第32話 ユーフィリアは笑顔で切り込む

 突如来襲してきた人は何と王女でした。ルリカとグレッグは泣きたくなる気持ちを抑え、要件を聞く。何せ今後の対応に自分達の命がかかっているのだから。

「王女ユーフィリアが何故こちらに」

 はっきり言って二人には見当もつかなかった。兵士とか来るのならまだ分かるが、何故王女が直々にやってくるのか。

「いえ、前々から話してみたいとは思っていたんですよ」

「……前々から?」

「この隠れ家の前にも三カ所くらい転々としてましたよね?」

「うげっ!?」

 本来であればここで表情に出すわけにはいかなかったが、ユーフィリアの情報は正確であった。確かにルリカ達は三回隠れ家を変更しているが、ユーフィリアが爛々とその悉くを言い当てるのだからたまったものではない。ほぼ最初から知られていた事実はルリカの仮面をいともたやすくぶち壊した。

「我がハイブルグ情報機関は優秀なんですよ!」

 ユーフィリアは笑顔で誇るが、それは誇張でもなんでもなかった。何せルリカ達の方は今の今までバレている事を知らなかったのだから。やばいかもと思ったのは偽王女の時が初めてである。この時点でルリカ達はユーフィリアに出し抜かれた事になり、情報戦で上を行かれた事になる。

 会話をルリカに任せている中、グレッグは裏で逃げる方法を探していたが、隠れ家の外には複数の気配を感じるし、隠し逃走経路に至っても封じられていた。最終手段は一人でのこのこと入ってきたユーフィリアを人質にとる事だが、それをやるわけにはいかない。

 そうしてグレッグは思い至った。だからこそ王妃が直接訪れたのだと。これでは下手な事は出来ない。一か八かの煙玉も、王妃を害そうとしたと判断されれば、戦争に発展しかねない国際問題である。今の時点ですでに状況は詰みなのだ。

 もはや逃げる事を諦め、グレッグはユーフィリアに問いかけた。帰られる可能性は低いが、それでも万一のために情報を集める。彼なりのプロの吟味であった。

「昔から知っていたのなら、何故今まで俺らを放置した?」

「いちいち諜報員を処分したって、また次の者達が来るだけでしょう? だったら知っている人達を置いておく方がむしろ安全です」

 ごもっともな話にグレッグ達は口を噤む。

「それにあなた達は、我が国にとって脅威となる事を別にしませんでしたからね」

 ユーフィリアの言葉を聞いて、グレッグの言っていた試されていた説が本当であった事にルリカは背筋が凍った。本当に紙一重であったのだ。だが一方でグレッグはユーフィリアの言葉に引っかかりを覚えていた。

 ユーフィリアの脅威云々の話は別にグレッグ達に伝えなくても良い事だ。それをあえて伝えたのには何か意味があるとグレッグは考えた。

「変な事を聞いてもいいか?」

「何でしょう?」

「今までの話を聞いていると、あんたにはどうにも俺達をどうこうしようとする意志を感じない。条件によっては俺達は見逃してくれると考えてもいいのか?」

「ええ?」

 ルリカは驚きで目を見開く。恐れを知らぬとはこの事だ。しかしユーフィリアはこれをあっさりと肯定した。

「話が早くて助かります」

「……あんたは俺達に何を望む?」

 早速交渉にかかろうとするグレッグを慌ててルリカが止める。

「ちょちょ、ちょっと待ちなさい! グレッグあなた、グレイシア国を裏切るつもり?」

「そうなるとは限らないぞ」

「え?」

「ルリカ、王妃がここにやってきた時、俺らの事何て言った?」

「何てってそりゃじゅうじ……あ」

 ルリカは思い出した。ユーフィリアは獣人の方とは言っていない。グレイシアの方と言ったのだ。散々獣人と言われていたルリカは少なくない感動を覚えたが、慌てて気を引き締め直す。

「そ、そんなの私達を懐柔するための演技かもしれないじゃない!」

「ああ、その可能性は高いな。でも話くらい聞いても良いだろ。どうせ今の俺達に選択肢はないしな」

「そう言う事です。まあ私の推測ではあなた達は白なので気楽に構えていてくださいな。アシュリー」

「はい、ユーフィリア様」

 グレッグとルリカはユーフィリアに呼ばれて入ってきた少女に目を丸くする。どういう訳かアシュリーの手にはお盆があり、その上にはお茶とお菓子が乗っていた。

「長くなりそうですからね。お菓子でも摘まみながら気長に行きましょう」



「う、美味しいわ」

 最初何か毒でも入っていないか警戒していたルリカであったが、どうとでもなれと口に放り込んだクッキーのうまさに驚愕する。グレッグも続けて摘まんでみたが、確かに味は良く、甘さが考えまくって疲労を感じている頭に染みた。

「はぐらかされても余計疲れるだけだろうし、一番肝心なところから行きましょう」

 頃合いを見てユーフィリアは二人に切り出す。

「過去にフローディア国であった偽聖女事件、それにグレイシア国は関わっていますか?」

 ユーフィリアがあまりにも直球でグレッグは驚いた。しかしここで気圧されるわけには行かない。ここでのやり取りはグレッグ自身の命、しいてはグレイシア国にも関わってくる大きな問題だ。直球には直球、グレッグは堂々と答える。

「関わっていないと断言しよう」

「では何故偽聖女事件の後、グレイシア国の諜報員は皆いなくなったのかしら?」

 過去についても把握されていた事にグレッグは心中で失笑したが、表情には出さずに淡々と答えた。

「それはグレイシア人が疑われているのを知ったからだと聞いている。濡れ切れを着せられては叶わないとな」

「なるほど。そしてほとぼりが冷めた後、新しくあなた達がやってきたわけですね」

「その認識で間違いない」

 それは問答と言う形の確認作業であった。すでにユーフィリアとしては答えを持っているにも関わらず、あえてグレッグに答えさせる。グレッグとしてもすでに知られている事を無理やり隠す事はしない。時間の無駄だからである。

「ふむ、とりあえず私の推察は正しかったみたいですね」

「ちょっと待って。私が言うのもなんだけど、そんなあっさり信じていいの?」

 何も議論なく終わりそうな会話に慌てたのはルリカであった。

「言ったでしょう? 私はそもそも白で見ているんですよ」

「話せる範囲で良いので理由を聞いても?」

「グレッグも何でそんなに怖いもの知らずなの? 相手は王妃なのよ!?」

「俺は今見たままを信じているだけだ。手錠もかけられてない。お菓子もお茶もある。罪人扱いならこうはならないだろう? それに疑いを持ったって今の俺らは逃げられない。だったら割り切った方がお得だ」

「それはそうだけど……んああああぁぁぁぁもう!!」

 信じられないと言った様子でルリカは騒ぎ立てるが、そこにアシュリーがすかさずやってくる。

「お茶とクッキーのお代わりいかがですか?」

「いただくわ!」

 非常識二人に囲まれては、常識人のルリカこそが異端となる。ルリカはもうどうとでもなれとお菓子に集中する事にした。ルリカはルリカなりに覚悟が決まったらしい。豪快にクッキーを頬張るルリカを笑顔で見守りつつ、ユーフィリアはグレッグに問いかけた。

「あなたは偽聖女事件の裏で起こった事を知っていますか?」

 柔和な雰囲気を持つユーフィリアの空気が変わった瞬間であった。

「裏とは? 引き継いだ情報にそういったのはなかったかと思ったが……」

 グレッグはひたすらユーフィリアの視線に耐える。ユーフィリアの言った事に全く心当たりなかった事が、かえってグレッグにとってはありがたかった。表情で隠さずに済むのだから。

「嘘をついているという感じではありませんね」

 やっと解放された事に安堵したのも束の間、ユーフィリアの告げた事実は衝撃的であった。

「偽聖女事件の黒幕の本当の狙いは私の命でした」

「なっ!?」

 グレッグは言葉を失った。もしもユーフィリアが殺されていたとしたら、怒りで冷静さを失ったフローディア国が、容疑者はグレイシア人と断定していたかもしれない。そうなると後どうなるかなんて分かり切っている。

「……戦争を起こそうとしたのか?」

「そうだと思います」

 偽聖女事件がそこまでの大事だとは思ってなかったグレッグは、冷や汗が止まらなかった。それまでひたすらクッキーを食べていたルリカの手も止まっている。

「どうしてあんたの見解ではグレイシア人は白なんだ?」

「私が狙われたからです。確かに私の死で戦争を起こす事は出来ますが、一方で勝つための布石が入っていません。私が殺されても私自身戦力としての価値はありませんから、フローディア国の武力は変わらないのです。むしろ民を激昂させてしまうでしょうから、グレイシア国は士気が非常に高いフローディア国と戦う事になります。これは完全に悪手でしょう」

「なるほど。わざわざ相手にとって最高の状態のお膳立てして戦うのは不自然だと」

「ええ、一方で王であるレナードは違います。戦争時には指揮系統の一番上になりますし、彼がいなければフローディア国に幾ら優秀な将軍がいたとしても、機能不全に陥ります。私がグレイシア国の者で、戦争を模索しているのであれば狙うのは絶対王です」

「慧眼恐れいる。あんたが王妃で良かった」

 もしも王妃が事件の上っ面だけを信じ、グレイシア国と断定していたら、戦火が広がっていただろう。王妃がユーフィリアであった事はグレイシア国にとって幸運な事であった。しかし腹立たしいのは両国をハメようとした黒幕だ。グレッグはこのこん畜生は一体誰なのかを推測する。

「ただ感情任せにぶつかるだけの無策な戦争、そんなのグレイシア国にメリットはない。フローディア国にも。悪戯に犠牲者が増えるだけだ。つまり黒幕はどちらにも属さない第三者か?」

「あるいは現王権に対してクーデターを考えている私達の国の誰か、ですね。そしてその誰かは今も見つかっていません。我がハイブルグ情報機関を持ってしても正体が分からないのです」

 グレッグ達や他の諜報員達の情報を把握していたハイブルグ情報機関の実力は疑いようもない。見破られたグレッグ本人としては微妙な気持ちであるが、それでもこの機関を出し抜ける程の実力を持つ黒幕の存在は無視出来るものではない。それはグレイシア国にとっても危険な存在である。

「大体理解した。何故俺らに声をかけたのか。国家機密級の内々の事情まで話したのか」

 こうなってしまえばする事はただ一つだ。

「共同戦線を張ろうというわけだな?」

「ええ、戦争を起こそうとしている危険人物はそちらだって排除したいでしょう? 少なくとも利害は一致しているはずですが」

「間違いない。だが事が事だ。当たり前の事だが俺の一存では決められない。確認するが俺達はこの話をグレイシア国へと持ち帰り、ここで聞いた話を包み隠さず話してもいいのだな?」

「ええ、もちろん。ここは協力しましょう。お互いの国ために」

 ここに契約は交わされた。ユーフィリアは念を押す。

「ただ話す相手はしっかり選んでくださいね。黒幕に気づかれては元の子もありません」

「言われるまでもない」

 格好良く返してみたが、これからグレッグ達が行うのはグレイシア国諜報員が発足して以来の大仕事である。グレッグの内心は不安で一杯であったが、きっぱりと答えて見せたのはせめてもの見栄であった。

「あ、後大変申し訳ありませんが、あなた達にはすぐ帰ってもらうのではなくて、もうちょっとフローディア国に滞在してもらいます」

「それは何故だ?」

「今我が国の者がグレイシア国へと行っておりましてね。それがとにかく行動あるのみの色々と凄い子でして」

 それを聞いてルリカはふとある人物を思い出した。ユーフィリアとは似ても似つかない癖に王妃を演じて見せたあの謎の人物を。

「それってまさか……あの偽王妃、とか?」

「あ、そうです」

 あっさり肯定するユーフィリアにルリカは素っ頓狂な声をあげる。

「姿見ないと思ってたら私達の国に行ってたの!? うっそでしょ!?」

「大丈夫だとは思うのですが、もしあちらで問題起こして捕らえられた場合、あなた達と交換って形にさせてもらおうかと。本当に大丈夫だと思うんですけどね? 一応保険として……」

 重ね重ね大丈夫と繰り返し、不自由ない生活は保障しますからと言うユーフィリアは怪しい事この上ない。まさかの偽王妃のせいで、人質にさせられたグレッグは乾いた笑みを浮かべる事しか出来なかった。

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