第24話 ふたりのデート、皐月の隠し事
次なる目的地は海だ。
矢見島といえば、広大な海である。夏のピークシーズンとまではいかずとも、かなりの人混みだ。
海に出るのは意外とあっさり出られた。
「海が迫ってくる感じがする」
「きのうの景色とは違って見えるな」
「うん。実感をともなって迫ってくる」
海が、俺たちの五感を刺激して、最高なんだと訴えかけてくる。
照りつける太陽、無邪気に走る子ども。鼻をすっと抜ける潮の匂い、夏を思わせる空気の味。
「夏だな」
「本当にね」
今回は泳がない予定だ。もしもに備えて着替えくらいは用意しているが。
「まずは砂浜に降りて、屋台だね」
「あぁ、食おう」
砂浜へと降りていく。階段というには間隔が広すぎるものを慎重に降りる。
砂浜へとつくと、サツキはさっそく砂を掬った。
「あっつ」
……すぐに手からこぼしていたが。
「そりゃそうだろう。この熱気じゃ」
「熱さを舐めてただけ。これじゃ猫舌ならぬ猫肌かも」
「いえてるな」
「で、一誠くんは敏感肌。少々違う意味で」
いうと、サツキは俺の背中に指をすっと這わせた。思わず情けない声が出る。
「やめろって、驚くだろ」
「それって驚きより興奮なのかな、変態さん?」
「冗談じゃないぜ」
脳内に甘いものをやや感じたが、からかわれただけと思うとすっと冷める。
「俺をからかって楽しいか?」
「おおいに。心が躍る」
「……じゃあ好きにしていい。きょうだけの特別な」
しゃあ、とサツキは小さく声に出した。身体の方は大袈裟に反応を見せて喜んでいた。
建ち並ぶ「海の家」で買うのは、ジャンクフードに限る。
さくっとたこ焼きに焼きそばを平らげては、結局足りないという話になり、カレーとラーメンを半分に分け合った。
「こういうところで食べる、なんでもない食べ物が一番染みる」
「違いないな」
「もちろん、一誠くんの側にいるからってのもおおいにあるけど」
「うるせー」
「照れちゃってさ」
「なわけねーさ。誠心誠意、俺は――」
時分で口にして気づいた、失態。何度もやらかしている失態……!
誠心誠意!
無意識に口にしているとき、俺は。
「やっぱ大嘘。照れ照れのデレデレだ」
「あーはいはいそうですよ! 私は嘘がつけない人間です」
姿かたちが別人、つまり黒川であっても、サツキには惹かれてしまうのだ。
複雑な事情があり、拒絶したつもりになっていても、本能としては惹かれている。
むろん、サツキの行為自体は赦していない。心は複雑で矛盾している。
「じゃ、私の水着姿も本当は見たかったんじゃない」
「いちおう、男だからな。ただ」
「いまは別の子の身体だし、ためらわれる」
「よーくわかってるな」
「うん。だから見せない。私が私であるといえるのは、あくまで喋りと振る舞いだけだから」
いまの黒川の身体と、皐月の身体が脳内でオーバーラップする。
もしも皐月が海で泳いでいたら……。
あくまで妄想するしかない。失われた未来には、「もしも」が存在しないのだから。
飯を食べ終わると、砂浜に出て海を満喫しよう、という話になった。
最初は食休みがてら、他の人の観察をしていた。
「いま、かわいい人の胸、見てたでしょ」
「見てない」
「嘘だ。すっごく目線で追ってたよ」
「まじ?」
「視線の反復横跳びって感じ」
ここにきて、サツキの独占欲が顔をのぞかせる場面がチラチラ出てきた。
「できるだけ私を見て欲しいな。気を散らさずに、ね? 常にとはいわないよ」
「苦にならない程度に抑えるのが条件な」
「うん。一誠くんがそうしたいなら、きっちり従わないとね」
「そういうこと」
ぼぅっとするのにも飽き、今度は海に近づいた。
靴を放って、並がくるかこないかのチキンレースだった。
「おぉ、濡れそうで濡れない。このスリルがいいね」
「いうと思った」
「ほら、こんなふうに」
サツキは波が来る前にギリギリを攻めた。
でもって、波が引き返してくるときにダッシュで戻る。いわば自然のシャトルランを実行。
見事に引き返した。
「どう? すごくない?」
「すご……」
いう前に、波が想像以上に強く返り、サツキをちょっとだけ濡らしてしまうのだった。
「調子に乗りすぎたかも」
「だな」
砂浜を裸足で走り熱に耐えたり、砂の城をつくってみたり、海水をペロッと舐めてみたり。
ときどき休憩を挟みつつも、俺たちは海を満喫した。やれることはやってみたのだ。
童心にかえった俺たちは、海で時間のおおよそを使い切るかたちとなった。
まだ陽は出ているものの、夕方。さすがに体力も消耗していて、帰ろういう話になった。
サツキは替えの服を、俺はウィンドウショッピングで仕入れた新品の服とアクセサリーをつけた。
「夕食を食べたらさ、また高いところに行きたいな」
「高台か」
「今度は、もっと高いところ」
「タクシーかな」
「それでもいい。いきたいから」
夕食は軽かった。メインはデザートがいいとのことで、宣言通り甘物ばかりを堪能していた。
昔から甘い物好きであり、デートのときにはおいしいスイーツを求めていたな、と記憶がよみがえる。
きょうの話はもちろん、同じことを考えたサツキが、かつてのデートの話も持ち出した。
終わると、サツキは島で一番の高台にいきたいといった。
タクシーでいってもそれなりに時間のかかる場所。それでもかまわないとのことだった。
島でも人気の場所であり、カップルの聖地となっている。昨夜訪れたところも有名だが、こちらの方が人は多い。
露骨にいちゃついている人も多いことから、俺は別の高台を選んだのだが、サツキはここに来れて大喜びしていた。
じっくりあたりを巡ってから、またしても景色を眺める。
「世界は広いね」
「あぁ、ちっぽけな島に見えても、広い」
「どうして私がこの高台を選んだかわかる?」
「一番高いから?」
「うん。一番高くて、空に近いから」
悲しげで途切れそうな声で、いった。
「おい、サツキ。どうしたんだ」
「え?」
「だって、泣いてる」
一筋の涙が、流れていた。
「うそ、泣いてるの、私」
「見ての通りだよ」
「そっか。やっぱり悲しいんだ」
わけありげという感じを受けて、俺はまた尋ねた。
「サツキ、俺に隠してることあるよな」
「なんでわかるの」
「じゃなきゃ、こんなに楽しい日の夜に泣かないよ、サツキは」
そっか、とサツキははつぶやくと、意を決するように切り出した。
「だって、今夜で私が消えちゃうから」
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