第22話 情報提供と夜デートの提案

 家で時間をともにして、しばらく経った。


 いちおう陽は出ているが、もう夕方だ。


 ゲームにも飽きたのか、サツキは上を向いて目をつむっていた。


「考えごとか」

「休んでるだけ」

「サツキが悩むときは、いつも上を向くから」

「私が一誠くんの癖を見抜いているように、一誠くんも私の癖は手に取るようにわかるんだ」

「付き合い、長いからな」


 やっぱり一誠くんは一誠くんだな、とサツキはつぶやいた。


「ちょっとお願い、していいかな」

「お願い?」


 家でふたりでゆっくり過ごした。次はなんだろうか。


「デートがしたいの。いいでしょう?」


 サツキはさも当然のようにいった。


「デート!? マジか」

「本当」

「待て待て、瑠璃子さんや悠にバレたらただじゃおかないんだ」

「偉そうにはいえないけど、私たちって元々カップ……」

「そーいう話じゃあないんだ」


 この世界は『最凶ヤンデレ学園』。


 学園の女子はみなヤンデレ。


 三大美少女だろうとなんだろうと、等しく。


 逆上の原因を作ってはいけない。また、命の危機にさらされるなんて御免なのだから。


 むろん、こうしてサツキを家に連れ込んでいる時点で、ワンアウトは確定なんだが。


「下手に動き回ると、身の保証ができない。ここはそういう世界なんだ」

「どういうこと? 別世界に転生したのはわかるけど。一誠くん、なにか知ってるの?」

「正直話しにくいが、この際だ」


 相手はサツキだ。前世は同じ世界にいたのだ。


 有利になる情報を隠すのもずるいってもんだ。


「要するに、この世界は、だ。学園ものゲームの世界なんだ」

「学園ものって、いわゆるギャルゲーとかエロゲー?」

「そうだ。言葉を濁さずにいうとな」


 ふーん、とサツキは黙って俺を見つめた。


「変態」

「罵られても困るぜ」

「私と一緒のときも、二次元の女の子にうつつを抜かしてたなんて。当時の私が知ったら、どうしていたことか」

「プレイしたのはだいぶ前だ。小学生か中学生くらいのときに、悪友の影響でな」

「……ませガキ」


 蔑むような、冷たい言葉だった。


「罵りは受け入れる。まずはともかく、ゲームの概要を話そう」


 矢見やみ島という孤島で紡がれる、学園ラブストーリー。


 攻略対象の子はすべてヤンデレ。制作者の強いこだわりを感じるつくり。


 ルートは複数存在するが、基本的にヤンデレの逆上がラストにはついてくる。


 正直、人の心を失うとか、そういう類いのエンドが多い。唯一残されたハッピーエンドは、ハーレムエンドという始末だった。


 話していく内に、俺はよくこのゲームをやっていたもんだと改めて思った。


「なるほど、を好きになるための英才教育を受けたんだ」

「すくなからず影響されてるな」

「そうなんだ。ヤンデレマスターの一誠くんからすると、私ってやり過ぎだった?」

「度を超えてたぜ、このバーカ。もう恨み言はあまりいいたかないけどな」


 終わったことは変えられない。帰られるのは未来だけだ。


「……悪い、すこししらけさしちまった」

「仕方ないもの。一誠くんは間違ってない」

「わかってるならオーケーだ。前の話題に戻ろう。デートだっけか」

「うん。島のデートスポット、知ってるんじゃないかって」


 デートスポットか。


 そりゃたくさんあるさ。島はヒロインとのイベントが盛りだくさん。イベントの数だけ素敵な場所があるわけで。


「いつ行きたい?」

「きょうとあしたで、絶対に」

「だいぶ早いな」

「せっかく会えたんだし、行きたくて当然」


 自分の感情を前に押し出すあたり、サツキの根本は同じのようだ。


「オーケー。初夏を迎える前、天気はきょうもあしたも晴れ予報」

「できれば外に出かけたいな」

「外か。きょうに至っちゃもう真っ暗だぞ」

「きょうは夜景が見れればいいかな」


 となると、まずは。


「高台にいこう」

「あるの?」

「島で一番高い場所だ。星も綺麗で、広がる海も月に照らされて神秘的なんだ」

「そこがいい。一誠くんがおすすめするなら」


 原作では、高台はヒロインたちの告白の場として使われる場合があった。


 あまりにも綺麗で、自分などちっぽけに感じる美しさ――というのが、原作主人公の一人称による評価だ。


「じゃ、決定かな。すこし遠いけど、いいか」

「うん。一誠くんの側にいられるなら、どんな手段でもいいんだから」


 かくして、徒歩で出向くことになった。


 学園とは逆方向。だが、標高の高いところを目指すわけで。


 坂が続いた。この身体、運動不足のようでかなりしんどい。


「大丈夫そうか」

「うーん、ちょっと重い。この身体」

「黒川はあまり外に出たがらないもんな」

「そうみたい。どうにも、自分と違う身体はなかなか馴染まない」

「あまり無理はするなよ」

「うん。休み休みにいくつもり」


 原作では移動シーンを見るだけだったが、ここでは自分の足でいかねばならぬ。割ときつい。


 ベンチに何度か腰掛けながら、先に進んだ。


 途中で自販機を見つけて、冷たいジュースをあおった。


「ジュース、やっぱり炭酸なんだ」

「あぁ。透き通った水がピリッとするのがたまらない。かくいうサツキはコーラ」

「人の心みたいに黒くて綺麗。そして美味」

「やっぱり、サツキは変だよ」

「変態エロガキに変とはいわれたくない」

「異名が悪化してる!?」


 俺をからかって、サツキは喜んでいた。ふざけたものだ。


「こうしていると、一誠くんと一緒にいるなって感じる。幸せだって」

「そりゃよかったよ」


 いまは、サツキが幸せであればいいと思った。


 逆上されても困るってのもあるが、一度は惚れた相手、幸せそうな姿を見て悪い気はしない。


「頭もすっきりしてきたし、早くゆっくりいこう?」

「いやどっちなんだよ」

「心を躍らせつつも、足は着実に進めるって感じ?」

「だいたい理解したよ」


 道中、俺たちの会話は思い出話が大半だった。


 この世界はあくまでよその世界。きて間もないし、思い入れもあまりない。


 俺たちの大半を占めるのは、前世の過去だ。


 教師、クラスメイト、行事、それぞれのこと、生い立ち……。


 話しているだけで、懐かしさがこみ上げた。


 ノスタルジーに浸っている時間は、体感では短かった。


 が、実際にはもうすこし長かったようで、待望の高台がすぐそば、というところまで近づいていた。


「あとはこの階段、上るだけだね」

「……いくか」


 夜は更けてきた。


 階段の先に、矢見やみ島随一の絶景が待っていると思うと、心が躍った。

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