第29話 時の超越者たちは理解する

 瑠璃子さんは、何度もループを繰り返していた。


 この事実は、常識の範疇を超えている。ただ、いまの俺は受け入れられる。


 記憶を保持したまま『最凶ヤンデレ学園』の世界に転生し、元カノの皐月に思わぬかたちで再開しているのだから。


「瑠璃子さんの気持ちはよくわかった」

「わかってくれる? じゃあ、やっぱり私と一緒にきてくれる?」

「いい提案だ。ただ、ふたつ返事はできない」

「どうして?」


 ほとんどがバッドエンドのこの世界。


 瑠璃子さんという理解者を経て、ふたりきりで生きるのも選択肢のひとつだ。


「いくつもの未来を見て、俺とふたりきりなのが一番という結論に至ったのかもしれない」

「そう。他の世界線を見て、知ってるから」

「知っている、か。なら、俺も同じだな」

「同じ?」

「この世界線の俺は、まったく別の世界線からやってきた」

「っ!?」


 虚を突かれた、といった表情だった。


 当然だろう。


 自分ばかりが特別と思っていたところに、少々似た境遇の人間がいると知らされれば。


「俺はこの世界を知っている。そして、この島の女の子によって破滅を迎えることも」

「……そういうことね。今回の一誠くんが、いつもと違っていて、予期せぬイベントばかり起こるのは」

「瑠璃子さんも異変には気づいていたんだ」

「えぇ。黒川って子の登場は初めて。いままでの三大美少女といえば、もうひとりは流川ながれかわ氷華ひょうかって子だもの」


 俺と同じ認識だ。


 そういや、流川ってどこに消えたしまったんだろうな。


 皐月の依代として、流川の代わりに黒川というイレギュラーが発生したって認識でスルーし続けていたが。


 それはそれとして、いまは俺のことについて、語らねばならない。


「この際だから洗いざらい話す。黒川は、調理実習から二日間、別の人格に乗っ取られていたんだ。俺を殺した元恋人の魂によってな」

「そんな……」

「信じられない、って顔をしてるな。俺もだ。次々と起こる常識外の連続と来れば、運命を信じずにはいられないんだよ


 瑠璃子さんからすると、理解に追いつかぬ状況らしい。


「いったん整理させて」


 そう、告げられた。


「一誠くん。今回の君は、どこまで知ってるの? いったい、何者なの」


 冷めた口調だった。警戒心があった。


「瑠璃子さんが、この世のことわりを超える存在だとすれば、俺も同じ超越者だ」

「抽象的ね」

「俺は、この世界が作られたものだと知っている。君のことも、悠のことも、矢見島のことも。主人公が破滅を迎えるエンドが多いことも」


 ここまで話してもいいのか、という躊躇いはありつつも、口が先に動いていた。


 瑠璃子さんは、俺のことを俺以上に知っているようなものである。こちらも手の内を明かさないと帳尻が合わない。


「要するに……私は創作物フィクションの登場人物だと」

「俺の世界だと、そうなるな。学園もののゲームに登場するキャラだ」

「へぇ」


 面白い、とこぼした。


「納得がいった。私が同じ時点から何度もやり直す理由。世界が分岐する理由」

「賢いんだな」

「正直、ショックだわ。でも――興味深い」

「マジか」


 想定外のリアクションだった。


「永遠に続くと思われたループのなかで、終わりの兆しを見つけた。一筋の光が差し込んだ」


 滔々と語る姿は、まるで瑠璃子さんが演劇のステージに立っているようであった。


「作り物? 知らないわ。私は血肉が通った人間よ。かりそめの感情だとしても、一誠くんを愛しているのは嘘じゃないもの」


 自分にいい聞かせるような口調だった。悪いことを伝えてしまったと思う。


 それでも。


 俺の未来を切り開くためにも、頼れるものはうまいかたちで頼るしかないのだ。


「で、一誠くんは私と一緒にならないならっていうなら、どうするの?」

「ふつうに過ごす。あまり他の子に深入りしないようにしつつ、ね」

「無理でしょ? 私は見てきた。一誠くん、悪い虫を引き寄せて厄介に巻き込まれる。たとえ望もうと望むまいと」

「それは、の話だろう?」

「っ!?」


 いい切ってみせると、瑠璃子さんは口をぽかんと開いた。


 俺は続ける。


「かつての志水一誠は、自身の境遇を知らなかった。だから、わけもわからぬままバッドエンドを迎えても仕方ない」

「今回は事情を知っているから、勝てるって理屈?」

「そうだ」

「ふたりして、強くてニューゲーム。可能性は以前より高いかもね」


 だとしても、と瑠璃子さんは否定する。


「そのやり方じゃ、一誠くんがハッピーエンドを迎える可能性はあくまで低い。私と一生一緒になれば……」

「平気だから、って論法か。そうとも限らないぜ」

「うそっ」


 そうでもないんだ、と俺は説明を始める。


 俺が瑠璃子さん以外に囚われないってのはハッピーエンドかもしれない。


 俺からすれば、鳥籠の中で、自由とラベルの貼られた「なにか」を手にするだけだと。

 

 ハッピーエンドの皮をかぶった、ある種のバッドエンドかもしれないと。


 だってそうだろう。最初から未来に目を遠ざけ、脅威から身を守ったって虚しいだけだ。


「俺は一度死んでいる。で、殺した相手ともういっぺん語って、思ったんだ」

「いったいなにを」

「可能性を捨てちゃダメ、ってことだ。俺はあいつをわかってやれなかった。もし、かつての俺に歩み寄ろうって意志があれば、最悪の結果にはならなかったかもしれん」


 これが、俺の本音だ。


 人と人とが別の意見を持つのはふつうであり、衝突は自然起こりうる。


 衝突を恐れてはいけない。一度ぶつかってみて、折り合いをつけるのも手だ。


「俺は人を理解したい。だから、瑠璃子さんの案を最優先とはいかない。可能性に賭けたい」

「……命知らずのバカなんだから、一誠くんは」


 瑠璃子さんはあきれた口調だった。


「そこまでの意思表示は、今回が初めて。不思議なことね。何十回とループした私が、人生二周目の一誠くんに説得されるなんて……」


 同じような日々を何度も繰り返す。正気の沙汰ではない。


 俺がダメになれば、ゲームオーバー。


 瑠璃子さんは、リセット地点に強制送還。


 強硬手段に出たくなる気持ちも理解できる。


 瑠璃子さんは、ちょっと上を見上げ、視線をこちらに戻した。


「わかった。この監禁部屋は、最期の手段で残しておく」

「ありがとう」


 えぇ、と軽く返事をされて。


「正直ね、あなたの命を奪った元恋人とか、別の世界とか、聞きたいことは山ほどあるの」

「だよな」

「今度詳しく聞かせてね」

「できる範囲でな」

「じゃ、ラストに忠告だけしておくわ」


 忠告とはなにか、と構える。


「この学園は戦場よ。他者理解を望むのはおおいに結構。だけど、誰がどこから狙ってくるかわからないわ」

「ゲームで散々見た。重々承知している」

「ならいいのだけれど……ゲームと現実ここじゃ、訳違うんだからね。一度死んだらおじゃんなんだから」


 瑠璃子さんの忠告を胸に刻む。


 そうだ。


 できるだけ平穏に、他の人と関係を築く。


 それはそれとして。


 ――ヤバいと思ったら全力回避、だ。

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