第45話 リズベットと奇妙な婦人
「とりあえずは今やるべき仕事はしたけれど……」
無事パルフェの協力を取り付け、帰路につくリズベットであったが、その顔はどこか晴れなかった。歯切れの悪いリズベットを見かねて、ライネルが尋ねる。
「何か心配事でも?」
「ええ、割と深刻な物が」
ライネルは素直に厳しいと答えたリズベットに驚きの表情を見せる。
「リズベット様が言うのなら相当ですな」
生半可な事では苦労と思わないリズベットの事だ。であればリズベットが抱えているのはどれ程の難題か、ライネルは戦々恐々とせざるを得なかった。
「ここだと誰が聞いているか分からないし、王宮に戻ったら話すわ。ユーフィリアも加えて」
「それがいいでしょう。恥ずかしながら考える方では私はあまり役立てませんからな」
「そこは適材適所ってやつでしょう。おじ様のおかげで私も安心して街を歩けるのだもの。感謝してるわ」
「護衛であるのでしたらお安い御用です! ……と言いたいところですが、高級な食器を運ぶのは気が気でないので、次からは別の方法を取ってもらいたいところですな」
袋に入った食器類は緩衝材で包んであるとはいえ、揺れるものは揺れる。ライネルとしては壊してしまいそうで気が気でなかった。
「食器は私が持っても良かったのだけど」
「それはそれで奇異の視線で見られますからなぁ」
ライネルにそう言われて、リズベットは令嬢が荷物を持って何かを運ぶ姿を想像してみた。そしてその背後には屈強な護衛が手ぶらでいる。平民や商人ならともかくとして、令嬢と護衛の関係であれば見ない光景だ。
「あー、見た目としてはアウトね」
リズベットとしても物を持つのは別に苦ではないが、変に注目を集めるのは本意ではないし、面倒事はゴメンである。
「でしょう?」
「でも本来守ってもらう側としては護衛が動きやすい方が良いのでしょうけれど」
「いえいえ、護衛対象であるリズベット様には安全な場所に避難してもらうという立派な仕事があります。ずっと危険な場所でうずくまってしまう状況にでもなれば、守る方も困難になってしまいますからな」
「なるほど、納得だわ……あら?」
「いかがなされました?」
何かを見つけたらしいリズベットにつられ、ライネルは彼女が見ている方向へ視線を合わせる。そこには一人の婦人の姿があった。落ち着きなく視線を彷徨わせている様子から土地勘がない事が伺える。
「あのご婦人、知り合いですか?」
「いいえ、ただ彼女の服が気になったの。ここでは見ない服だから異国の方なのだろうけども」
「女性の服は詳しくはありませんが、言われてみればそうですな」
「一見昔のフローディア国の流行っていた物に見えるけど、あんな細かな刺繍技術はなかったはずだし、相当に上等な物っぽいわね」
リズベットは近隣諸国の文化を学ぶ上で、それぞれの国の一般的な服の傾向についても学んでいたが、婦人が着ているそれについては、己が得た知識の中では当てはまるものがなかった。その事実が妙に引っかかったのである。
「だからといって貴族ってわけでもなさそうなのだけれど」
「護衛もなく一人で歩いていますしな」
「それに既視感とでも言うのかしら? 彼女の顔ってどこかで見たような」
リズベットの疑問を解消するため、ライネルは視線を凝らす。すると一つの可能性に行き当たり、そして納得した。
「ふむ、多分ですがユーフィリアの侍女のアシュリー殿ではありませんかな? 髪の色とかは違いますが顔は似ているかと」
「ああ、それよ!」
アシュリーが現実離れしている容姿とされているのは、彼女が白銀の髪を持ち、金色の目を持つ故だ。銀髪というだけならベオウルフも一緒であるが、アシュリーの髪はより輝きを放ち、どこか神秘的な雰囲気があった。
アシュリーを一目見た時のインパクトは抜群であり、それ故に同じくらい重要であるはずの顔が似ているが二の次になってしまう。ライネルがリズベットと違って答えまで辿り着けたのは、リズベットよりもアシュリーとの付き合いが長いからであった。
「でも親戚という可能性は低そうよね」
色が違うから違うとは言い切れないが、アシュリーはずっと放置されていたからこそ孤児院にいたわけで、今更ながらにアシュリーを探しに来る方が違和感があった。
探しに来るのであればそれこそ偽聖女事件があった時で良かったはずなのだから。
「杞憂だと思うけど念のためユーフィリアに報告しておこうかしら」
「そうした方が良いでしょうな。アシュリー殿は治癒の力がありますし、聖女として担ぎ上げられた事もありますので、彼女を利用したいという者が今もいるやもしれません」
「ええ、警戒するに越した事はないわね」
最後に一瞥した後、リズベットはその場から立ち去ろうと思ったが、どうにも足が進まない。何せ婦人はどこからどう見ても完全におのぼりさんであり、とても騙されやすそうな雰囲気を醸し出していた。
婦人の素性は怪しいが、もしも彼女が何か事件でも巻き込まれでもしたら、彼女の存在を認知してしまったリズベットとしてはばつが悪い。
「はー、仕方ないわね」
深いため息の後、結局リズベットは婦人の方へと向かって行く。それを見たライネルは笑いを禁じ得なかった。
「本当にありがとうございました。初めての異国でどうしていいか分からなくって」
「お役に立てたのなら何よりよ」
謎の婦人の名はアリエルと言った。彼女は相当なおっとりさんで、とりあえず王都に行きたいと考えていたらしく、それ以外は全くの無計画であった事にリズベットは頭を抱えた。放っておいたらやばいというリズベットの感は当たっていたのだ。
もちろん宿の手配もまだという事だったので、リズベットはただ道順を教えるのではなく、己自ら道案内をする事にした。ただ教えるだけなら絶対迷うと確信していた故に。幸いというか、当たり前の事ではあるのだがアリエルはお金はちゃんと持っていたので、宿で部屋の手配をし、ようやく一段落したのが今であった。
「フローディアの王都は治安は良いはずだけれど、流石に夜は女性一人で歩かない方が良いわね。食事はここの近所なら食べるところ沢山あるから、観光がてらに回ってみて」
「何から何まですみませんね」
人の良い笑みを浮かべるアリエルにリズベットはどうにもむず痒くなる。人当たりの柔らかさはユーフィリアを想像させるが、ユーフィリアの場合は『王妃としてふさわしい姿』として作られた部分もある。しかしアリエルの場合は素の状態でこれである。
こんな純粋な人がいるのが信じられないリズベットはアリエルに突っ込んだ質問をした。
「少し聞いてみてもいいかしら?」
「なんでしょう? 私に話せる事であればお答えしますが」
「あなたはどこの国から来たの?」
これでどういった反応をするかでアリエルのそれが演技なのか、本当に見た目通りの性格なのかが分かる。勝負に出たリズベットであったが、直後アリエルの予想外の行動に面食らう事になる。
「ああ、それなら答えられます。私はミリシアン国から来ました」
アリエルはあっさりと己の出自を暴露したのだ。
「……ミリシアン!? 嘘でしょ!!?」
リズベットが驚くのも無理はない。リズベットが過去に軟禁されていた場所はミリシアンの国境沿いであったわけだが、ミリシアン人は一度も見た事がなかった。五年間そこにいたのにも拘らずである。だからこそリズベットが暮らすにおいて安全とされたわけだが。
魔除けのアミュレットなどはミリシアン国の物であり、フローディア国でも見かける事があるが、一方でそれを作ったとされるミリシアン人はまず見ない。
隣国である以上関係性は大事である事から、過去にフローディア国はミリシアン国と何度か対談を試みた事がある。だがそのどれもが失敗に終わった。話が決裂したとかそういう話ではない。そもそも会う事すら出来なかったのだ。使者がミリシアン国に繋がる森を抜けられなかったために。
真っすぐ進んでいるはずなのに森を出たと思ったら、フローディア側の入口に戻っている。それ故ミリシアン国へと続く森は迷いの森と呼ばれている。
ではどうやってアミュレットを手に入れる事が出来たのか。グレッグとルリカと会う際、ユーフィリアはミリシアン制のアミュレットを持参していた。
その答えは手紙であった。
ミリシアンへと通じる森の入り口には古ぼけたポストが置かれており、そこに手紙を投函し、アミュレットを依頼するのだ。
アシュリーが魅了にかかった事件の後、魅了の危険性を重く見たユーフィリアが対策を強化するべしと思うのは必然であった。
何故ならそれまでのユーフィリアの知っている魅了とは、元の人間性は保ったままで、その人物の奥底の欲望を刺激し、方向性を与える事で成すものであった。だからこそ内に抱えているものが多い者ほど魅了にかかりやすい傾向にあり、それ故誰が危険などは予め想定出来た。
だがアシュリーにかけられたものは本来に人格関係なく、元の善良性をまるごと上書きするほどの強力なものであり、つまりは人を選ばない。たまたまアシュリーの周りの動きがきな臭いからこそ対処出来たが、偽聖女事件など怒らず、また防護魔石もない王宮の外でアシュリーと出会い、襲われていたとしたらユーフィリアとて無事では済まなかったであろう。
予期していない攻撃はかわしようがないからだ。
ユーフィリアは魔法による魅了という未知に対してはフローディア国は圧倒的に知識が足りない事を憂いて、これまで実現出来ていなかったミリシアン国との対話を求めたが、前述の通り会う事すら出来ない状況に頭を抱えた。
だが報告書に森の入り口にどういうわけかポストがあると知り、駄目元で手紙を投函してみたら、後日手紙による返答こそなかったが、代わりにアミュレットがぶら下がっていたという。
フローディア人に魔法を感知する力はないので意図は不明だが、アミュレットに施された装飾は素晴らしいの一言で、技術力の高さが伺え、決して手抜きではない事はすぐに分かる。そのアミュレットは偽物と疑うのは憚られる神秘性を誇っていた。
これまでずっとミリシアン国とのやり取りがなかったため、反応があったというのはまさに快挙であった。今だに姿は見せないし、不干渉を貫くが、魅了に何か思うところがあるのか、協力してくれる姿勢は感じられる。何ともちぐはぐな印象で、ミリシアン国はフローディア国にとって謎多き国である。
「にわかに信じがたい話であるけれど……」
本当にいるのかとすら噂されていたミリシアン人が目の前にいる状況に、リズベットは頭を抱える。自称ミリシアン人を疑うにも、そもそもミリシアン人を騙るメリットなんて、物珍しさ以外はないし、偽物だと糾弾されるリスクの方が高く、詐欺としては成立しない。
しかしながら本物か確認しようにも、本物のミリシアン人を知らないから正しいの基準が存在しないわけで。どうしようかと頭を悩ませるリズベットのかわりにアリエルに問いかけたのはライネルであった。
「アリエル婦人、一つ質問なのですが、フローディア国の通貨はどのようにして手に入れたので?」
そう、国が違えば通貨も違う。だからこそアミュレットを依頼する場合は金ではなく物なのだ。アリエルは一体どうやってフローディアの通貨を得たのか? ライネルの切り口は実に巧みであった。
なおフローディア国とグレイシア国では意外な事に共通の通貨を使用している。古くからの事なのでそもそもの経緯は分からないが、リズベットはなんとなくこれも聖女の仕業でないかと疑っている。
「それはこれを交換していただきました」
アリエルが差し出したのは石のような物であった。色んな色の石がキラキラと輝いており、その美しさにリズベットは思わずため息を漏らす。
「これは?」
「ミリシアン国ではこの輝石を通貨としているのです。フローディア国では珍しい物のようなので、これを商人の方に買い取ってもらい、こちらのお金を得る事が出来ました」
「それはどれ程の価格で?」
ライネルが懸念しているのは悪徳商人に騙されたのではないかという事であった。この石がミリシアン国内でどれくらいの価値があるか分からないが、フローディアでこの美しさは貴重なのは間違いない。
「えっと、確か……」
アリエルが示した金額は可もなく不可もなく、凄いぼったくられたようではなかった。幸いまともな商人だったらしい。といってもやっぱり基準がないためはっきりと言えない部分であるが。
もやっとした部分を抱えつつ、リズベットは頭を回らせる。悪人ではないのは察する事が出来たが、今まで出会う事のなかったミリシアン人ともなれば、なあなあで済ます事は出来ない。本物であっても偽物であっても。
「アリエル、フローディア国でミリシアン人は本当に存在するか疑問に思われているくらいで、誰もが見た事ないと言うわ。だからこそ疑ってしまうのだけれど」
「……それは仕方のない事ですね。我々はずっと外界を遮断してきましたから」
「誤解なきよう言うと、現時点の私の見解としては、あなたを白寄りに見ているわ。きっとあなたは嘘ついてない。ここで驕るメリットが全くないからね。でもあなたが本物のミリシアン人だったとしても疑問は尽きないのよ。これまでずっと不干渉を貫いてきたミリシアンの人が、しかも単身でどうしてフローディア国に来たのか。己がミリシアン人であるのを隠す事すらしないのもそう」
リズベットは感じていた。アリエルはとてつもないリスクを背負ってでも、このフローディアにやってきたと。
「こんなの強い意志、目的がなければありえない」
つまりはそういう事であった。
「教えてもらえるかしら、なんでミリシアン人のあなたがわざわざフローディア国へやってきた目的を……」
今ここで勝負に出ても良かったのか、リズベットには己の行動が吉と出るか、凶と出るか、分からなかった。それでもあそこでたまたまアリエルを見つけてしまった事、この出会いに意味がるのだとしたら、ここで日和ってもいられない。
リズベットは覚悟を決めてアリエルの返答を待った。
断罪する側と断罪される側、どちらの令嬢も優秀だったらこうなるってお話 kouta @kouta7714
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