第39話 一誠、水遊びにかまける

 この水泳の時間に、誰かが溺れかける。


 ……というのが、『最凶ヤンデレ学園』のルートで発生する事案だ。


 女子たちに目を配るトラブルの種が生まれないかドキドキする。


 絶対に事案が発生すると確定したわけではないが、瑠璃子が世界を繰り返したなかでもよく起こっていたことだ。


 今回もあるとみておくべきだろう。


「ひゃっほ〜!」


 そんな心配をよそに、「四大美少女」をはじめとしたクラスメイトは海を満喫していた。


 俺を物理的に拘束していた悠だが、途中で飽きたのか解放してくれた。


 では、俺はいまどうしているのか。


「お城もできそうね」

「あとは荒波が来ないよう祈るだけだな」


 瑠璃子と砂の城を築いていた。ガキのようなおこないかもしれないが、これが結構楽しい。


 周りに注意を払うべく、下手に動けないから暇つぶしでも、と思っていたんだがな。童心というのは割合に捨てられるものではなかった。


「画竜点睛を欠く、というけれど」

「あぁ」

「最後にボタンひとつの掛け違えが発生すると、大変なことになるからね」

「忠告か。経験に裏付けられた」

「そう。せーくんを独り占めしようと監禁したのも、ある種の保険みたいなものだったんだよね」

「おい、監禁は正当化されないからな」

「そこは反省してる。だからこれ以上責めないで、ね?」


 そういわれれば、追及する気にはならない。


「今回はイレギュラーが起きて欲しいものだよ」

「誰かが溺れるのは、やっぱり嫌?」

「そりゃあね。人間、平和が一番なんだよ」

「うん、間違いない」


 強い共感の込められた返事だった。


 瑠璃子はループを繰り返すなかで、数々の悲惨なルートを見てきた。何度もリセットをかけられれば、精神にも異常をきたす。


 終わり、つまり平穏な日常を求めているとみていいかもしれない。


 そう考えている間に、瑠璃子は城を完成させた。


 なかなか精巧に作られており、ジオラマのなかに紛れていてもおかしくない出来になった。子供の遊びを本気でやっていた。


「早く写真撮らなきゃ!」


 いって、海から離れてテントへと足を運んだ。


 その間、俺は砂の城を見張っていたんだが。


 瑠璃子が折り返し始めた段階で、強い波が戻って来た。いままでは安全地帯で作っていた城。


 あっさりと波に飲まれ、崩壊してしまった。


「あっ」


 惨状を目にした瑠璃子の第一声は、それだった。


「すまない、守れなかった」

「絶対大丈夫だと思ったのに……私の費やした時間、またゼロからのリスタート」


 唖然としていた。魂が抜けたように、ポッカリと口を開けてしまっている。


「そ、そこまでガチだったとは」

「いずれ壊れるものと知っていても、せめて記録には残したかったもの」

「幸い、俺の記憶にはちゃんと残ったぜ」

「まったくの無駄ではなかった。そうね、そう思わないとね!」


 無理くり自分を納得させるようだった。


「城づくりをやり直すにも、そろそろ引き上げる時間よね」

「せっかくだし瑠璃子、他の遊びもしないか?」


 砂の城づくりにそこそこ励んでいたので、さほど海と戯れるっていうようなことはしていなかった。


 さて、他の「四大美少女」メンバーはどうしているか。


 悠と神奈は、海水をかけあってキャッキャしていた。あいかわらずお互いに罵りあっているようだ。


 それに混じるように、流川氷華はどデカい水鉄砲で応戦していた。おそらく執事の執行に渡してもらったのだろう。


 手で水をかけあうなか、巨大で強力な水鉄砲は反則じゃないか、という疑問が頭の中によぎってならない。


 流川は、他にもさまざまな「兵器」を持ち込んでいるようで、砂浜にはいろいろ用意があった。


「混ざりに行くか?」

「いこっかな。溺れる人の候補としては、四代美少女がありうるから」


 遠目で警戒するのではなく、接近して見守る。そうして、残り時間を過ごそうということに。


「みんな、俺たちも参戦するぞ」


 瑠璃子を引き連れ、水掛けバトルに講じる三人に話しかけた。


「いいね、キミの参戦を待ち望んでいたよ。仲睦まじく城づくりに励んでいるものだから、こちらとしても積もる感情がいろいろあってね」


 悠の嫉妬が溢れでた語り口からは、これから相当やられるんだろうなって容易に想像できた。


「やるなら、徹底的にやる。それが私の一誠君実験を成功させるための大事なキーだ

 から」


 相も変わらず実験に固執する神奈の姿があった。


「みなさんいろいろいっていますが、勝つためなら私は手段を選びません」

「流川の場合は手段を選ばなすぎなんだよな」

「そう? それが競争社会を生き抜くための術であって、なにもおかしなことはないのに?」

「流川がそういう態度をとるっていうなら、こちらとしても容赦はしなくていいみたいだな」

「みんなまとめてやっちゃってー! せーくん!」


 俺は流川が用意したであろう武器をひとつ拝借した。小型の水鉄砲だ。


 海水を調達しに行く。その間に、流川は容赦なく打ってきた。悠も近づいては海水をぶっかけまくるし、神奈も同様だった。

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