第19話 正妻は復活する

 ――皐月だ。


 目の前にいるのは黒川神奈である。


 しかし、俺の直感は、こいつが皐月だと訴えかけている。


 おそらく、神奈の身体に皐月の精神が降りている。元々皐月の精神が眠っていたのか、まさにいま降りてきたのかはわからない。


 ここについては、俺の精神の問題にも関わる問題なので、答えを追い求めるのは今後としよう。 


「神奈? なんだかおかしいよ、取り付かれたみたいで」

「おかしい? 私は私。なにもおかしくないんだよ」

「なんだかいつもと違うような……つ、疲れてるだけなのかな」


 瑠璃子さんは混乱していた。それもそうだ。別人が憑依しているであろう現状、違和感を抱くのはなんらおかしくない。


「一誠くん、そんなことより早く食べよう? せっかくハンバーグを作ったんだし」

「そ、そうだな」


 俺が苦笑いをするのをものともせず、神奈――否、「皐月」はにこやかにしていた。


 確定はしていないが、神奈のなかに皐月の意識がある可能性は高いわけで。


 さしあたり、神奈を「皐月」と呼ぶことにする。


 確定し次第、ふつうにサツキと呼ぼう。


 三大美少女残りふたりは、やはり怪訝そうな感じで俺たちのことを見ていた。


「食べよう、一誠くん」

「いただくか」


 全員でいただきますという。すかさず「皐月」はハンバーグを差し出してきた。


「はい」

「ん?」

「見たらわかるでしょう、あーん」

「おいおいおいおい」


 唐突で大胆な行動を受けて、瑠璃子も悠も唖然としていた。


「おかしいことでもした」

「どう考えても変だろう。俺たち、周りの目を気にせずアーンをするような仲じゃないだろう」

「嘘だぁ。このくらい当たり前だったのに」


 わかったうえでとぼけている。


 正直、ここは探り合いの時間だ。「皐月」の現状がどんなものか知っておきたい。


 彼女も彼女なりに俺のことを探っている。とぼけたふりをして爆弾発言をしよう、などと虎視眈々と機会を狙っているのか?


「ほら、あーん」

「ことわ――」


 拒否するまでもなく、なかば無理矢理つっこまれた。


 いまさら吐き出すなんて無理なので、おいしくいただいた。


「うっま」

「タマネギも上々でしょう」

「そうだね」


 瑠璃子さんは目をパチパチさせていた。


「なに? 突然の参戦!?」

「突然も何も、私が最初にスタートを切ったからね、瑠璃子」

「実験だとかなんとかいってたけど、これはそれの一環!?」

「どうだろう。私がしたいことをしてるっていうのはあるかな」


 もはや「皐月」の暴走は止められそうにない。


「なるほどね。意表を突くような真似も辞さない、か。覚悟の現れかな。ボクも負けちゃいられないみたいだ」


 ピキピキと指を鳴らす悠は、完全にゾーンに入っていた。


「皐月」という、ほかふたりを突き放す異分子の登場が、相当の悪影響を及ぼすのは疑いえない。


「みんな、そう怒ることはないんだよ?」

「どうしてさ」

「だって、私の圧勝だとがわかりきっているから」


 だいぶ自信に満ちあふれている。前世の元彼女なので共有した時間は長い。おそらくこの三人の中では一番のはずだからな。


「いい度胸ね。私こと香月瑠璃子の方が一誠くんを理解している自信がある。確信しているわ」

「確信、か。どうなのかな。本当に、本当にそうなのかな」

「わかったような口をきくのね」

「だって、


 張り詰めた空気感に、俺は窒息しそうだった。


「オーケー。いったんこの辺にしとこう。他のみんなも動揺するし、なにより関係の悪化は嫌だ」

「そうだよね、一誠くん……平穏な関係を築かないとね」

「心の底から思うよ」


 正直「皐月」の腹の中が見えない。平穏な関係を築きたいと口ではいうが、実現不可能と悟れば、やすやすと一線を越えてくるじゃないか。


 吐き出したい気持ちは、心の奥底にしまっておく。


「どうも、人が変わったみたいで、ボクとしては理解が追いつかないな。やっぱり」

「私はずっと私。悠にとっての見え方が変わっただけで、私自身に変化はないもの」

「にしても、うむ……」


 瑠璃子さんも悠も状況は変わらない。


 俺と「皐月」だけが別のステージで会話をしている状態だ。


「一誠くんはさ、きょうも私と会うよね?」

「きょうもって、俺たちはまだ」

「ふーん、そっかそっか。まだ、だったね。じゃあ、いちおう初めてのお出かけとかどうかな」

「それはだな……」


 いおうとする前に、瑠璃子さんが止めてきた。


「お出かけ? きょうは私と用事があるはずじゃないかな、ね?」

「ん、あれ」


 そんな記憶はない。が、瑠璃子さんがウインクで必死で合図しているのを見るに、話を合わせろという指示であろう。


 が、不発弾たる「皐月」の意志に反するような発言はしにくい。真意を探っておきたい気持ちが大きかった。


「……あー、そうだったな。きょうは用事があるから仕方ないな」

「おっかしーな。一誠くん?」


 俺が少々おどおどしているのを見てか、悠はにやにやしながら口を開いた。


「きょうはボクとも用事じゃないか。一緒に出かける算段はつけたのに、ダブルブッキングとは浮気な男だな」

「くっ、その手が……」


 瑠璃子さんは小さく悔しがっていた。


「あらあら。どうも、悠も瑠璃子も、適当なことを抜かしているだけみたい」

「なっ」

「じょ、冗談よしたまえ」


 同じようにわざとらしく反論してはいたが、最終的にはバツが悪そうに目線を逸らした。


「結局誰も予定を入れてないんだから、じゃんけんで決めましょう。正々堂々と」

「仕方ないか」

「やってみせるぜ!」


 なぜか、誰が俺と出かけるかじゃんけんで決めることに。


 さいしょに出した手で、まずは悠が離脱した。


 その後は、瑠璃子さんと「皐月」との一騎打ち。なかなか決まらなかった。


 かなり連続で勝負がつかなかったが、最終的に勝ったのは。


 そう、「皐月」だ。


「ふたりきりで出かけられるね、一誠くん♡」

「あ、あぁ」


 生返事しかできない。現在の「皐月」について興味はあれど、いまだに恐怖心や不信感は抜けないのだ。


「放課後、楽しみにしてるねっ」


 満点の笑顔で笑う「皐月」は不思議に移った。


 身体はややおとなしめでミステリアスな黒川寒なのだ。


 あの子からはイメージできぬ、晴れ晴れとした笑顔を「皐月」はしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る