第28話 瑠璃子さんの激重感情と、その理由

 ドキドキわくわくの水泳が終わり。


 俺を待ち受けていたのは、瑠璃子さんからの叱責タイムだった。


 三大美少女それぞれから、プールでなされたアピールについて、理由を問うた。


 それぞれ思うところがあったようだ。


 とりわけ瑠璃子さんは、俺が瑠璃子さん以外に気を囚われたことが許せなかったようで。


「放課後、私の家に集合ね。決定事項だから」


 と冷たくいい放った。


 拒否権はない。瑠璃子さんの隠しきれぬ怒りを抑えねばならなくなった。


 時間差で帰宅することにした。悠や黒川に怪しまれぬように、だ。


 俺が後から行った。チャイムを鳴らし、緊張しつつ中に入る。


 ソファに招かれ、瑠璃子さんは話を始めた。


「あの、瑠璃子さん」

「謝りたいことでもあるって顔をしてるね」

「あぁ。プールのとき、他のふたりにも気を取られてしまい、申し訳なかったと思ってる」


 謝るのもあれだが、瑠璃子さんの怒りを静めるにはこうするしかない。


「薄っぺらい、心のない謝罪はいらないの。本心じゃないこと、バレバレ」

「……」

「そんなこといわれても、って一誠くんは思ってるね? 全部わかるから、手に取るように」


 じゃあどうすればいいんだ。心の中で毒づく。


「どうするべきか? 考えてるね」

「俺の心の中が筒抜けじゃないか。読心術でも心得ているのか」

「そんな技術はないわ。でも、一誠くんを深く知っていれば、読心術のように考えを見透かせる。ふふふ」

「なにを企んでるんだ、瑠璃子さん」


 いうと、すこし悩んだようにして、口を開いた。


「一誠くんは、運命を信じる?」


 前にもどこかで聞かれたな。


「信じる。信じざるをえない、ってのが正しいかも知れないが」


 皐月のことがいい例だ。死してなお、新たな世界で会う機会を経た。短い期間だった。が、必然とすら思える偶然だった。


「私は強く信じる。すべての出会い、出来事には意味があると。一誠くんの場合もね」

「思わせぶりな口ぶりだな」

「ここまでは、料理でいうと下ごしらえ。本題はこれから。あの部屋に来て」


 私が一誠くんを閉じ込めた、と瑠璃子さんは付け足す。


 またしても厄介な目に遭わされるんじゃないかと不安になった。


 瑠璃子さんに悪意はないとのことで、密室を開く鍵を握らされた。


 無機質でじめっとした部屋に入る。


 中の本棚には、びっしりとノートや資料の類いが詰められている。


「この部屋がなにか、一誠くんには深く教えてこなかった。でも、今回は教えてあげる」

「どういうことなんだ」


 タイトルとして『一誠くん』と書かれた一冊を、瑠璃子さんは取り出した。


「なんだよ、それ」

「タイトルの通り、一誠くんについてのノート」


 パラパラと開く。


 俺は顔を歪ませずにはいられなかった。


 それぞれのページがびっしりと埋められている。


 俺の個人情報から好み、口癖、思考パターンなどなど……。


 俺に関するありとあらゆる情報が、ノートに集結していた。


 このノートの方が、俺のことをよくわかっていそうだ。


「もちろん、一冊には止まらない。他の子のものもある。とにかく、いろいろ」

「恐ろしいよ。人をそこまで分析してるなんて」


 ヤンデレが対象を深く知りたがる、ってのはよく聞く話だが、ここまで熱心だと感心する。


「なんでここまですると思う?」

「わからん。俺について調べても、どうにもならないっていうのに」

「どうにもならない、そんなことはないの」

「引っ張りのもよしてくれ。種明かしといこうじゃないか」


 結論を急がせると、瑠璃子さんはふっと笑った。


「話が早くて助かるわ。いまからいうのは、あまりにもぶっ飛んだ話で、信じてもらえないかもしれない。その前提の上で聞いて欲しい」

「あぁ、いいさ。いまの俺なら、なんでも受け入れられそうだ」


 ならよかった、と瑠璃子さんはいい。


「私、実はね」

「あぁ」

「何十回も送っている、というと」

「つまり、


 はなからおかしなこの世界。


 ヒロインのひとりが時間遡行者だといわれても、いまさら驚かない。ゲーム内でそんな設定などむろんないが。


 原作崩壊もいいところだ。


「なるほど」

「リアクション薄っ。ショックを受けないの?」

「そりゃびっくりさ。ただ、なにが起こっても別にありえる話か、と腑に落ちるだけだ」

「やっぱり今回の一誠くんは明らかに違うみたいね。話して正解だったかも」

「……まず、瑠璃子さんの能力について話して欲しい」


 時間遡行といっても、まったく同じ過去には戻らないという。


 クラスメイトが一部異なっていたり、前回とは違うイベントが発生していたり。


 いうならば、似ているがどれも異なった世界線に飛んでいるということ。


 俺の認識で変換しよう。


『最凶ヤンデレ学園』には複数のルートがあり、世界線が分岐する。


 一度エンドを迎えれば、また違うルートもたどれる。


 瑠璃子さんは、それぞれ違うルートを体験し、一個のルートが終わると、また同じセーブポイントに戻り、前回とは違う世界でやり直しを食らっている、ってことだ。


 考えるだけで恐ろしい。


「で、別の世界線に移るのは、どんなタイミングなんだ」

「……一誠くんが、壊れるとき」

「壊れるとき?」

「事故に遭ったり、命を奪われたり、精神崩壊を起こしたり……いうならば、バッドエンド」

「おいおいおいおい」


 この『最凶ヤンデレ学園』は、バッドエンド回避が激ムズ。そこは原作準拠なのかよ。


「ループしているのは、私と、最初の地点であるこの部屋だけ。いままでのループのときに集めた情報が、部屋に集結している」

「そういうことなのか」

「一誠くんについて詳しいのは、何度も別の一誠くんを見ているから」


 いうと、瑠璃子さんは深く息を吸ってて、続けた。


「私は、時間にして何年もの間、一誠くんを見ている。何度も助けようとして、失敗した。最終的に、別の子が、一誠くんを壊す」

「そうなのか」

「だから、今回で終わりにしないといけない。そのためには、君を一番知っている私が、一誠くんを深く愛すしかないの。結ばれるべきは、相手を一番知っている人だもんね」


 だから、といって、瑠璃子さんは。


「この部屋で、一生一緒に過ごそ? 誰にも邪魔されない、ふたりだけの場所。生きるためにはそれしかないの。わかるよね、大好きな一誠くん♡」


 震えた声で、瑠璃子さんは提案した。


 彼女の瞳から、ハイライトは消えていた。

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