第41話 帰ってきた俺

 海で溺れ、病院に搬送された俺。


 幸運なことに、身体に大きな異常は見受けられなかった。


 ひとまず一日安静にしろ、とのこと。


「ほんと、死ぬか生きるかの境目なんて、二度と彷徨さまよわないでよ?」


 瑠璃子に心配された。


 そりゃそうだ。誰かしら溺れるとはいわれていたが、俺が対象となるとは予想外もいいところである。


 ここで俺に死なれちゃ、ふたたびループしてしまう。瑠璃子からしてみると、ゼロからのスタートとなってしまう。


「本当に心配をかけた。申し訳ない」

「謝らないで。生きて帰ってきてくれたから、オールオッケー」

「心配してくれて、ありがとう、かな」

「うん、そっちの方が正しい答えだよ」


 病室にいるのは、なにも瑠璃子だけではない。


「もういっぺん死ぬかとヒヤヒヤした。無茶は絶対にしないこと」


 淡々といさめてきたのは、神奈だった。


 あいつには、俺を殺した元カノ、皐月の魂が降りてきた経験がある。


 もういっぺん死ぬ、というのは、皐月の記憶に依拠するものだ。


「頼むよ? 君みたいないじりがいのある男の子にぽっくり逝かれちゃ、人生の彩りが損なわれるってものだからね」

「俺を娯楽として捉えるんじゃないよ」

「感心したよ。ボクに反論できるくらいには、元気があるようで」

「うるせえ」


 おちょくってきたのは悠である。彼女らしいといえばそれまでだが、結構いうもんだな。


「ほんと、気をつけてね。もし一誠くんがこの世から消えたら、私の婚約者リストに横線を加えなくちゃならないからね」

「お嬢様のおっしゃるとおりです。頼みますよ?」

「頼まれてもふたつ返事はできないよ」

「であれば、私はお嬢様といつまでも待っています」


 ペアで畳み掛けてきたのは、四大美少女のひとり流川、そして執事の執行である。


 執行は、流川の背後にいる。外堀を埋めようと画策しているもんだから、スルーはできない。


「よくないわね。一誠くんは私がもらい受けるわ」

「意味不明。ここは私が」

「いやいや、君たちふたりにはもったいないよ。私が責任を持って……」

「その意気やよし。ですが、最終的には私が権力を行使し、有無をいわせません。ですよね、お嬢様?」


 ニコニコしながらとんでもない発言をする執行。脅しは洒落にならないからやめていただきたい。


「勝手に話を進められちゃ困るぜ、まったく」

「せーくん? こういう話ができるのも、君が生きていてこそなんだから。やれやれって顔をしないの」

「そんな顔してたか」

「してました〜。ちょっとチヤホヤされたくらいで、いい気にならないこと」

「はい」

「浮気は許さないんだからね。わかってるでしょう?」

「おいおい、いきなりドスを効かせた声は怖いって」


 俺、心の底からそう思います。


 そこから、引率担当の男性教員が中に入ってきて、またしても注意と心配をされた。


 女子率の高い病室を見て「これがハーレム……」とボソッとこぼしたのを、俺は聞き逃さなかった。


 はたから見ればその通りだ。ハーレム以外のなんといえようか。


 大事に至らなくてよかったということ、そして命は大切にしろといった趣旨の話をされ、教員は帰っていった。


「しゅんとして犬みたいだったね」

「ヘラヘラする奴がどこにいらぁ」

「そりゃそうだけどさ、そーいうせーくんの姿もアリだなって」

「うるせぇ」

「素直じゃないんだからっ」




 * * *




 あれから、無事に時は流れ。



 夏休み前、最終日を迎えた。


 完全なる健康体に回復した。

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