第31話 ユーフィリアは突撃する
獣人の国という呼び名はグレイシア国の蔑称である。フローディア国が穀物を計画的に育てているのに対し、グレイシア国では食料の調達を狩りに依存しているため、野蛮的だと見下しているのだ。
「だったらあんたらは漁業出来るかってーの。塩を作れるかって―の。うちで穀物出来なかったのは条件が違うからだっつーの。そもそも作れる土地ないからどーにもなんないの」
グレイシア国の諜報員であるルリカは、不機嫌さを隠そうともせず肉にかぶりついた。しっぽをぺしぺしとしているところからも、相当に機嫌が悪いらしい。
「随分荒れてるな。酒場の酔っぱらいにでも絡まれたか?」
同じ諜報員であるグレッグはやれやれといった様子で、相方であるルリカに何があったかを聞く。フローディア国にいるグレイシア人は少ないが、それでもゼロではない。二か国間でもめ事を起こすと色々と面倒なので、フローディア人はグレイシア人に対して表向き親切に接してくるが、酒が入ると本音が出てくる輩が多い。
「そーそー、あったま来ちゃってさぁ」
「問題起こしてないだろうな?」
「そこはプロですし、だいじょーぶよ。嫌な奴その一の財布すって、嫌な奴その二の懐に入れてきただけ」
「おまえ、なかなかにえぐい事してるな。まあバレなければいい。それよりも……」
「ええ」
ルリカとグレッグが視線を向けたのは、フローディアの国民たちが情報を知るのに使われる国の広報紙であった。あまり人気が少ない掲示板から一枚はがしてきたのであるが、そこにはレナードとユーフィリアの復帰の事が書かれていた。
二人は復帰の際、国民の不安を払しょくするため、大広場に姿を見せた。そして国王夫妻は健在であるとアピールしたのだ。あの時の事を思い出してグレッグは眉を顰める。
「一体これはどういう事だ? 王は隠すのがうまかったが、あの王妃さんは相当に参っていたはずだ。少なくとも前の生誕祭で見た時は、倒れるまでカウントダウン入っている状態だった」
グレッグが見たと言っても、別にユーフィリアの近くに寄ったわけではない。グレイシア人は聴力、視力が優れており、遠くからでも声が聞こえるし、顔色まではっきりと見える。特にグレッグの場合はグレイシア人の中でも最上級で、彼の眼はユーフィリアの疲労を見逃さなかった。
あれだけの疲労が簡単に抜けるはずがない。もう倒れるかと思った矢先、突如として現れた万全な状態の王妃ユーフィリア、その裏を看破するのは容易だ。
「偽物、なのは確定してるんだよ」
ユーフィリアに合わせて髪や眼の色を揃え、化粧を同じメイクにすれば、余程近くに寄りさえしなければ問題ないだろう。だが体格だけはごまかしようもない。ドレスを着ていて分かりにくかったが、それでもグレッグ達の視線はごまかせない。あの時に現れたユーフィリアは別人であった。
「でも」
「それにしては」
ルリカとグレッグは頷き合う。
「隙がなさすぎる」
明らかに偽物なのに、その偽物は完璧にユーフィリアをこなして見せた。演説のためのメモもなく、誰かから指示を受けた様子もなく、我こそがユーフィリアと言わんばかりに振る舞う。
「あいつ、気持ちが悪いくらい王妃なんだけど」
普通の人には持ちえない圧倒的な存在感、それを偽ユーフィリアは持っていた。
「王の方の偽物も侮れない」
「王の方はまじで似てるんだよね。でもこっちは多分……」
「ああ、レナード王には弟がいたはずだ。彼の可能性が高いな。前任者からの情報によると、ある時期から弟の方は見かけなくなり、病弱で療養しているとか、何かやらかして勘当されたとか噂されていたが」
グレッグの言葉をルリカが続けた。
「勘当は嘘で、元から影武者として訓練していたとか、そんな感じがするね」
王の方は大体分かったが、王妃の方は一体誰なのか。二人はこちらについてはまるで見当もつかなかった。
「王妃ユーフィリアに姉妹はいない。だからこそ彼女だったんだろうが。雰囲気はともかくとして見た目があまり似ていない彼女を使うのは、フローディア国としてもリスクは高かったはずだ」
バレる危険性は大いにあった。上手くいった理由は偽王妃の胆力でごり押ししたに過ぎない。つまりは個人技だ。さらに不可解な事もある。
「あいつ、一瞬こっちを見たような気がしたんだよね」
偶然なのかもしれないが、ルリカはまるで自分たちの存在を知られているような錯覚に陥った。
「俺らの正体に感づいている? いや、バレているのだとしたら何らかの行動があっても良くないか? それとも知った上で見逃されている?」
「……かえって凶悪なんだけれども。大物感ましましよ」
二人の困惑は極まる。あえて見逃す意図はどこにあるのか。必死に考えた後、グレッグは一つの答えに行きついた。
「ひょっとしたら誘われていたのかもしれない」
「というと?」
「もし俺らの正体がバレていると仮定した場合、王妃が偽物と噂を流す可能性を考えてないわけないだろう」
「目的がフローディア国の混乱であるのならば確かにやっていたでしょうが、もしも実際にそれをやっていたら……」
「俺らは牢屋の中だろうな」
「ぞっとする話ね」
別の道を取っていた自分たちの末路を考えて、二人は背筋が寒くなった。
「まあ偽王妃に見られたような気がするってだけの話だし、そもそもが杞憂の場合もあるが」
「もう少し様子を伺って本当にバレていると感じたら撤退しましょうか。出来れば偽王妃の正体を掴みたいのよね」
現在では本物の王と王妃が復帰し、偽王と偽王妃の姿が忽然と消えてしまった。王城にはいるのであろうが、その後何をしているかは分からないままであった。
「本当、あの偽王妃は誰なのよ……」
己の記憶を辿ってもかすりもしない謎の人物にルリカは頭を抱える。その矢先の出来事であった。
「ごめんくださいなー」
突然の来客にルリカ達は身を固くする。何せ今ルリカ達がいる場所はれっきとした隠れ家であり、そもそもバレてはいけない場所なのだ。ルリカはグレッグと頷き合うと、恐る恐るドアにある覗き穴を見た。そして固まった。
「お、おい。ルリカ、一体誰なんだ? 早く教えろ」
覗き見てから微動だにしないルリカに対し、グレッグは小声で催促する。それで我に返ったルリカはひきつった笑みを浮かべつつ、グレッグに説明した。
「王妃……」
「は?」
「だからフローディアの王妃がいるって言ってんの!」
「はぁぁぁぁーーーーーー!!?」
耐えきれなくなって叫ぶルリカ、ありえないと絶叫するグレッグ、それだけ大きな声という事はユーフィリアに聞こえるわけで、結果として二人が家にいる事を証明してしまった。しまったと思っても後の祭りである。ユーフィリアの声は歓喜に染まり、ドアを開けるように催促してくる。
「二人ともいるのですね! ちょっとお話したいので開けてもらえませんか?」
偽物の話をしていたら本物がやってきた。意味不明すぎる現状に大混乱だ。もちろんルリカ達には玄関口以外の逃走経路はある。だがここで逃げてしまうと私達やましい事していますと証明する事にもなるし、ここまで堂々と来たって事は逃走経路も把握されている恐れがある。ユーフィリアはハイブルグ情報機関を作った本人だ。情報戦は彼女が最も得意とする分野なのである。
「例の偽物とかの可能性は?」
「ばっちり本物よ! 流石にこの距離だと間違わないわ! もう訳分かんない!! というか偽物だろうと本物だろうと、ここまで来られている時点でやばいって!」
「そりゃそうだよな! ど、どうする!?」
「グレッグ、あんたの方が先輩でしょうが! 先輩の威厳を見せなさい!」
「だったら俺今から先輩やめる!!」
「逃げるなぁーー!」
二人が愉快な会話をしている最中、キィィとドアが動く音がした。その時ルリカ達は思い出した。ドアに鍵かけてなかったじゃんと。
「こんにちは、グレイシアの方々。私フローディア国の王妃、ユーフィリアです」
そう、ルリカ達は様子見なんてしている場合じゃなかった。二人が撤退するか話していた頃には、すでにユーフィリアはルリカ達の元へと向かっていたんだから。
ユーフィリアの満面の笑みがルリカ達には恐ろしかった。
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