第42話 異変しかない夏休み
元気になったはいいのだが。
「はーい、せーくん。きょうの朝食はパーフェクトでしょう?」
夏休みが始まってからはや一週間弱。
瑠璃子は我が家の一員としてしれっと紛れている。
「おいおいなんでずっといるんだ」
「もう数日経ってるのに、いまさら質問することでもないでしょう?」
「変な理由は聞きたくないんだ。まともなのをお願いしたいね」
「まともだよ? せーくんの危機も幸せも見過ごさないよう、同棲してずっと一緒にいるべき。筋が通ってるよ」
「とんでも理論はまかり通らないんだよ」
こんな有様なので、俺が瑠璃子を追っ払うわけにもいかない。
毎朝作ってくれる食事はなかなかいける。胃袋を掴まれたってのはこのことだ。
信念を貫いているのは、瑠璃子だけではない。
「きょうも見張ってるのかしら」
「おそらくね」
ここの近くに、一台の車が張っている。
むろん、流川家のものである。
刑事の張り込み調査よろしく、我々の生活圏内に高級車を停めている。
迷惑行為もいいところだが、いろいろいっても無駄だと思うので、スルー。室内に監視カメラや盗聴器が仕組まれているなら動くべきだろうが、そこまではしていないと踏んでいる。
俺たちはあくまで性善説を支持している。人間不信になるような真似がないと強く信じている。
「まぁ、誰が周りにいようといまいと、私がせーくんを離さないのは規定事項だもんね」
「高校生を何周もしてる人の発言は重いね」
「重々だよ? 最高じゃない?」
「……最高、なのか?」
「そこで詰まらないでよ」
俺は瑠璃子を完全に許容できるのか、と考えてしまった。
大きく包み込めるような人間でないと厳しいものがある。
すくなくとも、この世界線にいる俺は、瑠璃子に何十周ぶんにわたる思いがあると知ってしまった。
知ってしまったからには、別の世界線の俺と同じようにはいられない。
「あぁ、最高だな」
「本当?」
「完全に受け入れるってところに至るのは、まだ先にはなりそうだが」
「私を選ぶことに、ためらいはないの?」
「ないさ」
「ないんだ」
「そっちから求めておいて、疑いの目で見てくるとはな。瑠璃子らしい」
どんな選択であっても、すくなからず思いがブレそうになるってのはよくある話。
今のところ、ある程度の思いは固まっていた。
「重くて面倒くさい女だけど、覚悟してね」
「当然、覚悟はしている。メンヘラ化して、俺をブッ刺さないというならな」
「命を奪ったら本末転倒なんだし、あなたの元カノみたいなことはしない」
「これだけは守ってくれよ? 二度も刺殺されるなんて懲り懲りだぜ?」
弁えてるから、と瑠璃子は不安がる俺を制した。
「ところで、だ」
「うん」
「今回のルートで、海に溺れたのは俺だったじゃんか。そうなると、助けた女の子にロックオンされるルートからは外れる」
無視してきた考えを、俺は口にする。
「今後のルート分岐は、どうなる」
闇病学園のゲームをプレイしていたとき、主人公が溺れるルートはなかったはずである。
「未知の領域」
「晴れて新ルートを解放しちゃったってか」
頷く瑠璃子。
「この世界線の未来は暗闇の中。一周目だろうと何周目だろうと、変わらない」
「やっぱ、そうだよな」
闇病学園、という世界のかたちは、俺と瑠璃子の想像を超えて、ぐにゃっと曲がってしまった。
俺、そして皐月の精神体というイレギュラーの介入が、大きなエラーの一因だろう。
三大美少女は、皐月を世界に潜り込ませるためか、四大美少女に改変されていた。
美少女のうち誰かが溺れるはずだったのが、なぜか俺が溺れる羽目になった。
その他大小を問わないイレギュラーが積み重なっている。
「もうこうなってくるとね、せっせとかき集めた情報も、紙屑同然かもって思っちゃう。バカみたいって」
「……悪い、なんといったらいいんだか、俺にはわからない」
謝罪ではない、とだけわかる。
瑠璃子の目は、ぼやく様子とは裏腹に、光を得ていた。
「それでいいの。私はただ、うれしいんだよ。変わらない日常に飽き飽きしながら、いつ差すかもわからない光に期待して」
声は大きく、語りは早くなる。
「世界の壁を壊して、広げてくれたのは、せーくんなんだから。心から、感謝してる」
「どういたしまして、だったかな」
「大正解」
世界の先行きは見えないけれど、瑠璃子とともに歩んでいく。ぐるぐる回っていた方位磁針が、ひとつの方角をさして止まった。
「たとえば私やせーくんに身の危険が及んだり、及びそうになったき。あの部屋に来てほしいの。過去の蓄積で埋め尽くされた、あそこに」
どうしていま、と思い浮かんだ言葉が出る前に、瑠璃子は続けた。
「あの場所は、おそらく時の流れが違う。いままで、世界線のリセット後、あそこから再スタートしてた。きっと意味があると思って、あそこで命を落とす真似はしなかった」
もし、あの部屋が鍵になっているとしたら。
「これはあくまで、最悪のケースを想定しているだけ。試しにいっぺん死んでみない、と命の安売りバーゲンセールを開催するつもりじゃない」
「選択肢を増やす。保険をかけておきたいってかな」
「保険というより、賭けだよ。どうなるかわからない。ふたたびループに戻れるとも限らないんだから」
瑠璃子は契約をしよう、といった。
もしどちらかが致命傷を負ったとき、死に場所はあの部屋にする。
そして。
「どちらかがいなくなったとき、もう一方の死に場所も、あの部屋にする」
「まさしく一蓮托生だな」
生き死にまでともにする。強い契約だし、断るのがだいたいの人間の判断だろう。
それでも俺は、別の答えを決めていた。
「瑠璃子がいうんだったら、いまさら折れるつもりはないんだろう?」
「見抜かれてたんだ」
「バレバレだよ、まったく。しかし、どんなかたちであれ、死ぬのはもうまっぴらだ。生き続けられる限り、しぶとく生命力を発揮するつもりだからな」
「そういうと思ってた」
もはや引き返せないところにきていた。それはきっと、いまに始まった話ではない。
たとえるなら、沼に足を踏み入れていて。
いままで半身が浸かっていたところ、いまにきて全身まで浸かってる。そんな感じだった。
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