第22話 百聞は一見に如かず
パルフェの商会は信用がある。国境の警備兵達とはすでに顔なじみであり、今となっては長い付き合いだ。無論禁止品がないか商品チェックはされるが、パルフェ達は商品リストを見やすく制作しており、馬車内もきちんと整理されている。こうした見る側への協力的な姿勢がパルフェのうまい所である。
また国境にある兵達のための食事処にも一部の商品を卸しているため、彼女の商品の仕入れが食事のクオリティーに直結するともなれば、雑に扱うなんて事は許されない。パルフェが来れば警備兵も美味しい思いが出来る。
そんなWINWINの関係を作り上げた事により、難癖付けてくるような者は皆無だし、商品チェックはスムーズに行われた。あれだけの量があるにもかかわらず、僅か十五分程度で許可が下りた事に、リズベットは舌を巻いた。
「はぁー、大したものねぇ」
驚きの表情を浮かべているのはライネルも一緒であった。何せ彼の知る国境はもっと殺伐とした雰囲気であった。それが今では姿かたちこそ一緒とは言え、昔あったようなひりついた空気がない。これも何気にパルフェの功績の一つである。
国境の警備兵達は、楽しそうな雰囲気を出しているフローディア人とグレイシア人が、一緒に国境を渡るのを何度も見てきている。またチェック中の応対は基本パルフェが行っているため、他の商会のメンバーはほとんどフリーであり、待っている間時間つぶしに警備兵達と雑談する事も多い。
そしてパルフェ商会のメンバーにはフローディア人、グレイシア人、どちらもいる。そこでまたフローディア人とグレイシア人の交流が発生するのだ。確認の間という極僅かな時間ではあるが、塵も積もればなんとやらだ。顔なじみとなって来れば愛着も湧く。
それぞれの国の国境警備兵達はお互いに話し合ったりはしないものの、混成部隊であるパルフェ商会の面子とは会話しているので、フローディア人はこうである、グレイシア人はこうであると知っており、昔のようなむき出しの敵意はもはやなかった。
「いやはや、なんと言っていいやら。ただ籠っていては分からないと言う事を今更ながらに思い知りましたわ。国境がここまで変わっていようとは」
昔からは考えられない今の国境の姿を目の当たりにしたライネルの眼は輝いていた。
こうしてリズベット達は国境を難なく越え、とうとうグレイシア国へと入国を果たした。リズベットは未知の場所に胸を躍らせる。
リズベットは元から現場主義の人間であり、知識で学ぶ事以上に、実際に見て感じる事を大事と考えている。だからこそグレイシア国には来る機会に恵まれれば、絶対来ようと思っていた。肌で感じてこそ分かる事だってあるのだから。リズベットのポリシーは、それこそ先ほどライネルが感じたばかりだ。
「姉さん機嫌良いねぇ。まだ入国したばっかりで景色もさほど変わってないけど」
「パルフェにとっては慣れた道でも、私は初めて通るからね。未知のものを知るのは何時だって楽しいわ!」
グレイシア国内で心底楽しそうにしているのを見て、パルフェは口元がほころぶ。それは他のグレイシア人達も一緒であった。凄い愛着があると言われれば断言出来ないが、それでも自国に興味を持ってもらえるという事は、不思議と満たされるものがあった。
とりわけパルフェのやる気は相当なものだ。自分の人生を切り開いてくれた人に良い思い出を持って帰ってもらいたい。そう思うのは当然であろう。
「せっかくグレイシア国に来たんだ。これから向かう目的地の途中に絶景スポットがあるんだけど、まずはこれを是非見てもらいたいね」
パルフェは地図を広げ、とある場所を指さす。そこには青く塗られた塊があった。
「あら、これは湖? 期待しても良いのかしら?」
「もちろん! グレイシア国最大の湖、ツコシヤート湖! 見渡すほど大きな湖なんてフローディア国にはないだろ?」
「見渡す程の……それは是非見てみたいわね。ところで魚は釣れるのかしら?」
「もちろんさ。海の魚とまた違った味で美味しいよ」
リズベットは魚に興味津々であったが、一方でライネルは渋い顔をしていた。
「魚ですか。私は食べた事ないですな」
「フローディア国は魚あまり出回ってないからね」
「リズベット様はどこかで?」
「ええ、それこそパルフェから仕入れていたわ。あくまで個人用に少量だったけどね。美味しいから商売も考えなかったわけゃないけど、フローディア国じゃ魚は食べないから、手に取ってもらうまで時間かかるしねぇ」
「あの姉さんですらも、初めはおっかなびっくりって感じだったもんね」
「そりゃフローディア国で魚何て見かける機会ないし、味も想像もつかないってなれば慎重にならざるを得ないわよ」
「その代わり食べられると分かった途端、全部平らげちゃったけど」
つまりは美味しかったというわけだ。だったら挑戦してもいいかなと思うライネルであったが、大きな疑問にぶち当たった。
「一つ質問よろしいか? フローディア国にも肉は良くあるが、動物の肉はあまり日持ちがしない。干したとしても食べられるのは三日程度のもの。魚というものは肉よりも長く食べられるものなのだろうか?」
それはグレイシア国からフローディア国への距離を考えての疑問点だった。リッチモンド領はまだ近いからいいが、シュタイン領まではなかなかの距離がある。グレイシア国のどこから来るかにもよるが、片道三日くらいは見ないといけないだろう。
だとすると魚は三日以上食べられるという事にならなければおかしい。ライネルの疑問に答えたのはリズベットであった。
「塩漬けという保存方法があるのよ」
「塩漬け、ですか?」
「フローディア国じゃ馴染みないわよね。塩って単に調味料じゃなくて保存にも使えるのよ。フローディア国だと塩が貴重だからそんなのやってられないけど」
リズベットの説明に対し、パルフェが補足する。
「干したものって大体三日ほどだけど、塩漬けだと最低でもその倍くらいは持つよ」
「それは凄いですな! しかし塩漬けというからにはしょっぱいのでは?」
「それが違うんだよおっちゃん。どういう理屈かは正直分かってないんだけど、魚の味が濃くなるというか、旨味が増すみたいな?」
「ふぅむ、聞けば聞くほど謎が深まるばかりですなぁ」
リズベットはパルフェを視線を交わし合うと、ライネルに畳みかける。
「そういう時は実践あるのみよ」
「うん、街に着いたら早速試してみてよ。美味しいところ知ってるからさ」
「うぬ!?」
二人の薦めでライネルは正気に返ったが、後の祭りである。ライネルが感じていたのは純粋な興味で、別に食べたいと言ったわけじゃなかったが、それまでの会話を思い返してみると、確かに「じゃあ食べてみよう!」となる流れであった。
ライネルがこれから流れを変えようと思っても、麗しき女性二人の期待の視線を受けては、応えずにはいられない。
「はあ、これは食べないわけにはいきませんなぁ」
大きな不安とちょっとばかしの期待を胸に、ライネルは運命の時を待つ事となった。
その後も馬車に揺られながら談笑していると、時間が経つのはあっという間であった。そうしてやってきたツコシヤート湖であったが、馬車を降りた瞬間、リズベットは言葉を失った。
「どうよ姉さん? 凄いっしょ」
まずスケールが段違いであった。見渡す限りの青、それはさながら鏡のようで、湖の奥にある景色を水面へ正確に写しこむ。隣にいたライネルも呆けた顔をしていた。
良い反応を見れた事にパルフェはにっこりと笑った。このツコシヤート湖はグレイシア国民からも人気はあるが、何よりもフローディア国の商人達の間でもっぱら評判であった。
何故商人たちに限定されているかというと、両国の行き来は別に制限されてはないが、耳としっぽの違いにより、見た目で一発で違うと分かる人間がいる国に行くのは、実に勇気がいる事である。旅行という気軽さでは行けるものではないだろう。だが商人達は違う。
パルフェがフローディア国でグレイシア国のものを売っているのを知り、自分もまたフローディア国のものをグレイシア国で売ろうとする者達が少しずつではあるが現れた。
現状このツコシヤート湖は、そうした覚悟を決めて国を渡った者達のみが見れる特権であった。何か祝福されている気がする、そう言ったのは誰だったか。
「本当に凄いものを見ると咄嗟に言葉って出てこないのものなのね」
「そこまで言ってくれると連れてきた甲斐があるね! って事ではいコレ」
「あら、これって串に刺した……魚かしら?」
「ここで釣れた魚をシンプルに焼いただけの奴だけど、味は保証するよ。新鮮だから臭くないし。ツコシヤート湖は旅の休憩所だからね。ちょっとした食べ物なら売ってるのさ。素晴らしい景色を眺めながら、腹を満たすって贅沢が出来るのはここだけの特権だよ」
「本当にあなたって言葉がうまいわよねぇ」
「そりゃ商人ですから。さ、これは私からの奢りだから遠慮せずにどうぞ。はい、おっちゃんも」
「わ、私はてっきり街についてからからと思っていたんだが……」
「街は街で別。せっかく作りたてがあったんだ。食べない手はないね。さあ、覚悟を決めようか」
「うむむ」
予想よりも早く訪れた決戦の時、ライネルは睨みつけるように手渡された魚の串焼きを見る。
「やっぱり無理そう?」
「いや、間合いを量っているのだ」
真剣になりすぎて「何を言っているこいつ?」状態になっているライネルを他所に、リズベットは躊躇なくかぶりつく。
「……美味しいわ!」
すっごく良い反応であった。パルフェは呆けるライネルに対し、夢中で食べ続けるリズベットを指さす。そんな彼女の表情はどこか挑発的だ。ここで退いては元ハイブルグ騎士の名が廃ると、ライネルは改めて魚に向き直った。
「ままよ!」
意を決してライネルが身にかぶりつくとまず強めの塩味がガツンと来る。肉よりは柔らかい食感に不思議に思っていると、その後旨味がじんわりと広がって行った。ライネルは率直に考えて一言。
「……うまい、ですな」
最初こそ恐る恐るであったが、徐々に次を口に入れるまでの感覚が短くなっていく。それを見たパルフェはガッツポーズをした。
「これで新たな顧客をゲットだね。将来魚をフローディア国に卸すようになったら御贔屓に」
「今はっきりとは言えぬが、この味がフローディア国でも食べられるのであれば、そそられるのは確かですなぁ」
「ふむふむ、察するに値段次第ってところかな? それでも十分だよ!」
商売根性逞しいパルフェにリズベットは笑う。
「流石はパルフェね。単身フローディア国に渡ってきただけあるわ」
「ビジネスチャンスは逃せないってね」
堂々と売り先が欲しいと胸を張って言うパルフェ、下手をすればがめついともとられかねないが、彼女のあっけらかんとした態度はそれを感じさせず、飾らない姿勢がかえって好印象になる。何とも得な性格である。
そんな気持ち良さに浮かされて、ライネルは己の主の名を口にした。
「今度ユーフィリア様にも魚を召し上がっていただきますか」
「是非!」
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