第27話 待望のプール回

 サクッと朝食を済ませ、登校。


 本日は水泳の授業だ。浮かれている男子が教室内で散見された。


 登校してすぐのときは、黒川の件で少々詰められた。いったん話が流れればこちらの勝ちだったが。


「我々のオアシスが到来する! 素晴らしき時代とは思わないか、一誠」

「大袈裟だし気持ちが悪いよ」


 水泳の授業ということで、友和はハイテンションだった。


 露骨に期待を表に出していたので、むろん一部の女子からは白い目を向けられている。三大美少女も含めて、だ。


「あ、あんまり派手にいわないほうがいいと思うよう?」


 明が戸惑いながらも友和を止めていた。


「これは譲れねぇ。乾ききった砂漠で飲み水を見つけたとき、お前たちは静かにしていられるか? そういう問題なんだよ」


 おぉ、と周りから声が沸き立つ。友和に賛同する男子がゼロではないことには、笑うしかないぜ。


 結局、俺たちはガキなのである。


 声には出さなかったが、よからぬ期待を抱いていたものもいよう。


 なにせ、俺もその一員なので。


 三大美少女が脅威であるとはわかっている。それはそれとして、魅力的なものがある。年頃の男子のさがってやつだろう。


 よくないことに、瑠璃子さんが、


「私の姿見てほしい。他の子は許さないけどね」


 といった趣旨の発言をしているわけで。


 意識する、なんてのは甚だ無理な話だった。



 水泳に至るまでの過程はカットしよう。たいしたことはない。


 ここのプールはいたってふつうのものだ。海で泳ぐ機会もあるってのは特殊だが、通常の場合はあまり特筆すべきところはない。


 シャワーを浴び、男女別々で集められる。


 男子が先に入り、準備を済ませていた。


 先生の説明を聞いていく途中で、女子たちが入ってきた。


「おぉ……」


 説明を受けながらも、友和は完全に意識を女子の方に持ってかれていた。


「そんなに気になるか」

「あったりめえよ! ボーナスタイムだぜ?」

「女子に嫌われたいのか」

「嫌われるのはごめんだ。それでもな、リスクを負っても求めたい景色が、目の前にあるのだよ!」


 おいそこ、と友和は当然ながら注意を食らった。熱くなりすぎである。


 やや冷めた目で友和を見てはいるものの。


 そういわれちゃ、ちょっとは気にする。


 女子はプールの対岸側に向かっていく。プールの短辺の距離が、俺たちの間にはある。決して短くない距離だ。


 遠く離れていても、三大美少女はすぐにわかった。放っているオーラが違うのだ。


 ちらっと目線を向けると、瑠璃子さんは待ってましたとばかりに目を合わせてきた。


 ウインクをして、イタズラっぽく笑った。


 ……なんてずるい人なんだ。あぁ、ちくしょう。


 嫌でもドキッとしてしまう。瑠璃子さんのあんな姿を見れば。



 水泳の授業とあって、むろん男女混合ではやらない。


 あくまで、何本かのレーンを挟んだ先にいる、というだけだ。


 だというのに、平常心を保ったまま授業に参加することができなかった。


 三大美少女のアピールがあったためだ。


 俺が視線を向けるまでもない。あちらから視線を向けてくる。


 で、ちょっとでも見ると自身の体型をアピールするようなポーズを一瞬取ったり、ニコッと微笑んだりする。


 向けられた対象は俺だが、他の男子が「三大美少女からの熱い視線とアピールを受けた」と勘違いしておおいに盛り上がっていた。幸せ者である。


 入れ替わり立ち替わりそんなことをするものだから、脳裏に彼女たちのシルエットが浮かんでは離れない。


 黒川は小さい。瑠璃子はそこそこ大きい。悠はめちゃくちゃデカい。


 おのおの違った魅力がある。脳内は情報で混乱している。


 いってしまえば、着ているのは単なるスクール水着だ。なのに、破壊力が半端ない。


 初回の授業の内容が緩かったからいいが、今後タイムを競うとかなるとおおいに悪影響を受けそうだ。


 水泳か観察か、どちらがメインかも断定できないまま、一回目の授業は終了となった。


「僥倖ッ! 天使は俺のためにに微笑んだな、一誠」

「安心しろ、あれは友和に向けられた媚びの類いではなさそうだ」

「うーん、僕もそう思うかな」


 男子更衣室にて。


 俺、友和、明で着替えている。


「おい、明。希望を抱こうぜ」

「どう考えても自意識過剰だよ。で、でも」

「でも?」

「誰へのアピールだとしてもね、いずれにせよ僕は眼福と思ったなぁ」

「同志よ!」


 大人しそうな明も、中身は男だ。気になるものは気になるし、うれしいものはうれしい。


 三大美少女たちから行動の意図を問いたい。示し合わせてやったのか、個人的にやったことなのか。


 そういうわけで、尋ねてみた。


 昼休み、それぞれに聞いたのだ。


「いったでしょう? 私だけを見てって。結局、他のふたりも見てたから、プラマイゼロだけど」


 そんなに他の子が気になるの、と問いただされては、俺も弱った。


「たとえ瑠璃子さんが美しいとしても、他に魅力的に映るものがあれば、目を背けられるかって話だ」


 なんて、火に油を注ぐ発言をしたために、すぐには解放されなかった。


 次に悠。


「やっぱり見てたよね。いやらしい目線で。君は残念ながら変態なんだね」


 そういわれた。


「残念なのが、他の子も同じくらい熱心に見てたところ。別に他の子を見ないでとはいわないけどね。ボクはトップに躍り出たいんだ。他の子への思いや嫉妬が不要とさえ思えるレベルでね」


 そして最期は黒川。


「他のふたりがアピールするなら、私もやらないと、って。肉付きはよくないけど、一誠くんの性癖に賭けた。凄く恥ずかしかったが、これは実験だから仕方ない」


 これまた黒川らしい回答だった。


 この時間帯の三大美少女は、プール後特有の湿気のある髪が目立った。見てはいけないものを見ている気分になった。ふだんは見れない姿なので。

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