第12話 瑠璃子は朝食で胃袋を掴みたい

 転生初日を濃い密度で終えた。すぐには眠れなかったが、いろいろ落ち着いてからは、意識がすぐ飛んだらしい。


 頭があまりスッキリしない。眠りが浅かったようだ。時間を確認したところ、登校までかなり時間の余裕がある。


「適当に朝飯でも済ませるか……」


 我が家がどんな構造をしているか、完全に把握しているわけではない。


 冷蔵庫の中身は最小限だ。まともな朝飯を食べるなら、コンビニかスーパーで食材を仕入れる必要がある。


 時間は十分にある。眠気覚ましを兼ねて、買い出しに出よう。


 最低限の準備を済ませ、外に出た。


 ……日差しが強い。


 南国とまではいかないが、矢見やみ島は暑い。


 目指すは歩いて十分弱のコンビニだ。安さより手軽さだった。


 遠くを見渡すと、海が見える。ここが島であると改めて実感した。


 島を出るのは難しい。船の本数がすくなくいし、金もかかる。ヤンデレたちから逃げるハードルは、地理的な面でも上がってしまうのだ。


 コンビニの中に入り、菓子パンを物色していく。


 パンを手に取って見比べていると、トントンと型を叩かれた。


「おはよう、一誠くん」

「瑠璃子さん、どうして」

「君の自宅にいこう思ってたんだ。コンビニは寄り道」

「俺はもう病人じゃないんですよ」

「でも、日々を脅かす存在は消えていない。私はそんな危機から君を守ろうと――」


 熱心に説得しようとしていた瑠璃子さんは、途中で言葉を濁らせた。


「ともかく、別にこれは、一誠くんと一緒にいるための口実なんかじゃないんだよ?」

「こってこてのツンデレ構文じゃん」


 瑠璃子さんのいい分はわかる。


 この島はヤンデレの巣窟であり、下手をすると一発アウトになりかねない。


 きのう、悠が暴走したのは記憶に新しい。身の危険はすぐ側にある。


「私が君を守るから。他の子の暴挙から」

「でも瑠璃子さんも病んでるから人のこといえないのでは」

「病んでません。私は根っからのくそ真地面な人間です」

「まともな人間は監禁なんてしないよ」

「うーん、そうかも」


 あっさり認めていた。


「ていうか、両手に持っているものはなに?」

「けさの朝食だが」

「信じられない。育ち盛りの高校生がこれじゃダメだよ」

「いつも朝はすくなめだしなぁ」


 はぁ、と瑠璃子さんはひとつため息をついた。


「朝を粗食で済ませるなんて、君はよくても私が許さない」

「オカンみたいなことをいうね」

「うざがられてもいいよ。私が朝食を作ります」


 本日限定ではなさそうないいぶりじゃないか。


「今後も朝食を作りに?」

「断る理由はないでしょ」

「ありがたいけどな。まるで通い妻、その前に恋人みたいじゃないか」

「もちろんそのための布石だよ?」


 堂々たる告白だ。包み隠さずよくいえるものだ。


「胃袋から掴みにくるスタイルなのかな」

「そういうこと」

「しかしその、な。大変だし、今回限りで大丈夫だぞ」

「私は折れないよ。ここだけは絶対に。もし答えがノーなら、また監禁部屋で一緒に過ごそ?」

「……わかった、朝食だけなら」


 しゃあ、と瑠璃子さんは大げさに喜んでいた。声がすこし大きくて、周りから注意を向けられてしまった。


「コホン。失礼しました」


 大丈夫、と返す。


「瑠璃子さん、ああやって脅されちゃあ弱るよ」

「私としても、脅しや監禁は極力避けたいんだけどね」

「どっちも実践してるじゃないか」

「直近のは、やむをえなかったの。今後のためを思ってのこと」

「今後、ね」


 前世で『最凶ヤンデレ学園』の知識を得ている俺は、強くてニューゲーム状態だ。むろん、すべてが原作通りではなく、イレギュラーもつきものだが。


 ヤンデレとうまく距離を置かないとまずい、なんてこと、瑠璃子は知らないはずだ。


 知っていることをすべて話せたら楽なんだろうが、信じてもらえるとも思えない。


 それに、彼女たちがあくまで高次元の存在に創作されたに過ぎないと伝えるのは酷な話だろうし。


「おーけー。じゃあ、お言葉に甘えて朝食をいただこうかな」

「よかった。これで目標はクリアかな」


 まんまと瑠璃子さんの策に乗ってしまった。


 掴んでいた菓子パンを選ぶ。つぶあんのあんぱんにした。疲れた頭には甘いものを、だ。


「いったいなにを買うんだ」

「野菜と肉、卵。野菜炒めとスクランブルエッグ、そしてコーンスープ。そしてちょっと高めのコーヒー。これで大勝利でしょう?」

「最高の朝食だよ」


 サクサクと材料をかごに入れていく瑠璃子さん。


 俺が選ぶのを手伝うまでもなかった。


「コンビニだし、結構高いと思うんだが大丈夫か」

「私のもらってるお小遣いからすれば、全然痛くない出費よ」

「これが裕福な人間の余裕……!」

「気負いしないで。無理をいって押し切ったことなんだし」


 ありがとうございます、と礼をしながら手をこすり合わせて祈りのポーズ。


 レジでの会計で、派手な色のカードが見えた。


 ピッとするだけですぐに会計が終わっていた。


「高校生ってクレジットカード使えるの?」

「デビット。口座のなか、好きにしていいってパパ……お父さんがつくってくれた」

「とんでもないな」


 住む世界が違うというのを、俺は痛感するのだった。


 膨らんだ袋を提げて、家に向かって歩いた。


「すこし話しすぎたね」

「きょうもまた、遅刻チキチキレースってなったら勘弁だ」

「あまり懲りすぎないように気をつけるね」


 瑠璃子さんの足取りは軽い。追いつくのがすこし大変だ。


 横を向けば、日差しが海に反射しているのが見える。夏の訪れを感じずにはいられない。


「そういや、朝食って夏休みもつくってくれるのか」

「もちろん。夏休みだって油断して別の女の子が攻めてきたら一巻の終わりだから」


 また大げさなことだ。


 しかし、夏休みまで毎日朝食を作りにいくなんて、相当な覚悟がないとできないものだ。埋め込まれたヤンデレ精神の恐ろしさに震える。


「だんだんと一誠くんのお嫁さんになる計画を進めるから」

「外堀から埋めそうで怖いな」

「朝食の習慣ができたら、同棲も秒読みだもんね♡」

「俺は絶対そちら側には墜ちないぞ」

「どうだろう、できるかな?」


 やってみなくちゃわからない。瑠璃子さんの要求に流されるままになるか、どこかでラインを引いて距離を保てるのかは。

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