第40話 特殊ルートへの突入

 水遊びを始めたのは、もうすこしで水泳の時間が終了するというタイミングだった。


 海水をかけあっている間にも、撤収を始める他のクラスメイトがちらほら見られた。


 俺たちもそれにならって帰ればよかった。ただそこそこ盛り上がり「時間オーバーでもちょっと怒られて済んだらいいよね」という舐めた根性をみなが発揮し、続けた。


 流川の用意した武器は、他のメンバーにも行き渡った。もはや単なる水のかけあいではなく、水のぶつけ合いという様相を示していた。


「ほら、強烈水鉄砲アタック!」


 ノリノリで水鉄砲をぶっ放しているのは悠だ。空気を圧縮させて放出させるタイプゆえ、当たるとそこそこダメージ行き届く。


「こんなの反則だろ」

「かくいうキミも、なかなかの武器をお持ちじゃないか」

「否定できないな」


 俺が手に持っているのはバケツだ。海水を一気にさらい、ドンとかける。水を入れるのに時間を取られるが、一回の威力はとんでもないものになる。


 さすがに四大美少女に全力でぶっ放す覚悟はなく、手加減はしていた。それでも、バケツの凶悪さが消えてなくなるわけではなかった。


「そろそろみんなも濡れに濡れまくっているんじゃないかな? ボクも含めて」


 悠のいうとおりだった。


 長らく海水をかけすぎたせいで、身体からほんのり塩っぽい匂いが上がってきている。


「なら、これ以上続けても問題ない。なにせ、塩くさいことに変わりはないんだからね!」


 かなりのテンションの高さだった。心からやりたくて仕方ないというような様子。


 それを受けて、俺を含めた残りのメンバーも、やれるだけやろうということになった。


 俺はバケツいっぱいに海水をすくおうとして、砂浜から海の方へと駆けていった。


 そんな俺を水鉄砲やら水風船やらで妨害しようという勢力から身を守りつつ、スピードを上げていく。


「あっ」


 走る勢いのあまり、うまく砂を蹴り出せずに転んでしまった。


 転んだ勢いそのままに、空のバケツは宙に浮く。放物線を描きながら、海の方へとバケツは落下した。


「やべ」


 このままだと波に流される。そう思い、俺は海の中へと踏み込んだ。


 そう焦ったのが、よくなかった。


 俺があたふたしている間にも、バケツは流れていく。追いつこう、追いつこうとするたびに、また距離が生まれる。


「くそっ、まずいな」


 地についていたはずの足も、次第に背伸びしないと届かなくなる。そこまでくると、バケツを追いかけるスピードも落ちていく。取り返す難易度は、だんだんと上がっていく。


 それでも前進する。これを回収すれば万事解決。そう思いながら。


 手を伸ばせば、なんとかバケツに届きそうになったとき。


「やばっ」


 身体を限界まで伸ばした結果、俺は足をつってしまった。


 考えうる限り、最悪のタイミングである。地に足がつかない場所。なのに、戻るのがつらい痛み。


 痛みと格闘していると、足が不安定になってきた。


 このままだと、溺れる。


「みんな、助けてくれ! お願いだ!」


 声を振り絞って訴えるも、距離が離れているため、気づく様子もない。


 何度か声を上げて、ようやく気づいてくれた、というときには。


 俺はもう、溺れている状態だった。


 おいおい話が違うじゃないか。


 クラスメイトのなかの誰かが溺れてしまう。


 今回は、まさか俺が溺れるクラスメイトだったとはな……。完全に油断していた。誰かを救う方に意識を持っていかれたがために、自分は安全安心という思い込みがあった。


 いまさら悔やんでも仕方ない。いまは、救助を待つだけだ。


 海と陸との間で揺れる視界の中、みんなが近づいてくるのだけはわかった。


 そのあたりで、俺は意識がよどんできた。まだ死ねないとは思いつつも、息苦しさと足の痛さのなかに沈んでいった。




 * * *




「せーくん、大丈夫?」

「ん、ん……」


 俺はたしか、海に溺れて、意識を失って。


 ふたたび死んだのか? いや、そうではないらしい。足の痛みが若干残っているし、海水のなかに沈んでいった息苦しさが薄れつつもある。


 俺に語りかける声の主は、おそらく瑠璃子。


 他にも心配の声が聞こえる。男子も女子も、関係ない。


 ゆっくりと目を開けると、俺が多くの人に囲まれているとわかった。


「俺は……」

「せーくんは助かったの」

「みんなの、おかげか」

「うん。ほんと、一時はどうなるかと思ったんだからね?」


 瑠璃子の口調には、心配と怒りの入り混じるものがあった。


 もしここで俺が助からなかったら、瑠璃子からすればバッドエンド、ということになるのだろう。


 そしたらまたゼロからのやり直しになる。ここにいるみんなとは、二度と会えない。


 俺の生死は、決して俺だけに影響を与えるものではないのだ。


「ごめん、瑠璃子。俺の注意が足りないばかりに」

「いいわ。生きていれば万々歳ってやつよ。私より先に逝かれちゃ困るんだから。危ない橋は、絶対に渡らないこと」

「はい」


 俺はそう首肯するしかなかった。


 海のスタッフの方や先生なども集まっていた。当然、俺はこっぴどく叱られた。生きて帰ってこれたのはいいとして、一歩間違えれば大惨事だった、と。


 いちおう健康状態をはかるため、ということで俺は病院に搬送されることになった。


 その際に、瑠璃子や他のメンバーも同乗することになっていた。

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