第3話 ユーフィリアとリズベット 懐かしき思い出
ユーフィリアが休日にやる事は何時だって一緒だ。ユーフィリアは大の甘党であり、流行りのスウィーツには目がない。お忍びで羽目を外す際はスウィーツ巡りと決めていた。
王都のランドマークの一つである大時計がある広場には様々なカフェが立ち並ぶ。人通りも多いこの場所は激戦区であり、各店はあの手この手で客を得ようと工夫を凝らしていた。その中の大きな目玉の一つとしてスウィーツがある。近くにフローディア国最大の学園があるため、カフェには学生も多く訪れ、コーヒーとスウィーツの組合わせは鉄板であった。
「ドルチェのチョコクッキーも美味しかったし、ダリアの桃のモンブランも絶品でした」
普段品行方正で生真面目なユーフィリアも、オフの日はとことん外す。これが潰れてしまいそうな重責にも屈しない秘訣であった。スウィーツがあれば私は戦える! ユーフィリアはそう断言する。そんな彼女の今日のターゲットは、
「でも今日はやっぱり、カフェアイリスのリッチモンド産のイチゴを使ったパフェ! 前回は品切れだったけど今回こそは!!」
わざわざイチゴが入荷される日まで調べ、満を持してカフェへと乗り込む。しかしそこにはすでに沢山の人が行列を作っていた。
「開店前に来たから大丈夫だと思ったのに!?」
ユーフィリアがこれ大丈夫なのだろうかと不安に思っていると、ふと後ろから聞きなれた声が聞こえた。
「うっそでしょ……この時間帯でも遅いって言うの?」
思わずユーフィリアが振り返ると見知った顔が一人。黒ぶち眼鏡に深々と被った帽子、だが彼女の持つ空気はごまかせない。変装しているが間違いなく知っている人であった。
「……リズベット様?」
「……ん、え、もしかしてユーフィリア様?」
ユーフィリアにとって何とも気まずい状況であった。知らないふりをしていれば良かったのかもしれないが、それはそれでずっと後ろにつかれるのだから辛い。
しかしリズベットはユーフィリアの悩みもお構いなしであった。ユーフィリアを認識して初めこそ戸惑っていたが一瞬の事で、その後はむしろ爛々とした様子で話しかけてくる。
「あなたもイチゴパフェ狙いかしら? この日に来るなんて相当な通って事ね」
リズベットはユーフィリアに出会えて嬉しいといった表情を隠さない。同好の士という扱いなのか、そのフランクさにユーフィリアは戸惑う。
「リズベット様」
「あー、別に呼び捨てでいいわよ。その代わり私もユーフィリアと呼んでも良い? 公爵家だからやっぱり不味い?」
「え、まあ、大丈夫ですけど、じゃなくて!」
あまりにもの自然さに流されそうになったユーフィリアは、慌てて軌道を修正する。二人の間に友情は許されないのだ。
「私とリズベット様は殿下の婚約者を争っている身でして……」
「だってユーフィリアは今日は休みなんでしょ? 私も休み。だから今日の私は伯爵家関係ないただのリズベットよ!」
彼女の答えはまさかの屁理屈であった。休日だからって敵同士なのは変わらない。呆気にとられるユーフィリアにリズベットがにやりと笑う。
「それで今日のあなたは誰なのかしら?」
「あ、え……今日の私……」
ユーフィリアはずるいと思った。全てを見透かされたような気がした。でもその一方で彼女の無遠慮さが心地よくて。彼女が良いと言ってるなら、もう意地を張っている方が馬鹿らしい。元々オフの日はとことん外すと思っていたユーフィリアだ。リズベットが良いというのなら羽目を外すのもやぶさかではない。
「負けました。ええ、今日の私はただのユーフィリアです」
気づくとユーフィリアは笑っていた。満足いく答えを得たリズベットはユーフィリアの肩をたたく。
「そうそう、休みの日くらい家とかどうこうは置いておいて、個人と個人で行こうじゃない」
「了解です! もし私達のどちらかしかイチゴパフェ食べれないとなったら、あなたを蹴落としてでも私が食べます!」
「言ったわね!」
「こっちは前回もお預けくらっているんですからね! 殿下は譲れてもイチゴパフェは譲れません!」
「そこ一番大事なところじゃない! これ聞かれたら殿下泣いちゃうかも。ふふ、やっぱりあんた面白いよねぇ」
何とも不思議な時間であった。初めてまともに会話したのにもかかわらず、澱む事無くスムーズに会話できている不思議。共に王妃になるための高度な教育を受けている身故、話が合わないという事はなく、実に小気味いい応酬にユーフィリアは楽しくなってきてしまい、待っている時間が全く気にならない程であった。
その後結果はどうなったかと言うと、二人の数組前のところで惜しくもイチゴパフェは完売。ユーフィリアはセカンドチャンスを逃してしまい、二人で残念賞の二番人気のアップルパイを食べたのであった。
イチゴパフェを食べられなかった事は誠に遺憾であったが、ユーフィリアの心は晴れやかだった。こんなに気持ちがいい相手と時間を過ごせたのだから。しかし楽しい時間程早く終わってしまうもので。別れの時間がやってくる。
「明日からはまたライバル同士ね! 仲良くなったからって遠慮はしないわよ!」
勝気な笑顔で告げるリズベットにユーフィリアは複雑な表情を浮かべた。
「言ってはいけない事なんでしょうけど、ここで別れるのは名残惜しいですね」
ユーフィリアは昔から己とリズベットは相性がいいと常々思っていた。実際に話してみると想像以上で、ユーフィリアの思う最高を軽く突き抜けて行った。だからこそ敵同士なのがとても悲しかった。
リズベットはそんなユーフィリアを笑い飛ばす。
「何しみったれた事言ってんのよ。こんなの後でいくらでも出来るじゃない」
「え?」
「殿下の婚約者が決まったらそこで人生終わるの? 違うでしょ」
「それは確かに……」
「もし仮にあんたが負けたとして、だからといって公爵家としての仕事をやめる?」
「そんなわけないです! あ」
リズベットの真意に気づいたユーフィリアは目を見開く。その反応を受けてリズベットは淑女らしからぬ顔で豪快に笑った。綺麗で優雅、動作の一つ一つが洗練された美しい微笑みではない。そんな作られたものではなく心からの笑み、ユーフィリアにはリズベットの笑顔がとても魅力的に映った。
「でしょ? 私も一緒よ。勝とうが負けようがその先はある。多少のごたごたはあるかもしれないけど、いずれ落ち着くべき場所に落ち着くでしょ。別に敗れたからってこの国からいなくなるわけじゃないんだから」
ユーフィリアにとって、リズベットの言葉は目からウロコであった。王妃になる事そのものが目的ではなく、決まった後に何をするかこそが肝心と、常々思っていたのに己の体たらくに失笑する。リズベットが一生敵であるわけではない。
胸にストンと落ちるものがあったユーフィリアにはもはや納得しかなく、どちらに転んでも良き未来が約束されている事に感激した。もしもここが人目のあるカフェでなかったら、ユーフィリアはリズベットに抱き着いていたかもしれない。それほどの衝撃であった。
「でもせっかくなら一つ賭けようかしら」
「賭け事はご法度ですよ?」
「賭けるのはお金じゃないわよ。私達が賭けるのはここのイチゴパフェ。レナード殿下の婚約者勝負、勝った奴が負けた奴に奢る事」
リズベットの提案はとてもかわいらしいものであった。
「面白いですわね。でも普通は負けた方が奢るのではありませんの?」
「そこはノブレス・オブリージュだよ。ただの伯爵や公爵よりも、王妃に奢られた方が気分良いだろ。それに王妃が下の者から施されるのはねぇ」
「フフ、そうかもしれませんわね。では将来王妃になった私が是非奢らさせていただきますわ」
「それはこっちのセリフ!」
ただの少女に戻った二人が奇跡的に出会った日、ユーフィリアとリズベットは比類なき友となった。二人は未来へと突き進む。表向きはいがみ合いつつも、いつか約束が果たされるのを楽しみにしながら。
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