第14話 男友達と歓談

「お、おはよう。悠さん」

「妙に他人行儀だねぇ。ボクたちの仲じゃないか。うん?」


 怒りをできるだけ抑ようと必死なのは伝わる。しかし、イライラはダダ漏れだ。ふたりきりならなにをされるか、考えたくもない。


「落ち着いてくれよ。顔は近いし、みんな不審がってる」


 小声で伝えると、悠はあっさりと退いた。


「周りが気になるか。仕方ない、今回はこの辺にしておくよ。瑠璃子にも伝わっただろうから」


 一瞬、瑠璃子さんの方へ目線がいった。あからさまな牽制だった。


「遅刻バディは仲がよろしいみたいだ。うらやましい限りだよ」

「これにはわけが……」

「理由なんてボクは知ったことじゃない。キミと瑠璃子がいい仲なのが引っかかるのさ」


 いって、悠は離れた。


「ボクも負けないから」


 捨て台詞を残して。


 朝から緊張が続いた。疲れを紛らわすべく、ふたたびうつ伏せようとしていたところ。


「おい一誠!? これはどういうことだ!?」


 クラスの男子が話しかけてきた。


 スポーツ刈りと鋭く細い目つきが特徴的な奴だ。


 俺はハッと気づいた。


 依田いだ友和ともかず


 原作では主人公の友人キャラのはずだ。


 気さくな性格であり、主人公の恋路を応援していた。そのみちの先は地獄とも彼は知らずに……。


「あぁ、友和。いろいろな」

「いろいろだとぉ!? きのうもきょうも、朝から香月さんと連れ添って。昼には三大美少女全員とメシを食い。さっきは浅井様にまで話しかけられ」


 すべてが筒抜けだった。周りは意外と気にしている。


「そこまで過剰反応しなくとも」

「お前にも春が来たんだって、俺は喜んでいるんだ」

「うらやましい、とか思ってるのか」

「あぁ、そうとも。一誠よ、前世でどんな徳を積んだら、三大美少女と懇意になれるんだ!?」


 友和は悔しそうに拳を握りしめ、顔を歪ませた。


 前世で徳など積んでいない。強いていえば、ヤンデレに殺されるという業を背負った。


 残念ながら、矢見やみ島は理想郷ではない。ヤンデレの集う「地獄島」である。


「あぁ、愛されたいぜ。追いかけられる身にもなりたい」

「楽しそうにいうもんじゃないよ……」

「やけに悟った風じゃないか」

「理想と現実はあまり一致しないらしいぞ」

「恵まれてるくせに理屈こねやがってよぉ。もっとうれしそうにしないと、三大美少女ファンから刺されるぞ」


 刺される、という単語に、俺は一瞬顔をしかめた。やはり、刺された記憶はしっかり傷として残っている。


「それもそうだな」


 現に、他の男子がざわめいている。


 どういう事情だ、金でも積んだのか、弱みでも握っているんじゃないか……。


 憶測混じりで好き勝手にいわれていた。しばらくすれば、噂に尾ひれがつく。どんな悪評が広がるのか、逆に楽しみだ。


「ごちゃごちゃいったけどよ、俺は一誠の味方だからよ。困ったらすぐ相談してくれよな。とくに三大美少女関連の話題は」

「優しいフリして、あわよくば、という下心はないよな?」

「い、いや。そんなことはないぜ? 友達だろう?」

「目が泳ぎまくってるんだよなぁ」


 欲に忠実だと、嫌悪感がない。友和なりの冗談もあるだろうけども。彼とはうまくやっていけそうかな。


 話が盛り上がってきたところで、もうひとりのクラスメイトがやってきた。


 顔に若干のモヤがかかって見える男――主人公くんである。


「サブじゃん」

「アキラでいいのに」


 おとなしい口ぶりの主人公くん。フルネームはサブアキラ? だろうか。


 顔があまり見えないけれど、他の特徴はあまりない。無限の可能性を秘めた、無個性……に、いまのところは見える。


「なんだ、一緒に恋バナトークをしたくなったのかな?」

「本当は恋愛体質じゃないけど、妙に気になったんだ」


 俺はすかさず、質問を口にしようと決意した。


「アキラ、気になるってのは恋の芽生えってことだろうか」

「どうだろう……最近、頭の中がいっぱいになる。あるはずのない記憶、香月さんに浅井さん、そして知らない女の子が頭をぐるぐるするんだ」


 原作主人公であったはずのサブ。


 本来の世界線の記憶が、わずかながら残っている。なかなか興味深い。


「恋なのかな、一誠くん」

「わからない。けど、きっと意味はあるさ」


 そうだね、とアキラは答えた。


 それから、三人で他愛もない話をした。


 夏が近い。そろそろ水泳の授業だと、友和は嬉々として語った。


 記憶が正しければ、何度か海で泳ぐ機会がある。


 原作だと、海でのトラブルがあった気がするが、いったいどのルートだったか……。


 安全第一、なにごともなく海での授業が終わってほしいものである。


 本日は水泳の授業に向けた健康診断があるようで、学生証があるか確認した。


 そこで、主人公くんの学生証を目にした。


 主人公くんの名前は、佐武さぶあきらとつづるらしい。


 迎える夏。


 照りつける日差しにさらされる。足下がヒリヒリする砂浜を駆け抜ける。そして、広がる大海原に飛び込む。


 考えるだけで胸が高まる。瑠璃子さんや悠の姿がどんなものか、自然と考えていた。


「一誠、いま絶対やらしいこと考えてただろ」

「違う。いろんな考えが捗るのは生理現象だ」

「認めてるじゃねえか」

「あっ」


 この男、友和になら、よこしまな考えをさらしてもまあいいか。


 近くにいた明は、クスクスと笑っていた。


 新たな世界。ここは女子だけがいるってわけじゃないのだ。男友達がいれば、すこしは精神的に楽になれそうだ。


 間もなく始まる水泳の授業。海でのイベントには、十分注意しなければな。


 自分と他人の命がかかっているのだから。

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