第21話 皐月の懺悔

 調理実習は、クラス内に大きな動揺を与えて終わった。


 俺と「皐月」が倒れたうえに、三大美少女がバチバチやり合っていたとなれば、目立つのも当然なわけで。


「おいおい、いったいなんの騒ぎだ? 俺は点で追いつける気がしないぞ!」


 後の休み時間で、すぐさま友和ともかずに問い詰められた。


「大丈夫、俺も正直追いつけてない」

「もう三大美少女はお前に首ったけだ。黒川さんまで手中に落とされちゃ、三人ひとりずつの配分が台無しじゃねえか」


 俺、友和、あきらの三人で三大美少女をひとりずつ、なんて戯言をいった日もあった。

 土台無理な話になりつつあるね。


「世の中は理論通りにいかないらしい」

「くっそ……不平等なことだぜまったく。うらやましい限りだっ!」

「そう見えるんだよな、友和には」

「おいおい、幸せ者の苦労話は聞きたかないぜ」


 黒川=「皐月」の等式がほぼ成り立っているような状況で、うかうかしていられるか。


 どんだけ皐月の念が強いんだよ。並行世界のここにたどり着くなんて、訳がわからねえ。


 そこのところを、きょうの放課後で明らかにするのだ。


 ぼうっとする頭を無理に働かせ、残りの授業を流し作業で終える。


 ようやっと迎えた放課後、「皐月」と込み入った話をするべく、俺の自宅に向かった。


 突発的な行動に出られてもいいよう、護身の用意は充分にしている。


 家までのルートは、「皐月」に連絡した。時間差で来るようにしてある。


 チャイムが鳴る。おそるおそる扉を開けて、「皐月」を招き入れた。


「入っていい?」

「武器はないな」

「うん。大丈夫。安心して」

「それで安心できるほど、俺は間抜けじゃないぜ」

「本当になにもない。ないから」


 その言葉を受け、「皐月」を中に招き入れた。


「では、話をしよう」


 扉を閉める。他の人に聞かれることがないよう、万全の対策を施してある。


「いま俺が話しているのは、『皐月』で合っているのか」

「そういう一誠くんは、明石皐月の元彼氏?」

「……あぁ、その通り」

「ちゃんと成功してたみたいだね」


 嬉しそうにいっていたが、いったいどういうことだ。


「事情を話してくれ。どうしてこうなっているのか、考える材料が欲しい」

「うん。話すね」


「皐月」は、自らの哲学に基づいて動いた。俺の命を奪ってから、後を追うように逝ったらしい。


 新たな世界での邂逅を望んだのだという。


「強い思いは通じて、また別の世界で、過去の意識を受け継ぐ私たちは出会えた」

「神様ってのも本当に気まぐれな方らしい。信じられない巡り合わせだよ……」


 このゲーム、『最凶ヤンデレ学園』の女子は、みなヤンデレである。


 確かにサツキもヤンデレの部類ではあるが、反則もいいところだ。魂やら精神が別世界から移されてしまうなんて。


 ……それをいえば、俺だってイレギュラー。反則を重ねすぎて退場させられてもいいレベル。


 ゲームで予習した女の子だけではなく、前世の彼女まで気にかけねばならないとは。


「私は、一誠くんに会えて良かったと思ってる。どんなことをいわれるとしても」

「そうか。サツキ、正直、君のエゴで命を取られたこっちの身にもなってほしい。俺には残りの人生だってあったわけで、別の道だってあったかもしれないんだ」


 これだけはいっておきたかった。どんな望みがあろうとなんだろうと、人の命を取ってまで果たされるべきかについては、議論の余地がある。

「本当にごめんなさい。謝っても許されないとはわかってる。でも、それだからこそ、私は一誠くんを愛し直したいと思うの」

「愛し直したい?」

「そう。現実を捨て去らず、自分を現実の方に適合させる。その方がいいって、いまさら気づいたから」


 口では何とでもいえる、と思えど。


 三大美少女の黒川神奈として、結局俺たちは顔を合わせ続けるわけで、険悪なままでいるのもあれだ。


 それに、この世界では、ヤンデレと敵対するのは死かそれ以上の苦痛を意味するのだ。


 利害的な面でも、サツキと温厚な関係を築いた方がいい。


 そして、彼女の歪んだ心を癒やすため、そして罪の償いという点でも、きっぱり捨て去るべきではないと判断した。


「サツキの意見、よーくわかった。恋人として一からやり直そうとはいえないけども、正常な関係を築き直したいとは思う」

「一誠くん……」


 これが、俺の示せる妥協点だった。


「許してとはいわないけど、贖罪のためにも、側にいさせて。そして」

「そして?」

「他のどんな女子も違うなと思ったら、私を思い出して欲しい。とっても欲張りだと思うけど」

「欲張りだ。だが、それで精神が安定するなら、思うのは自由だよ」


 サツキの妄想は、天文学的な確率で現実化した。

 されど、実際に望みが果たされず、ふたりがただ命を失うだけの結果になっていたかもしれないのだ。


 結果オーライ、と単純には流せない。


 サツキを赦すには、気の遠くなるような時間が必要だろう。


「ありがとう。それじゃあ、ちょっとお邪魔していい?」

「すこしだけなら」

「付き合ったはじめの頃、思い出したいの」


 最初はよかった、と何度も思い返したことだ。


 彼女を歪ませてしまったのがなんだったのか、まだ聞けずじまいだけれど、そのうち知りたい。

「懐かしいね」

「昔の再現、いろいろやりたいな」


 お互いの家を訪れて、ただだらだらとする。お菓子をつまみ、一緒にゲームをする。ただそれだけである。


 ともに時間を過ごすことの楽しさを体感することができた。


 冷静で落ち着いたサツキは一緒にいて心地がよかった。


「こんな風に過ごせたら、よかったかもな」

「私もそう望んでた。だからいまこうして、理想を現実にできて、とてもうれしい」


 顔の形は黒川なのだけれど、繊細な表情の変化はかつてのサツキにそっくりだった。

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