第20話 悪魔は闇より目覚める【皐月side】

 * * *


 成果を得ようとすれば、相応の代償を捧げなければならない。


 私の場合、一誠くんとの幸せな来世という成果のため、今世では互いの命という代償を捧げた。

 一誠くんを現世から解放した後、私は自信に刃を向けた。


 染みるような痛みはじわじわと身体を蝕んでいき、呼吸するのもままならない。苦しみに支配される。


 成果のための苦行だと思えば、耐えられた。


 すべてが終わったと思ったとき、意識は暗闇の中に消えた。




 それからしばらくして、なにも見えない場所にたどりついた。身体の感覚はない。ただ、自身が存在しているとは知覚している。


 わけもわからぬ状態のまま、情報の渦に飲み込まれた。


 黒川神奈。生まれてから現在に至るまでの、彼女の記憶が流れ込む。一瞬のできごとではあったが、それにより彼女の記憶は私のそれと同等に引き出せるようになった。


 自分が皐月であると思い込んであるだけで、本来は黒川という女子高生だったのではないか。そんな疑念すら抱くほどに。


 すべては暗闇の中だった。意識はある。精神だけが残っている状態。


 おそらく、私は黒川という子のなかにいる。そして、檻のなかで閉じ込められているも同義。


 そんなな絶望的な状況でも、希望はあった。


 ある日を境に、黒川のなかに志水一誠という存在が目立ちだした。


 ――ここに、一誠くんがいる。


 私はついに達成したのだ。一誠くんとやり直せる、新しい世界線への到達に。


 こちらに渡る情報から察するに、私の知っている一誠くんの情報と綺麗に符合した。


 一誠くん。一誠くん、やっと会えたね。


 本来なら、人としての一線を越えるような真似はしたくなかった。純粋に幸せに生きる世界があればよかった。


 今度こそ、という思い。


 思いを阻むように、檻に閉じ込められた精神。


 枷を外し、檻から出る。意識を表に出さねばならない。近くに求めるものがあるのなら、手を伸ばすまでだ。


 虎視眈々と機会をうかがう。


 きっかけになったのは、黒川という子を含む「三大美少女」と一誠くんとの絡みだ。


 念ずれば道は開ける。この世界に来れたように、また道は開くはずだ。


 強く祈ることで、黒川の意識にすこしではあるが干渉できた。干渉されるたび、頭痛のような症状を起こしているとわかった。


 一度ヒビが入れば、風穴をこじ開けるのはたやすくなる。


 最終的に扉が開いたのは、調理実習のときだった。


 一誠くんがナイフを見たことで、過去の記憶がよみがえったらしかった。


 私と一誠くんは互いに影響し合った。前世から新たなるステージにたどり着いた者同士、感じるものがあったのだろう。


 わずかなきっかけで、私は「目覚めた」。


 世界に色がつく。他人事のようだった情報も、自分事として捉えられる。


 なにより、目の前には一誠くんがいる。至上の瞬間だった。これぞ、待ちわびていた光景ではないか、と。


 口元が自然と緩む。なんて私は幸せ者なのだと。

 超常の存在は、罪を背負った私を見捨てなかったのだと確信した。


「私は私。なにもおかしくないんだよ」


 変わり果てた姿を見て、誰もが動揺していた。


 一誠くんは顕著だった。私が降りてきたと悟ったみたいだ。冷静さを保とうと心がけているようだけど、身体は焦りを隠し切れていない。


 まずは、できあがったハンバーグを食べようと提案した。


 もはや、黒川神奈は、この明石皐月が乗っ取ったも同然。自分の好き放題にしたい。


 いただきますからノータイムでフォークを差し出す。


 あーんをするのだ。私が優位であり、本来の相手だと瑠璃子や悠に示すために。


「このくらい当たり前だったのに」


 強調するようにいうと、一誠くんはわかりやすく反応してくれた。


 まさか、目の前にいるのが私、つまり明石皐月だというわけにもいかない。


 この特殊な状況を理解しているのは、私たちふたりだけなのだ。一誠くんとだけの秘め事だ。


 あーんを拒否させることはしない。食べてもらう。これは必須事項だった。


 周りの動揺も織り込み済み。


「私の圧勝だとわかりきっているから」


 本来の黒川神奈らしからぬ強気な発言なのだろうけど、気にせず口にする。


 状況を打破するためだろうか、残りのふたりが予定をでっちあげた。見え見えの嘘だった。


 であれば、私も嘘に乗る。


 自分の手で、一誠くんとの時間を確保するのだ。

 運否天賦の勝負だったが、私に勝利の女神は微笑んでいた。


 一誠くんはいまだ警戒心が抜けていないという素振りだった。私はにこやかに放課後が楽しみだね、といったのだが。


 それもそうだ。自分の命を奪った相手、猜疑心を抱くのも無理もない。


 とはいえ、私はきっちり弁明したいのだ。自分の行動は、あくまで自身の哲学に基づいた行動であると。


 新たな依り代を得た私は、幾分か前世よりも気持ちが落ち着いている。


 時間はかかるかもしれないが、私はまだやり直せるのだと思っていた。


 まずは放課後、お互いの現状把握から始めよう。

 そして、私は輝かしい未来を手に入れるため、ふたたび歩き出すのだ。


 たとえその道が、修羅の道だったとしても。

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