第9話 三大美少女は押しかけたい

 暴走した瑠璃子さんは、意外にもあっさりと帰してくれた。


 こちらの説得に根負けしたらしい。幸運といえば幸運だ。


 食事と風呂を済ませ、ベッドの上でぼうっとしている。きょうのことを振り返っていた。


 早々に監禁されるなんて想定外だった。原作の内容に縛られすぎることの恐ろしさを体感した。


 ヤンデレへの深追いは危ない。淡い期待はゴミ箱行きだ。適切な距離感を保つべきだと悟った。


「しかし、な」


 瑠璃子さんがあっさり退くとも思えない。一度抱いた感情を捨て去るのは難しい。


 きっぱりはねのけたことが、逆上を招くことだってある。皐月の際に経験済みだ。


 今回の場合も例に漏れず。


『一誠くん。今回は本当にごめん。急に暴走しちゃって。ただ、私は一誠くんを救いたい一心なの。決して悪いようにはしない。幸福な結末を一緒につかみたいだけなの。だから、これからもよろしくね』


 信念を曲げないと宣言するメッセージがきた。俺を救うため、ではなく、瑠璃子さん自身を救うためのような気もするが……。


 動揺っぷりと真剣さから見るに、なんらかの根拠があってのことなのか。


 それとも、妄想を現実と同じように捉えてしまう段階に突入しているのか。


 真相は不明だ。


 俺の中のセンサーが、瑠璃子さんは大丈夫だと、当初は告げていた。そのため、どこか引っかかる。瑠璃子さんを即アウトと判定して良いのか。


「結局は、話が通じれば無問題なんだよな」


 この学園の女子は、全員がヤンデレの素質を持っているであろう。


 どのルートをたどろうと、悲惨な結果が待ち受けているのだ。まだ瑠璃子さんなら許せるかもしれない。


 他のクラスメイトはどうだろうか。


 本日関わったなかでいうと、三大美女の残りふたりだ。


 三大美少女ナンバーツー、浅井悠。


 スポーツ系のボーイッシュタイプ。嫉妬心の強さと、ふたりきりの際のギャップが半端ではない。


 いまのところは、イタズラ心のあるクラスの女子、といったところ。


 問題は黒川神奈。


 プレイしていた『最凶ヤンデレ学園』には登場していないキャラクターである。


 本来いたはずの、三大美女・流川ながれかわ氷華ひょうかというクルーキャラの座を奪っている。


 神奈はクールというより底が見えないミステリアスなタイプだ。不思議な美少女だ。


 俺というイレギュラーがいるように、神奈も重大なイレギュラーだ。とりわけ気をつける必要がある。


 正直、他のクラスメイトも注意するべき何だろうが、メインが三大美少女なのは間違いない。


 詳しい性格まで知ることがなかったキャラクターはすくなくない。


「誰であれ、命さえ奪わなきゃまだマシ、って話なんだよな」


 いっぺん死んでみることで、広がる世界もあるらしい。


 リラックスしていたところを、一件の通知が遮ってきた。


「悠?」


 浅井悠からの通知だった。彼女からの通知は初めてだ。


 履歴を見るに、彼女とメッセージのやりとりをしたことはないようだった。


 それ以外の人とのやりとりは残っている。どれも知らない相手との知らないやりとりのはずだが、自分が送りそうな文言ばかりだ。いささかぞっとして、すこし見るだけで限界だった。


『やっほー、エム系男子の一誠くん。ユウだよ?』


 元気そうな文面はやはり、といったところだ。


『きょうは一緒にご飯食べられてうれしかったよ? 君のような逸材と出会えてボクも幸せだ』


 ただのはじめましてのメールだ、と思った。


 この段階では。


『それはそれとして、ひとつ気になったんだよ。君の放課後についてだ。香月瑠璃子と、どこほっつき歩いてた?』


 悠はバスケットボール部に所属しており、毎日忙しいはず。


 おかしい。


 ひと目をある程度避けていたはずだというのに。


 メッセージは、細切れで次々と送られてくる。ぴりついた空気を醸し出している。うかつに既読をつけられない。


『鼻の下を伸ばして手を繋いで。瑠璃子ちゃんの家まで一直線だったね。すごく楽しそうで幸せだった。やっぱり、遅刻コンビは仲がいいんだね。ボクには無理な領域だよ』


 おいおいおいおい。


 なぜ知っている。


 どこから見ていた?


 いつから見ていた? いや、いつまで見ていた?


 鼓動が早くなる。見えない壁が、すこしずつ俺の周りに建てられていく。そんな感覚だ。


 次の通知が来る。見たくないが、放置する方がよっぽど恐ろしい。


『でもね。ボクは悔しいんだ。瑠璃子が男の子を独占して、家に連れ込むなんてね。ずるいじゃないか。ボクが先に君を見つけたんだよ? 抜け駆けだよね? そうは思わないかい?』


 終わりだ。悠もできあがったヤンデレだ。


 この後になにがくる? どうする?


『部活動が休みだったのがよくなかったのだろう。ボクは君が出てくるのを見てしまった。だから、そのあとの足取りもわかる』


 行きだけでなく、帰りまで目撃されている。


 聴覚に意識が向く。こつ、こつという足音が聞こえる気がした。幻聴か?


『だから、いまからいくからな?』


 足音が早くなる。鬼が後ろから迫ってくる。


 悠ならきっと。


 くる。


 ――ピンポーン。

 

 ――ピンポンピンポンピンポーン。


 ――ピンピンピンピンピンピンピンポーンピンポーンピンポーンピンピンピンピンピンピンピンポーンピンポーンピンポーンピンピンピンピンピンピンピンポーンピンポーンピンポーン。


「はい」


 かろうじて声を出す。


『やっほー、一誠くん。エムな君のためにきちゃったよ』


 企みの笑みを浮かべた悠がいた。


 ここまで来させて、追い返すわけにもいかない。


 インターホンを連打するような精神状態なのだ。


 適当に追い返せるとも思えない。


 コンコンコンコンコンコン、とドアをノックする音。


 連続する音が、俺を駆り立てる。焦りが生まれ、選択肢が自然と狭まる。


 開けるしかない。


 同じ轍を二度踏まないと誓った後ではあるが、背に腹は代えられない。


 俺は恐る恐る扉に手をかけた。

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