第13話 チェルシー嬢の秘密


 正式に外交部門が設立された翌日、リズベットは早速護衛件監視役のライネルを連れて、リッチモンド領へと向かい、チェルシーのいる屋敷へと突撃していた。王都からリッチモンド領へは比較的近く、旅程はおよそ半日ほどである。

 一方いきなり突撃されたチェルシーはと言うと顔面蒼白だった。その姿は何かやましい事していますと言っているようにも見え、尋常じゃない怯えように、そう言えばチェルシーはこういうキャラだったとリズベットは苦笑を禁じえなかった。

「久しぶりねチェルシー」

「こ、これはリズベット様、遠路はるばるようこそリッチモンド領へ……」

 貴族としてなんとか応対するものの、リズベットの笑顔に圧力を感じたチェルシーは、がくがくぶるぶるである。チェルシーはリズベットが来るという知らせしか受けておらず、何をしに来たのは謎のままであった。視線をせわしなく動かす彼女は恐る恐るリズベットに用件を伺う。

「ほ、本日は一体どのようなご用件で」

「色々あるっちゃあるんだけど」

「色々ですか!? い、一体どれの事だろう? ストローはやっぱりやりすぎた? それともタピオカの方? ……ま、まさかリッチモンド領完全水洗トイレ計画がばれたの?」

 何もしなくても勝手にぼろを出しまくるチェルシー、イチゴやストローとかだけでなく、トイレ事情の改善という壮大な計画を立てているらしい。

 衛生面の改善などはかなり大事な事で、トイレの件などは詳しく聞いてみたい所であったが、今回は別の目的で来てるので、リズベットは速やかに次の行動をする。カバンから紙とペンを取り出し、さらっと書きあげたのは、何らかの記号であった。

 リズベットはそれを見せつつ、チェルシーに問いかけた。

「チェルシー嬢、これって何か分かる?」

「っ!!? わ、わわわ分かりませんコトよぉ!!」

 思いっきり目を見開き、視線を泳がせ、口調も変になっている。絶対嘘を言っているに違いないと思わせるなんて、もはや一種の才能だ。チェルシー本人も失敗した自覚があるのだろう。


 何とも気まずい沈黙があった。

「………………」

「………………」


「……あなた、私が言うのもなんだけど、貴族なんだからもっと腹芸うまくやりなさいよ」

「ごめんなさい」

 今一、締まらない場の空気に脱力しながらも、リズベットはチェルシーにもう一度確認した。

「改めて問うわ。あなたはこれが読めるのね。聖女の文字が」

「……はい」

 リズベットが紙に描いて見せた記号は、聖女が使っていたとされる文字であった。

 何故リズベットがこの文字を書けたのか。その秘密はユーフィリアから渡された本にある。その本はかつて聖女が利用していたとされる物で、偽聖女事件の時に、教会の権威を守るのと引き換えに押収したものだ。

 その中身はまったく意味の分からない記号の羅列が書かれているが、日付のようなものが書かれている事から日記ではないのかと推測されている。聖女の文字を知らないリズベットに理解は到底不能であるが、それを見て模写する事は簡単だ。

 リズベットは聖女についての伝説を思い返す。聖女は異国の地から召喚され、闇を払って、大地を祝福した。この中でリズベットの気になったのは『異国の地から召喚された』という部分である。これがもし作り話ではなく事実であるのだとしたら。

 きっと闇を払うというのも、異国の技術を使って道を切り開いた。それは回りの者達から見ると奇跡のように見えた。そういう事なのではないかとリズベットは考える。そして祝福された土地とは、神のような力などではなく、聖女の知恵の賜物なのではないか。古くからの畑の土が別の場所でも使えるのがそれを証明していた。

 聖女がそうであったように、チェルシー嬢もまた想像もつかないような発明を次々やってのける。その知識の源はどこからくるのか。聖女と一緒、異世界からのモノなのではないか。そう思ったからこそリズベットは真っ先にチェルシーと話がしたかった。

 だがチェルシーがそれを隠そうとするのは分かり切っている。己自ら異世界人と公表していないという事は隠したい意志の表れだ。だからこそリズベットは聖女の言葉を踏み絵として使った。知らないと言い張っても、見た瞬間の態度を見れば知っているかどうか判別できると思ったから。結果はご覧の通りだ。もしかしたらと思っていたのだが、案の定チェルシーは聖女の言葉に反応して見せた。つまりチェルシーは聖女と同郷の者、すなわち

「チェルシー、あなたも異世界から来た人なの?」

「いえ、違いますよ」

「え?」

 ここで初めてリズベットは読み間違えをした。この期に及んで嘘をつくのかとチェルシーを見ても、さっきとはまるで違っていて、真っすぐな視線は嘘をついているように見えない。動揺が表に出てしまったリズベットは、慌てて冷静な仮面をかぶるが、内心では焦りを感じていた。

「私は召喚されたわけじゃありませんから。私は生まれも育ちもこの国です。しかし聖女様と同じ異世界で暮らしていた前世の記憶がある」

「前世の記憶ですって?」

 リズベットはその線を全く考えた事はなかった。でもよくよく考えれば、聖女と同じ異世界からやってきたにもかかわらず、何の騒ぎも起こらず、そのままリッチモンド伯爵の子となったというのは無理がある話だ。チェルシーはリッチモンド伯爵の実子として登録されており、養子になったという記録もない。

 故にチェルシーの語った前世の記憶というのはリズベットにはしっくりきた。

「だから私は異世界人じゃなくて、転生者ですね」

「転生者……」

「はい、それでリズベット様は私が転生者であると知って、どうしようとしているのですか?」

 とうとう本性を現したチェルシーの不気味な圧に、リズベットは息を呑む。

 彼女はひょっとして聖女と同じではなく、むしろ魔の者なのか? 転生者と言う者は国に災いをもたらす存在なのだろうか? リズベットの頭に様々な憶測が飛び交う。チェルシーの持つ得体の知れなさが底知れぬ恐怖を生む。


 しかし


「調子乗りましたごめんなさい! こういうのやってみたかっただけなんです!!」

 チェルシーのその魔王のような空気も、たった10秒程しか持たなかった。リズベットよりもやっている本人の方が耐えられなかったのだ。


「……はぁー」

 それまでの緊張感が嘘のように霧散する。

 やっぱりどこか締まらなかった。


 何ともちぐはぐなチェルシーに、リズベットは猛烈なやりにくさを覚え、頭をかかえる。

「あの、一つ確認なんですが、リズベット様は別に私を断罪しに来たわけじゃないですよね?」

「断罪って……だからあんなに警戒していたの。大丈夫よ。別にあなた悪い事しているわけじゃないし。そもそも疑いがあるのなら私ではなく、憲兵がやってくるでしょ」

「よくよく考えればそうでした」

「それとも何? 本当は何か悪い事してたり?」

 ジド目で睨みつけるとチェルシーは腕をぶんぶんと振って否定する。

「とんでもないです! 私は真面目も真面目、領民のためを思って頑張る極々普通の令嬢ですよ!」

 体全てを使っての全力アピールなんて普通の貴族はしない。見ていて楽しいやら騒がしいやら、これだけ素直な挙動をするのであれば、悪い事は出来なさそうな性格である。しかしながらさっきの圧もまた本物で、チェルシーと言う人物は何とも複雑な色を醸し出している。

「でも安心したらお腹すきました。どうやら話も長くなりそうですし、お茶とお茶請けを用意致しますね」

 そしてこの切り替えの速さである。このチェルシー、色んな意味で只者じゃない。どこか違う世界に生きているというか、地に足がついてないというか、これが転生者と言う者の特徴なのだろうかと、リズベットは頭が痛くなった。

 そんなリズベットの事なぞお構いなしに、チェルシーは己の従女にテキパキと指示を飛ばす。そしてリズベットに問いかけた。

「せっかくリッチモンド領にいらしたのですから、リッチモンドストロベリーはいかがです?」

「ああ、ごめんなさい。すっごく食べたいのだけれど、ユーフィリアに血祭りにされそうだから、イチゴ以外でお願いできるかしら」

「血祭りって随分と物騒ですね!?」

「ユーフィリアの甘味への拘りはすごいからね。抜け駆けは許さないってさ」

「どんな暴君なんですか!? あれ、これって不敬罪になります?」

 リッチモンドストロベリーが食べられない腹いせに、ユーフィリアの怖いイメージを刷り込んでいくリズベットであった。

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