第5話 ユーフィリアの奮戦
ユーフィリアが王子の婚約者となってから、真っ先に行った事はなんであるか。それは領主を失ったシュタイン領の補填であった。
シュタイン領の領民達を説得するのは骨が折れた。彼らは先代と違い無能なシュタイン伯爵を嫌っていたが、一方で聡明なリズベットの事を好いていた。彼女が王妃になったらシュタイン領は復活する。そう信じていた。
また公爵令嬢暗殺未遂を起こしたのはシュタイン伯爵であり、リズベットは無関係だったのも彼らの反発に拍車をかけた。無実であるのにもかかわらずなぜリズベットが罰せられるのか。庶民にとって一家断絶がある貴族のルールは不可解でしかない。領民は新しい領主を迎える事を到底受け入れなかった。
そこで体を張ったのはユーフィリアであった。ユーフィリアがいくら優れており、善人だからと言って、シュタイン領の領民にとってみれば、ユーフィリアはリズベットを陥れた仇敵だ。例え不敬とされても彼女を受け入れるわけにはいかなかった。
それでもユーフィリアはひるまなかった。無視されたり、門前払いされても不敬罪に問う事はなかったし、諦めずに度々シュタイン領を訪れては領民の説得を行った。彼女のひた向きな姿は領民の心を打ち、徐々にその態度は軟化していった。
「ユーフィリア様はどうしてこのシュタイン領にそこまで必死になるんですかね?」
それはやっとの事で話をしてくれるようになった、領民の一人からもたらされた疑問であった。ユーフィリアは顎に手を当て、思案する姿を見せると、穏やかな口調で答えを口にした。
「もしもの話ですよ? もし私が婚約者に選ばれないで、ハイブルグ公爵家が罪を背負わされたとします。もしそうなっていたとしたら、リズベット様はきっと我がハイブルグ領を助けてくれたでしょう」
「そう言い切れるのはなぜ?」
「だって私ほどリズベット様を知っている人はいませんから」
ユーフィリアの答えは単純明快であった。ユーフィリアには長い間、リズベットと競い合っていたという自負がある。ある意味ではハイブルグの人間の方がリズベットの事を知っているのだ。ハイブルグの人間は、敵として相対していたからこそ、客観的にリズベットの性格とその能力を把握していた。
「断言します。私は誰よりもリズベット様の素晴らしさを知っている」
言い切って見せたユーフィリアに領民は唖然とする。領民はユーフィリアが本気でそう言っているのだと、正しく理解した。
「本当にかないませんね。あなたのような人がいて、どうしてこうなってしまったのか」
領民がユーフィリアに白旗をあげた瞬間であった。領民である自分達よりも、リズベットに対し熱烈なユーフィリア、その熱意は受け入れざるを得ない。領民は思い知らされた。このユーフィリアもまた王妃たる器で、まぎれもないリズベットの好敵手であったと。
「見てみたかったです。ユーフィリア様とリズベット様が並んで国を導く姿を」
「私もそうありたかったです」
こうしてシュタイン領は新しい領主を受け入れる事になった。新たな領主にはユーフィリアの信頼する人物を送り込んだ。ダニエル・サランデル。一見軟派に見えるがその内面は実直であり、十分な功績をあげていたにも関わらず、開いている土地がなかったゆえに爵位をもらっていなかった人物で、元が平民である故、固定観念も持たないニュートラルさが魅力的な人物であった。
彼の優秀さは失うには惜しい人物であったが、それでもユーフィリアに迷いはなかった。またサランデル本人がリズベットを尊敬していた事も理由の一つだ。
リズベットは優秀な人材は貴族平民問わずに採用したし、だからといって貴族の優位性をないがしろにする事もしなかった。
平民と全く同じにしたら責任が重い貴族から不満が出る。だからきちんと賃金だけでなく、部屋、食事、など細かい部分に至るまで差はあった。ここでリズベットがうまかったのは貴族が正しくノブレス・オブリージュをした場合、シュタイン家から追加報酬がもらえた事だ。リズベットから直接でなく、貴族達が各々平民に対して施しを行い、彼らから感謝される事で、平民との良好な関係を築かせ、貴族としての自覚を伴わせる。
だから平民は例え貴族と基本的な賃金の差があろうとも、その貴族達から何かしら施してもらえるので、結果として普通よりもはるかに良い待遇で働く事が出来た。そして貴族達も人の扱い方を知り、それぞれ君主として頭角を現していく。
とは言っても、リズベットの祖父が引退してからのシュタイン領は赤字が続いていたため、リズベットのせっかくの案も大規模に行う事が出来なかった。しかし小規模であっても着実に実績を伸ばし続けていたのは確かであり、もしも例の事件が起こらなければ黒字化も見えていただろう。
サランデルはこのシステムにいたく感激した。彼自身元平民故、平民に尽くしたいのはあったが、今となっては貴族の大変さも知っていた。もしも自分が土地を持った際、どっちも良い生活が出来るようにしたい。でもその方法が思いつかない。
リズベットのしてきた事はサランデルにとってまさに天啓であった。残念な事に彼自身リズベットに話す機会に恵まれず、シュタイン家が没落してしまったため、その土地を授けられた事は心情としては心苦しいものがあった。
それでもリズベットの残してきたものを失わせてはならない。その一心でサランデルはこの地を治める覚悟を決めたのである。
やっとシュタイン領が落ち着きを見せてきた後、ユーフィリアは次の仕事として、教会が起こした問題について着手した。ある日の事、王都で聖女が現れたと話題となったのだ。召喚された女性には癒しの力があり、闇を浄化する事が出来る。彼女こそまさに聖女の生まれ変わりだと。
ユーフィリアは教会の行いにきな臭さを感じ、その真偽を探るため、裏で情報を集めた。結果として聖女の話は嘘であった。司祭の一人が次の司教、否、さらなる上の教皇の座を狙って、偽りの聖女を担ぎ上げたというのが真相である。
聖女は教会において、絶対的な信仰対象である。聖女は遠い異国の地から召喚され、世界の闇を払ったとされている故に。闇が払われた王国は繁栄の一途を辿ったとされ、その王国こそがユーフィリア達のフローディア国であるとしていた。フローディア国の穏やかな気候は聖女の残した祝福だ。教会ではそう教えていた。
だからこそ、もしもその聖女を再誕させる偉業を成し遂げられたら、教会においての自分の地位は不動のものとなる。司祭はそう考えたらしい。また司祭の夢物語に何人かの貴族が乗せられていたのも、頭の痛い話であった。彼らのほとんどは貧しい子爵家、男爵家のものであった。
その聖女に担ぎ上げられた少女こそが、今ユーフィリアの従女を務めるアシュリーである。
貧困街の孤児院に住んでいた彼女の容姿は現実離れしており、白銀の髪は神々しさを感じさせ、彼女の持つ金色の瞳にはなるほどと思わされた。
ユーフィリアにとって驚きだったのは、アシュリーが癒しの力を本当に持っていた事である。死人が蘇る、腕が生えるとかなかったが、軽い切り傷くらいであればアシュリーはいとも簡単に直して見せた。
小さな力であるが、稀有な能力である。そして彼女の容姿は良からぬ者たちをも引き付ける。孤児院の院長は良き人物であったようで、教会の司祭であればアシュリーを守れるのではと託したわけだが、司祭こそが欲望にまみれた存在だとは思いもしなかったであろう。
といっても司祭のアシュリーを信じる心は本気に近かったらしく、彼女が虐げられる事はなかったのは幸いであった。だがそれも今回たまたま運が良かっただけである。貧民という何もない身分で今後も安全に暮らせる保証はどこにもない。
結論からしてユーフィリアはアシュリーを保護する事に決めた。彼女の特異性はユーフィリアも認めるところだし、これ以上彼女の力を悪用されるわけにはいかない。
後はアシュリー本人がどう思うかの問題があるが、アシュリーは見た目こそ普通とはかけ離れているが、性格はその容姿に似合わずとても素直だったため、ユーフィリアの言う事を良く聞いた。これにはユーフィリアも安堵した。保護をすると言っても半場強制である。
ユーフィリアの守りたい気持ちは本物であれど、受け方によっては己の自由を奪う悪人ともなりうる。しかしながらアシュリーは賢く、己の立場を理解していたし、ユーフィリアを慕ってくれた。
ユーフィリアの従女となったアシュリーは貧民としては異例の出世で、献身的にユーフィリアに仕えてくれた。彼女がユーフィリアの役に立ちたいと必死で覚えた紅茶は、ユーフィリアが好きな甘いものとの相性が抜群で、ユーフィリアも休憩時間には大いに楽しませてもらっている。
二人は順調に友情にも似た主従関係を育み、お互い気を抜ける間柄へとなっていった。
そしてユーフィリアはアシュリーの裏切りによって惨殺される。
そうなるはずだった。
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