第17話 調理実習は同じ班がいい

「瑠璃子、相当一誠くんにご執心なんだ」


 牽制をものともせず、神奈は淡々といい返した。


「ええ、私は一誠くんのことが気になって仕方がありません。誰よりも彼を知る女、になる予定」

「やめてくれ、気恥ずかしい」

「だって事実だもの。でなければ、監k……」


 いっている途中で爆弾発言だと察したようで、瑠璃子は口を閉じた。


「ともかく! 一誠くんを勝手に研究対象にするのはやめてほしいかも」

「拒否する。本研究は最優先事項であり、実施が中止されるのは緊急時以外ありえない」

「やっぱり折れないのね」

「譲れないから」


 神奈を封じ込めるのには大苦戦らしい。瑠璃子に屈さない鋼の意志がある。


「あーあ、ふたりで盛り上がっちゃってさ。ボクを忘れないでよ。一誠くんが超魅力的なら、ボクが手に入れる」


 悠はヘラヘラしながら述べた。


 はぁ、と瑠璃子さんはため息をつき、反論を開始。


「ペラッペラだね。悠の好きって」

「はぁ!?」

「要するに、『神奈も瑠璃子も好きなら、もしかして優良株かも』っていう相対評価。本能で求める私たちとは熱量が違う」


 くっ、と悠は口を歪ませた。


「だが、ボクは純粋に一誠くんのエム気質に間違いなく惹かれたっ!」

「甘い。最初に出てこない時点で、悠の愛はまだまだ軽い」

「……現段階では、認めざるをえないかも」


 神奈とは対照的に、あっさりと折れる悠だった。


 現在いまの状況を客観的に見ると、三大美少女に求められている、といったところか?


 彼女たちの本性を知らない生徒からすれば、垂涎ものだろう。


「みんなの思いは伝わった。だから――」


 周りの目もあるし、やめてくれ。


 そういおうとする前に。


「一誠くんは、香月瑠璃子と親しくすると決意するのだった、って感じかな」

「独占契約で研究の対象となると誓い、私との接触時間を増加させる、ということか」

「やっぱり従順なペットになりたいって感じかな?」


 次々とふざけたことを抜かす三大美少女たちだった。


「この辺で落ち着いてくれ。いろいろ大変だから」


 不満げそうに、ふつうの会話に戻る三人だった。


 向けられる視線も減り、安寧の食事タイムに入れそうだった。安寧といっても、あくまでさっきと比べれば、だが。


「しばらくイベント続きで、私の研究もさぞはかどりそうだ」

「調理実習、水泳授業、写生大会……どれもボクと一誠くんの時間にはぴったりだ」

「あれ、勝手にふたりきりで想定してる?」

「もちろん。他の人とは一線を画したいからね」


 嫉妬と負けず嫌いが入り混じった悠である。独占したい欲求は強いと見える。


「そういや、調理実習ってなにをつくるんだ」

「先週の授業、一誠くんは覚えてないの?」

「あ-、そうだな……」


 瑠璃子さんに尋ねられた。


 が、咄嗟にうまい誤魔化しなどできず、黙ってしまった。


「ま、覚えてないこともあるよね。たしかハンバーグを作る予定だよ」


 瑠璃子さんがさらっと教えてくれて助かった。


「いいね、ハンバーグ」

「あした、エプロンとか忘れないでね」

「危ないとこだった。サンキュー」


 思ったより直近だったな。


 原作に調理実習のシーンはなかった。カットされている場面なのだろうか。


「材料に関しては、事前に学校がそろえている関係で持参の必要はない。当日やるべきことは、ひとつ」


 淡々と神奈は語ったあと、熱を込めて次のようにいった。


「自由に班を決めていいとのことだ! だいたい四、五人とのこと」

「マジか」


 俺がひとり。三大美少女が三人。


 あわせると四人。小学生でもわかる。


「研究のさらなる発展に向け、一誠くんと同じ班を所望する。いいかな?」


 神奈に、髪をさっとかき上げながら見つめられた。


「ああ、同じ班になるのはオーケーだ」


 えもいわれぬ強制力を感じ、首肯する以外の選択肢が消滅した。


「私は一誠くんと結ばれる運命だから、当然一緒の班じゃないと困る。外したら、わかるね?」

「わかった。脅しなのがしゃくに障るが」

「悪態をつかれても、この瑠璃子様は気にしないのです」


 こうして三人目の班員が確定。


 そして。


「一誠くんさ、ボクがふたりの抜け駆けを許すタイプに見えるかな」

「見えないな」

「じゃあ、チーム三大美少女、ウィズ一誠くんってなるのかな」

「そうらしい」


 ……と、想像通りの四人班が爆誕した。出来レースもいいところだ。


 よろしく、と俺はひと言告げた。


「俺の料理技術は人並みだと思う。足を引っ張らないよう頑張るよ」

「私は長年の努力で腕には自信があるんだ。見せ場はすべて持っていくね」


 瑠璃子さんの料理は、申し分ないレベルだった。


 奇跡のハンバーグの完成に期待しよう。


「残念ながら、ボクはバカ舌らしい。なんでもおいしいと感じる口だから、味付けはスルーだね」

「大丈夫、適材適所があるさ」

「作業分担系は任せてもらおう」


 そうなると、神奈はどうなるのか。


「私の料理スタイル、一誠くんはわかる?」

「メニュー表の分量をミリ単位で同じにし、炒める時間と火の加減も的確に揃えそうだな」

「大正解。野菜の切り分けなどはお任せあれ」

「頼もしいよ」


 調理に関していうと、三大美女は頼もしいらしい。


 せっかくなので頼れるところは頼らせてもらおう。


 水泳という一大イベントの前に、まずはこっちが先に来るらしい。


 ハンバーグという響きは懐かしい。幼少期を思い出す。まだ家族との交流もそれなりにあった時期だ。


 家族……。


 俺が亡き後、現世あっちはどうなっているのだろう、といまさらながら考えた。


 ひとついいたいのは、俺はいちおう元気ってことだ。記憶を保持したまま新たな世界に転生したなんて、いっても信じてくれないだろうけど。


 食事中にもかかわらず、俺は過去に思いを馳せてしまった。


「おいおい、エム君。浮かない顔してちゃ、美少女との食事が台無しだぞ?」

「自分で美少女っていうのかよ」

「だって、ボクはかわいいもんね」

「はぁ? 私だってめちゃくちゃかわいいもん。人気ランキングは私の方が上」

「瑠璃子に負けてるとかありえないよ? ん?」


 瑠璃子と悠がくだらないことで言い合っているのを見て、いまはいまのことを考えようと思い直した。


 調理実習、どうなることかな。

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