

「そりゃそうだよ。見たこともないような豪邸っぷりだもん」

「家の中は、もっと驚きと楽しさでいっぱいだよ?」


 とっておきも見てほしいからね、とそこのところを強調していた。


 またしてもカードをかざす。今度は生体認証つきらしい。認証が終わると、玄関の鍵が開いた。


「一誠くんにはふたつの選択肢があります」

「いい選択肢と悪い選択肢か?」

「どっちもいい選択肢。とっておきか、とびきりのとっておき」

「楽しみは最後に残しておこうかな」


 もったいないなぁ、と嘆いた瑠璃子さん。


 とっておきを見るのが恐ろしかった。もし、ゲームで主人公が待ち受けていたものと同じであれば、俺は終わる。


 またしても、ヤンデレという底なしの沼に引きずり込まれるのだ。


 そのとっておきというのが――。

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