第21話 リズベットは止まらない
ユーフィリアはリズベットの帰りを今や今やと待ちわびていた。早く答え合わせがしたい。こちらの成果を教えてリズベットに「やっぱりユーフィリアはやるわね」と言ってもらいたい。そして今後の事について議論がしたい。
ユーフィリアがかつて夢に見ていた、二人で国を支えるが現実となっているのだ。これが興奮しないわけがない。リズベットとする仕事は刺激的で、彼女の行動力の化身っぷりは凄まじいの一言で、ユーフィリアにはないものだ。
だがユーフィリアは見誤っていた。リズベットの行動力はさらなる高みへ行っている事を。
後日、王城にやってきたのはチェルシー一人であった。ユーフィリアは彼女が来た理由は大体察する事が出来た。ユーフィリアの思惑通り、リズベットとチェルシーはうまく行ったのだろう。
後はチェルシーが聖女と同じなのかだるが、それ以上に気になるのはリズベットの姿がない事だ。
ユーフィリアは凄く嫌な予感がして、チェルシーに問いかけた。
「チェルシーさん、その、リズベットは?」
「ユーフィリア様、大変申し訳ないのですが、リズベット様は……」
「な、な、なんですってぇぇぇぇぇ!!!!」
王城にユーフィリアの絶叫がこだました。
「くしゅん」
「大丈夫ですか?」
「ええ、ユーフィリアが騒いでいるのかしら?」
「もうチェルシー嬢は王都についている頃でしょうしなぁ」
現在リズベットと護衛騎士のライネルはグレイシア国行きの馬車に揺られていた。その中は普段見られない独特の雰囲気を醸し出している。何せフローディア人とグレイシア人とが一緒に相乗りしているのだから。普通の人が見ればまさに目を疑う光景だろう。
人が乗る馬車以外にも積み荷専用のものもあり、数多くの品が所狭しと詰め込まれている。これらのほとんどが商品であり、行った先で販売予定の物たちだ。その規模は商品だけで荷馬車三台分もある。
パルフェ商会、グレイシア人のパルフェが率いるこの商会は、フローディア国とグレイシア国を往復し、それぞれの国では珍しい物を売る事で成長してきた。リズベットはパルフェが旅商人だった時から知っており、立派に会長を勤める彼女に感慨深いものを感じた。
パルフェも自分を見出してくれた恩人のリズベットと一緒にいられるのは嬉しいのか、終始笑顔であった。
「リズベットの姉さんの思い切りの良さも相変わらずだねぇ。王都に戻ったっていうから少しは落ち着くかと思ってたんだけど」
「私がそんなタマに見える?」
「全然」
「分かってるならよろしい」
遠慮ない会話もお互いに信頼があるからである。実に楽しそうに会話する二人を見てライネルはしきりに感心していた。騎士であったライネルにとって、グレイシア人は厄介な敵という認識であった。
グレイシア国との戦いがあったのは遠い昔であり、ライネルが騎士になった頃にも、本格的に戦いになった事はないのではあるが、一番身近な仮想的と言えばグレイシア人であったし、最も警戒するべき相手であった。
そしてライネルは実際にグレイシア人と相対した事がある。ライネルは基本的にハイブルク家付きであるが、時に王家からの依頼で別の場所に行く事もあった。それがグレイシア国との国境の警備についている兵の教育である。
国境であるという事は反対側にはグレイシア兵がいるわけで。つまりは血気盛んな若い者同士で小競り合いが起きたのだ。その仲裁に入ったのがライネルである。
獣人と言われるだけあってグレイシア人達の身体能力は並外れており、苦戦したのをライネルはよく覚えていた。すでにベテランの域に達していたライネルは相手の動きを予測する事に長けていたが、若きグレイシア人の予想以上の速さには驚きを禁じ得なかった。
と言っても攻撃自体は見えてはいたため、その後ライネルは冷静に相手の速さを情報を更新し、相手の速さを踏まえた上でいなしたわけであるが。それでもヒヤッとしたのは忘れられず、グレイシア人には警戒すべしと心新たにしたのであった。
ライネルは思った。そんな危険と見なしたグレイシア人達と、どういうわけか一緒の馬車で談笑しているのだから、人生というのは分からないと。リズベットとパルフェだけでなく、周りでもフローディア人とグレイシア人が普通に談笑しているのだから、本当に気を許し合っているのが分かる。もはや感嘆するしかなかった。
(これが商人というものか。戦う術を持つわけでもない。法の秩序を担うわけでもない。だが何て逞しい事か)
リズベットがグレイシア国行を決めたのは、たまたまパルフェ商会が商品を仕入れにリッチモンド領を訪れたからであり、急遽決まったものである。
だが本人がどう思っているかは別として、リズベットはフローディア国では要人であり、本来予定外の行動はするべきではない。特に別の国に行こうとするなんて正気の沙汰ではない。だから本来であればライネルはリズベットの暴走を止めなければならなかった。
ライネルとてリズベットの目的を知ってはいたし、素晴らしい事だとは思っていた。でもどこか無理ではなかろうかと達観した部分があったのも事実だ。高き理想は夢物語でしかない。
しかしライネルの目の前で繰り広げられた会話は、彼の今までの価値観をぶち壊した。リズベットらの自然さはさながら日常の延長線上で、そこにはフローディアもグレイシアも関係ない。
夢のような光景を日常に昇華する三人は一体何者か、ライネルからすれば奇跡のような光景で、あり、また犯しがたい聖域のようにも思われ、止めるタイミングを失ってしまったのであった。
そんなライネルが冷静になったのは馬車に揺られて間もなくの事であった。
護衛騎士としての本分を一時でも忘れた自分に、ライネルは頭を抱える事になったが、結果としてそれで良かったとライネルは思っている。主人であるユーフィリアには申し訳ない気持ちで一杯であるが、この急きょ始まった旅をライネルはもはや止める気はない。
ライネルはこの度が今後のフローディア国にとって、重要になりそうな予感があった。それにライネルは自分自身、グレイシア人の素の顔に興味を持ってしまった。
その代わり、もしもリズベットに危機が及ぶようであれば何が何でも自分が守る。ライネルは胃痛に悩みながら振り回されつつも、どこか楽し気なリングアベルの気持ちが分かったような気がした。リズベットのやる事なす事がすべて刺激的なのだから。
それまで聞きに徹していたライネルが言葉を発したのは、自分もまたグレイシア人と積極的にかかわる覚悟を決めたからであった。
「しかしリズベット様はいつパルフェ殿と出会ったので?」
「彼女との出会いは、かれこれ八年前くらいになるわね。合ってるかしら?」
「だね。リズベットの姉さんにしては些細な事でも、私としちゃ人生最大の出来事だったからはっきりと覚えてるよ」
パルフェは両手一杯広げ、体全体で最大というのをアピールする。
「というと?」
「私が初めてフローディア人と取引が成立させたのは姉さんが初めてだったの。やってみなきゃ分からないって飛び込んだフローディア国だけど、なかなかグレイシアの商品は買ってくれなくてねぇ。途方に暮れていたところ姉さんが興味を示してくれて、何と全部買ってくれたっていう。あの時はびっくりしたなぁ」
「見た事ない商品が沢山あったからつい、ね。でも一番はあなたに興味があったから。異国で商売をしようとする気概と胆力を持つのは何者かって。もう絶対味方につけてやるって思ってたわ」
「当時の私は姉さんの目論見なぞ露知らず、素敵なお姉様に感激していたわけです。哀れな私はまんまと姉さんの術中にハマってしまったと。おっちゃんもなかなか大変でしょ? 姉さんに付き合うのは」
「はっはっは、そうですなぁ。老体の身には少々堪えはしますが、ボケ防止にはなりますわい」
「ああー、姉さん怒涛すぎてボケてる暇なんてないもんね。私も大変だったよ。売れたーって喜んでいたら、シュタイン領の名産物をお試し価格でたんまり買わせられて、グレイシア国で売れるか試して見なさいって言われるし。ただでさえ驚いているのに、追加で面白いものあったらまた持ってくるようにって。もうさ、気持ち整理させてくれーって」
やっと最初の一歩を踏めたと思っていたら、三段階くらいすっ飛ばしてしまった衝撃と言ったら。
「それからは徐々にシュタイン領以外でも私、商人パルフェの名は広まって行ったわけ。かのシュタイン領の令嬢が御用達って箔をつけてもらった効果は絶大でね。今やこうして商会の会長として活動させてもらっているの」
「素晴らしい!」
ライネルはハイブルグ公爵家の騎士のトップを勤めた事もある男であるが、若い頃からエリートだったわけではなく、己が身一つでのし上がってきた叩き上げである。故にパルフェの才能を見抜いたリズベットは、自分を騎士へと誘ったハイブルグ公爵を思い出したし、与えられたチャンスをがっちりと掴み取ったパルフェは自分と重なり、つい熱く叫んでしまった。
それにパルフェはリズベットにしてもらった恩を決して忘れてなかった。話を聞くにリズベットが平民となって、辺境の地に追いやられてからも二人の付き合いは続いていたという。
こうした忠義に厚い所もライネルとしてはポイントが高かった。礼を尽くす者は人として信頼できる。
「しかしよくこう幅広く人材を集めましたなぁ。色々大変だったのでは?」
「それに関しては無知は罪ってやつになるかな?」
「ほう、無知は罪とな」
「知らないから恐れているだけで、話してみれば案外気が合ったりするんだよ。先入観さえなければこんなもん。見た目がちょっと違うだけだし。うちの奴らも最初こそ喧嘩ばっかりしてたけど、喧嘩していても飯は食えない。喧嘩してる間があったら働け―って、やってたらいつの間にか仲良くなってたね」
「なるほどなるほど」
納得し、頷くライネルに対し、リズベットは笑いかけた。
「どうおじ様? グレイシア国との友好は決して夢物語じゃないと思うのだけれど」
その時ライネルはハッとさせられた。リズベットはかねてから獣人の国ではなく、グレイシア国と呼んでいた。それ自体は何度も聞いていたはずであるが、パルフェと話した今だからこそライネルにも見えて来る事がある。
リズベットの周りは獣人の国と呼ぶ者ばかりだったはずである。それでも彼女はグレイシア国と言い続けていた。ライネルはそこにリズベットの鉄の意思を感じた。それほどまでにリズベットは本気であったのだ。
リズベットはパルフェ達に敬意を持っている。だからこそパルフェ達も敬意で返す。一方ライネル達はどうかと言うと、そもそもの話、相手の国を正しい名で呼ばない。これは対等ではなく下に見ていると言う事だ。その事に今更ながらに気づかされた。
「はは、無知は罪、ですか。確かにそうですな」
「おっちゃん、リズベットの姉さんは無茶苦茶だけど、でもついていく価値がある。そんな人だよ。伯爵令嬢だからじゃない。姉さんが姉さんだからこそ好きなんだ」
それは何の雑念もない純粋な好意であった。
「そうでしょうなぁ。リズベット様じゃなければ、私もこうしてグレイシア国行きの馬車に揺られてないだろうしの。何が何でも王都に連れ帰っていたに違いない」
護衛対象がわざわざ守りにくい場所に行こうとするのを止めないのは、騎士としてあってはならない事。騎士の吟味を捻じ曲げてまでついていく事にしたのは、リズベットの見る世界をライネルもまた見てみたかったからだ。
そしてライネルの些細な変化をパルフェは見逃さなかった。
「おっちゃん良い人だね。ちゃんと私達の国の名前を言ってくれた」
「もう意地になる年でもないのでね。正しいと思ったらすぐに訂正するくらいの度量は持つべきであろう」
「いやいや、実際問題頭固い人って多いんだよ。こうすぐに切り替えられる人は凄い事だと思うね」
「ほっほっほ、後進を育成する身になってから、褒められるなんて久方ぶりですが、悪い気はしませんなぁ」
見る見るうちに打ち解ける二人を見て、リズベットは和やかな笑みを浮かべた。自分の想い描いた夢は間違っていないと。この景色を見ていると断言出来た。
「いがみ合わなくていいのであれば、それに越した事はないもの」
リズベットはかつての自分とユーフィリアを思い出す。今になってこそ言えるが、何とくだらない勝負であったか。競い合うのは別に良いが、憎しみを向け合うのは非効率的である。今リズベットは現場で、ユーフィリアは王城で、それぞれ適した場所でお互いやるべき事をしている。
随分と遠回りさせられたがやっとここまでこれた。
そう思ったリズベットは気合を入れなおす。
「さぁて、これからもうひと仕事しないとね」
目的のグレイシア国はすぐそこだ。
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