第23話 夜景とデート
高台に向かって階段を上る。
思っていたより長く、「グリコでもできそうだね」なんて話しつつ上を目指した。
「いよいよかな」
あと数段ともなると、もう景色は目の前に広がる。
「おぉ……」
手前には街が、そして奥には海がある。
都会のようなぎらつく眩しさはないものの、美しい。
幸運にも、俺たち以外に人はいない。貸し切り状態だ。
「どうかな」
「いい、すごくいい。島って狭いようで広いんだね」
「だな。実際に見て、気づくもんだね」
夜風が心地よい。耳を澄ませば、かすかに波の音が聞こえる。
「で、もっとすごいのが上だ」
「上?」
「空だ」
見上げると、きらめく星々が鮮明に見える。都会では考えられない星の数だ。
「こんなに見えるなんて」
「矢見島でもない限り、難しい。貴重な体験だよ、これは」
「……うん」
サツキの口数がすくなくなる。ただ夜空を見上げるだけだ。感動に浸っているのだろう。
無限に広がるようにすら思える星空。いま見えるのは、長い年月をかけて届いたもの。もはやその星は、寿命を全うしているかもしれない。
星も人も、生きてこそ美しい。命は燃やすからこそ輝くのだ。
いまのサツキは輝いている。新たな生を受け、望みを果たしたんだ。
だがなんだろう。
サツキは、完全には喜びきれていないように思う。躊躇だろうか、恐れだろうか。違和感が残る。
「もうすこし、側によってもいい?」
「かまわないよ」
ややあって、サツキは口を開いた。
身体を近づけ、お互いに腕を相手の背中に回した。
「一誠くんの身体はあったくて、ゴツゴツしてて、落ち着く」
「そうかな」
「私にとっては、そう。欠けたピースがぴったりはまるような、安心感。圧倒的な安心感」
遺伝子レベルで、サツキは俺を愛したンだろうな、と改めて感じた。
「しばらくこのままがいいか」
「このままじゃ終われない」
いうと、サツキは胸の報に顔を埋めた。短い時間だが、それだけで彼女には満たされた表情となった。
「五感で一誠くんを感じる。とっても至福」
「あまり調子には乗らないでくれよ」
「大丈夫、もうあと数回しか乗らないから」
「おっと、保険かけたな」
「己の衝動に自信がないって確信してるの。わかってるでしょう?」
「ドヤ顔で語るようなことじゃないぞ」
ふふふ、と相変わらず楽しげなサツキだった。
それから、高台の柵から顔だけ出して海を寄り近くで感じようとしたり、ぷらぷらと周りを歩いた。
終わりの合図は、明らかにカップルって男女が来たことだった。互いに気まずくなるのもあれなので、そそくさと退場。
「いい場所知ってたね。本当、最高の景色と時間だった」
「喜んでもらえてなによりだよ。きょうは、この辺かな」
「うん。本当はいろいろしたいけど……別の子の身体だし、私も気が引ける。またあしたもあるし」
「あしたか。放課後だよな」
は? と驚愕したサツキ。そして続ける言葉。
「あしただけは、だーめ。学校サボって、一日中デート」
「ズル休みってか」
「そうなるね」
「放課後からとかは」
「そこをなんとか。一生のお願い、一日だけだし、ね?」
サツキの必死さを受けて、むげにするのもなんかと思った。
一日で満足して、お互いが納得できるならそれでいい。
それに、どうしても押し通したいなら、事情があるはず。今回は認めよう。
「一日だけだ。以降は、あまり派手に動けないけどいいのか」
「大丈夫。あしたがあるから」
「了解した」
あしたは学校をサボる。そうなると、瑠璃子さんの朝食をいただくと面倒なことになる。事情をあっさり探られる。
そうなると、事前連絡が吉、定石。仮病をでっち上げ、朝から病院に行くと宣言。朝くらい作るといわれたが、無理を通した。
正直、寒い芝居だとは思う。
俺とサツキ――瑠璃子からすると黒川――の間で、なんらかの発展があったと、調理実習時に知っているわけで。
今回見逃してくれたのは、泳がされているだけだろう。罠でも許容でもかまわない。話が通った時点で、いまは勝ちだ。
帰りは、さすがにタクシーで帰った。次の日に備えてのことである。むろん、帰宅後はすぐに就寝するのだった。
翌日。
「おっはよー、一誠くん」
元気そうに出迎えてくれたのは、サツキだ。
俺が向かったのは黒川家だった。瑠璃子さんと会ったら面倒なので、外出時間を早めにずらしておいた。
「おはよう。サツキ、いい格好を選んだんだね」
かなり露出度が高い、それでいてかわいい服をセレクトしていた。
黒川はこういうのも持ってたのか。原作未登場キャラゆえ、素性に謎が多い。
「この身体の持ち主も、自分の個性を発揮したくてたまらないみたいだから」
「そうなんだな」
答えると、サツキも軽く頷いた。
では本題。きょうのプランはいかなるものか。
結論、やれることをすべてぶちこんだ凶悪プランだ。
ウィンドウショッピングに行くし、海に出て砂浜で遊び、屋台で飯をつまみ、そうかと思えば自然に戯れ……と、無理くりやりたいことをこなすかのようなスケジュール。
「正直、あまりいいルートじゃないかもしれない」
提言したはいいものの、サツキは退かない。当初の、一分刻みのギチギチスケジュールは却下したものの、なるたけ多くの場所を巡ろうという点は譲らなかった。
実際に動き始めると、意外とサクサクことが進んでいく。
俺はある程度原作での知識があるゆえに、さほど迷わず目的地に到着。
ぷらぷらと買い物をしていくのも、ゆったりはしていたがだらだらはしていなかった、
「いいのか、サツキのものは買わなくて」
なぜか、サツキは時分の洋服や物をさほど買おうとしなかった。
「うん。黒川って子、けっこういろいろ物を持ってるみたいだし、私は一誠くんが楽しむ姿を見たいから」
「ならいいんだが……」
かくして、俺は服屋でマネキンとなった。いろんな服を着るはめとなったが、それはそれで楽しめた。
ウィンドウショッピングは、意外とサクッと終わった。
次は海に行く。泳ぎはしないが、砂浜で戯れたいとのことだった。
時間はあっという間に過ぎていく。
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