第33話 ユーフィリアの後悔
何とも言えない暗い表情でルリカとグレッグがドナドナ(連行)されていく。ユーフィリアはそんな二人に対し、手を振りながら笑顔で見送った。完全に見えなくなった後、ユーフィリアは仮面を脱ぎ去る。
「全く反応しませんでしたねこれ」
ユーフィリアは首にかけてあったアミュレットを手に取る。
ユーフィリアはあえてアシュリーが暗示をかけられた件をルリカ達に話さなかった。そして相手の出方を伺ったのである。もしもルリカ達が黒幕、あるいは内通者だとしたら、危機的状況に陥った際、暗示によって離脱を試みるはずに違いない。
アミュレットとはすなわち護符、ユーフィリアのそれはただの飾りではなく、抗魔力に優れた特別性だ。魔法はフローディア国では馴染みがないが、隣国のミリシアンでは当たり前だという。今回は不発に終わったが、念を入れておくに越した事はなかった。
さらにユーフィリアは匂いにも気を付けた。暗示をかけるための最も良い環境は、相手の心の守りを無力化させる事である。心身共にリラックスさせ、まどろむような心地良さにさせる事で考える力を奪う。その状態を作るのに最も手っ取り早いのが匂いであった。
実はユーフィリアがアシュリーに持ってこさせた菓子と茶には、匂いによる暗示をさせないための中和剤が含まれていた。ユーフィリアの突撃は一見無鉄砲に見えたが、その裏で万全を期していたのである。
ユーフィリアがルリカとグレッグを信じたのは、問答による結果というよりかは、暗示に対して無知そのものであったからが大きい。それらしい会話しつつ怪しい反応をしないかを見ていたのだ。そのために首掛けアミュレットをあえて目立つようしていたのだが、二人はそれに対して無反応、完全に意識の外であった。
一応それらも演技の可能性があったが、ルリカ達が嘘をついている線も薄いと思ったのは、二人の隠れ家の内装が暗示には程遠かったから。暗示のためには雰囲気作りも大事で、そのための空間が必要なのだが、この隠れ家は雑多に物が置かれており、リラックス空間には程遠い。
家探しをしてみても、魔法アイテムもなければそれらしい粉もない。それがそもそも暗示を想定すらしていないという証明の様で、ユーフィリアは白という決断をしたのである。
冤罪を防げた事にユーフィリアは安堵のため息をつく。
「あの時、グレイシア人の仕業と確定しないで、冷静になれたのは幸いでした」
「私、余計な事を言っちゃっいました。大きな耳としっぽがある怪しい人って」
がっくりと項垂れるアシュリーに対し、ユーフィリアが擁護する。
「しょうがないですよ。そうなるように仕向けられていたんですから」
「私が誰に暗示をかけられたか思い出せればすぐに解決出来るのに……」
「良いのです。かえって思い出せない方が私は安心出来ますし」
「それは何でですか?」
ユーフィリアの意図が分からず、アシュリーは問いただす。
「思い出せないという事はアシュリーの命の安全が保障されているとも言えるのですよ」
「え?」
「仮にアシュリーが覚えていたとしたら命を狙われていたでしょう。それをしないという事は、相手にはアシュリーが絶対思い出さない自信があるという事になります」
アシュリーにとって命の危険があった事は衝撃的で、たまらず己が身を抱きしめる。
「ごめんなさい。私ユーフィリア様には迷惑ばかりかけていて……」
相手の弱点を持っていたら狙われるのは当たり前の事であった。アシュリーはそんな当たり前すら想定していない自分の短絡さに嫌気がさした。恩人であるユーフィリアを助けたいのに、結果としてアシュリーは守られてしまっている。
「アシュリー、あなたはよくやってくれています。ルークとシャルロッテが良い子に育っているのはあなたのおかげですよ」
「ユーフィリア様……」
「そもそもの話、私があなたを巻き込んだのです。あなたを守り切れる自信がないから王宮に囲うしかありませんでした。今だって私はこうしてあなたに罪の意識を背負わせ、拘束し続けています」
「そんな事!」
「ふふ」
「ユーフィリア様、どうして笑うのですか?」
「アシュリーは気づいてますか? 今私とあなたは立場が逆転しただけで同じ事になってるって」
「同じってそんなわけ……あ」
ネガティブな言葉を続けても、相手に気を遣わせるだけ。ユーフィリアは彼女自身それを実践して見せる事で、アシュリーに客観的にどう映るかを見せ、彼女にその生産性のなさを説いた。
「後悔や挫折は誰にでもあります。全てがうまく行った人なんているわけないのですから。でもそうした失敗があるからこそ今の私達がいるわけです。どうにかしようと足掻く私達が」
アシュリーはユーフィリアの足掻くという言葉で、自分にとって遥か上にいるはずの彼女もまた、悩みながら進んでいる事を理解した。
「アシュリー、過去を反省するのは悪い事ではないですが、引きずる事は良くありません。私達は先に進むべきなのです。今のあなたと過去の自分と比べてごらんなさい。どれだけ出来る事が増えましたか?」
ユーフィリアの言われてアシュリーは王宮に来てから、自分のしてきた事を思い返す。まず誰が見ても恥ずかしくない作法を学んだ。忙しいユーフィリアのためにお茶と菓子の作り方を覚えた。ユーフィリアの子供の世話を任されてからは、間違った事を教えないために勉学にも力を入れた。
ただがむしゃらに動いた日々であったが、いつしかアシュリーのお菓子の腕前はユーフィリアから太鼓判を押されるようになり、あやふやだった文字の読み書きもしっかり出来るようになった。
王宮に勤めるのは国のトップエリートの集団である。その者達と比べればアシュリーの成長は大した事はないかもしれないが、それでもアシュリーは胸を張って過去の自分とは違うと断言出来る。まだまだ実力不足ではあるが、今のアシュリーなら簡単に騙されない。着実に一歩進んでいる。
それを理解した途端、アシュリーはどこか心が軽くなった気がした。
「良い顔になりましたね。そう、あなたはちゃんと前に進めています」
「ユーフィリア様、私これからも頑張ります」
「ええ、期待していますよ」
アシュリーに激励の言葉を送りつつ、ユーフィリアは過去の自分を思い返していた。
後悔、失ったものに対する未練がどれ程空しいかユーフィリアは知っている。
偽聖女事件の後始末を終え、アシュリーが本格的に従女として働き始めた後、暗示の恐ろしさを身を持って体験したユーフィリアは、それまで以上に暗示についてを調べ始めた。知識を蓄えていく最中、ユーフィリアは己が見落としていたとある可能性に気づいてしまった。
それはリズベットの父が起こした公爵令嬢暗殺未遂事件の件である。リズベットはあの事件前からグレイシア人であるパルフェと交流があり、旧シュタイン領ではグレイシア国の商品が買えたという。
ユーフィリアが思うに、リズベットはきっとその頃からグレイシア国との友好を考えていたに違いなく、もしリズベットが王妃になっていたとしたら、レナードに打診していたはずだ。だからこそ嵌められたのではないか。
婚約発表の一週間前に起きたシュタイン派の子爵家の麻薬問題、リズベットは鮮やかに問題を解決して見せた。ユーフィリアとしては、リズベットは優秀だから出来て当然だろうと考えていたが、よくよく考えたら例えリズベットであっても、あの短い時間で最後の最後まですっきり解決したのには違和感が残る。都合良く売人まで見つかるなんて事はありうるのか?
ユーフィリアがさらに疑念を抱いたのはシュタイン伯爵に雇われたゴロツキどもについてだ。いくら素人と言えども計画の杜撰さには気づくのではないか。それに強盗ならまだ分かるが、ただのゴロツキが人を殺す程の覚悟を持てるとは思えない。
だがこれも前提を変えるとひっくり返る。偽聖女事件と黒幕が同じであったらこれも可能となるのだ。黒幕には暗示があるのだから。そしてこれはシュタイン伯爵の暴挙にも繋がる。
もしも公爵暗殺未遂事件が全て黒幕によって仕組まれた事であったのだとしたら。
この可能性に思い至った時、ユーフィリアは愕然とした。友とその両親に迫る魔の手を阻止出来なかった事を悔やみ続けた。だからこそユーフィリアは己の贖罪として、徹底的に調査を実地したわけであるが、まるで手ごたえがなかったのには絶望を覚えた程であった。
何が何でも友好へと至らせないという鋼の意志。フローディア国とグレイシア国は争うべきだとする激しい怒り。それ程の憎しみを抱えつつも冷静さは失わず、まるでしっぽを見せない狡猾さ。ハイブルグ情報機関を持ってしても見破れない相手。
それでもユーフィリアは足掻き続けた。その結果オーバーワークとなって倒れたわけだが、それによってリズベットが戻ってくるきっかけが生まれたのは、意地でも諦めなかった執念の賜物だろうか。
正体の掴めない相手ほど恐ろしいものはない。どのような行動に出られるか分からないから、ユーフィリアはこれまでルリカ達と接触しなかった。ここに来て方針を替えたのは、リズベットが戻ってきたからである。
単純に彼女が来てくれて百人力みたいなところもあるが、のっぴきならない事情もある。何せグレイシア国への友好の懸け橋となるリズベットは、黒幕にとっては何が何でも消したい相手であろう。
今度こそリズベットを守らなければならない。ユーフィリアは固く心に誓う。
そのためには守りに入っていては駄目だとユーフィリアは考えた。お互いの隙を伺っていてはこれまでと同じ、時間を無駄に浪費するだけである。だからこそ行動して、相手が動かざるを得ない状況まで持ち込む。
実際戻ってきてからのリズベットの行動力はずば抜けていて、恐ろしいスピードで事が進んでいる。このスピードは危険も伴うが、それ以上に強力な武器となる。ユーフィリアも振り回されっぱなしであるが、それは相手も一緒である。圧倒的スピードに耐えられず、絶対どこかで限界が来るに違いない。黙っていれば和平一直線。だからこそ阻止しようと何かしら行動を起こしてくるはずだ。
そこを一網打尽にする。
リスクは高いがやらなければならない。ユーフィリアの覚悟はとっくに決まっていた。
二人で良き国を作る。そして平和になった世で思う存分スイーツを満喫する。くだらない事かもしれないが普通こそがユーフィリアとリズベットの憧れだ。
「良い返事を期待していますよ」
ユーフィリアはグレイシア国のある方の空を見上げ、心の底からグレイシア国も和平を望む同士である事を願った。
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